(16)グラディクトの迷案

 音楽祭についての詳細が発表され参加者が募集されると、アリステアは真っ先に参加を申し出た。それから彼女は連日放課後は音楽室に入りびたり、練習に励んでいたが、彼女のみが音楽室の一つを貸し切り状態にしていることで、教授から依頼されて参加を受け入れた他の生徒達からの反感は、日々強まっていた。

 そんな不穏な空気すら漂い始めた頃、グラディクト達がまた変なことを思いついたりしないかを探る為、シレイアとローダスは彼らが入り浸っている教室に足を向けた。


「グラディクト様、失礼いたします」

「お邪魔致します。今日はグラディクト様だけでしたか」

 アリステアが音楽室に籠っているのを確認した上で出向いたシレイアとローダスは、何食わぬ顔でグラディクトに挨拶した。するとグラディクトは、機嫌よく二人に言葉を返す。


「ああ、お前達か。アリステアは練習の為、音楽室に出向いている」

「そうでしたか。連日、熱心でいらっしゃいますね」

「学内行事と言えども全力を尽くす、アリステアさまの意気込みが素晴らしいですわ」

 内心ではしらけきっていた二人だったが、そんな事は全く面に出さずにアリステアに対する褒め言葉を口にした。それを聞いたグラディクトは、喜色満面で宣言する。


「お前達もそう思うだろう! まさにその通り! 彼女は聡明な上に、思慮深く慈悲深い人間だ。その魅力と素質を万人に知らしめていく事こそ、私の役目だと思っている」

「はぁ、『聡明』ですか。確かにそうですね……」

「確かに、アリステア様は『思慮深く慈悲深い』方であられますが、なにか改めてそう感じられた事でもございましたか?」

 馬鹿馬鹿しく思いながらも、シレイアはそう主張する理由について尋ねてみた。それにグラディクトが、打てば響くように反応する。


「モナ、良くぞ聞いてくれた! これを見てくれ。先程ソレイユ教授から渡された、音楽祭の参加者名簿だ」

「漸く参加者名簿ができたのですね。ええと……、これを見ると、エセリア様はマリーリカ様とご一緒に参加するのですか?」

「ああ。マリーリカの独唱に、エセリアが伴奏の形で参加するらしいな。相変わらず狡猾な。自分が演奏が不得手で人目を引けないと自覚しているから、マリーリカを丸め込んでその独唱で誤魔化そうなど。恥を知れ!」

 手元を覗き込んだシレイアとローダスに向かって、グラディクトは盛大に悪態を吐いた。それに苛つきながらも、シレイアは神妙な表情と口調を装う。


「本当に……、この方が未来の王太子妃殿下、ひいては王妃陛下におなりになるかと思うと、目の前が暗くなります」

「まったくですね。聞くところによると、エセリア様は音楽室での練習などもなさっていないご様子。王太子殿下企画の音楽祭に、自らが華を添えるつもりもないとは。その一事だけでも、王太子殿下の婚約者としての資質を疑います」

 シレイアが暴発しないかと内心で警戒しながら、ローダスも困ったものだと言わんばかりの口調でエセリアを非難してみせた。それを聞いたグラディクトは、心底満足そうに告げる。


「やはりお前達は、物事の本質を見誤らないな! お前達が私達の味方で、本当に心強いぞ!」

「恐縮です」

「勿体ないお言葉」

 そこでグラディクトは、真顔になって話を続けた。


「先程私が、エセリアを『根性が曲がり切った恥知らずだ』と罵倒したのだが、アリステアはエセリアを『可哀そうな人だ』と擁護したのだ」

「『可哀そう』ですか?」

「……因みに、どのような擁護を?」

「彼女は、『常に自分が誰よりも上の立場に居ないと我慢できず、周りを自分が優越感を感じる人間で固めている。それでは本当の友人関係など築けないし、苦手な事を誤魔化す為に策を講じても、周りと一緒に自分自身も誤魔化すだけだ。そんな人生をこれからもずっと続けていくなど可哀想だ』とエセリアに深く同情してみせたのだ。誰よりも優れた人格者でなければ、こんな台詞は出てこないだろう。違うか?」

「誠に……、そうでございますね……」

「本当に、アリステア様は素晴らしいお方ですわ……」

 シレイアとローダスは、微妙に顔を引き攣らせながら追従を述べた。それには気がつかないまま、グラディクトはとんでもない事を言い出す。


「よし。今度の音楽祭はそんな彼女の才能と魅力を、学園内に周知徹底させる絶好の機会だ。アリステアには五曲演奏させて、皆に存分にその演奏を聴いて貰うぞ」

 満足げに語られた内容にシレイア達は唖然としてから、慌て気味に翻意を促した。


「五曲? 殿下、お待ちください。これまで聞いたお話では、時間制限があるので一人、もしくは一組につき一曲の演奏だったのではありませんか?」

「それにアリステア様も、一曲のつもりで練習されておられるでしょうし、急に五曲と言われてもお困りになると思われますが」

「実行委員会名誉会長の権限で、一人だけ発表曲数を増やさせても構わないだろう」

 正論で反対した二人に対し、グラディクトは一瞬不快そうな表情になった。しかし少し考え込んでから、独り言のように呟く。 


「しかし確かに、急に曲数を増やされてもアリステアが困るかもしれないな。今から音楽室に彼女の練習を聞きに行くから、ついでに可能かどうか聞いてみるか」

「それが良いですね。そういたしましょう」

「差し支えなければ私達もご一緒して、アリステア様の演奏を聞かせていただきたいのですが」

「構わん。ついてこい」

「ありがとうございます」

 どうやら最初からこの時間になったら音楽室に出向くつもりだったらしいグラディクトは、二人に横柄に頷いて廊下へと出た。数歩先を歩く彼の後ろについて歩きながら、シレイアとローダスは声を潜めて意見を交わす。


「なんだか変な雲行きになってきたな」

「一人だけ五曲演奏させるって、正気なの? そんな事をさせたら、学内中から反感を買うに決まっているじゃない」

「参ったな……、変な噂が立って外部に漏れたら、アリステアが即行で排除される可能性が出てこないか?」

「そうなったら、エセリア様の婚約破棄計画もご破算じゃない。本当に、何を考えてるのよ。この王太子殿下は?」

「何も考えていないんじゃないか?」

「……あっさり纏めないで」

「だが、もう一か月切っている段階で五曲演奏してくれと言われても、さすがに彼女が無理だと言うんじゃないか?」

「それはそうよね。不慣れな演奏で恥をかきたくないだろうし」

 一抹の不安を抱えながら二人は廊下を歩いて行ったが、直後、その不安が的中することとなった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る