(7)交渉成立

「カテリーナ。物は相談だが、私と結婚しないかい?」

 その唐突過ぎる申し出に、さすがにカテリーナは鼻白んだ。


「……話が飛んだ上に、随分と一方的なお話ね」

「当初は君の様子を窺いつつ、徐々に外堀を埋めてから話を切り出そうと考えていたんだが……。君は私の家族とは異なる意味で固定観念に捕らわれない、革新的で独創的な女性みたいだし、構わないだろう」

他人ひとの話を聞く気は無いみたいね。私があなたのお眼鏡に適ったのは光栄だけど、私達が結婚するには色々と障害があるのではないかしら?」

 皮肉を交えて言葉を返すと、ナジェークは悪びれずに頷きながら応じる。


「確かに、大きな問題は二つあるな。他にも細かい物が幾つか存在しているが、全て、どうにもならない物では無い。それに多少の障害がある方が、それを克服する楽しみが増える」

 それを聞いた彼女は、半ば呆れながら言い返した。


「自分の結婚で楽しむつもりとは、少々悪趣味ね……。だけどその話、根本的なところで穴が有るのではない?」

「どこが?」

「私があなたと結婚しなければいけない理由があるの?」

「へえ? それなら結婚相手として私以上の人間がいるなら、是非教えて貰いたいな」

「…………」

 薄笑いで尋ねられたカテリーナは、僅かに眉根を寄せながら黙り込んだ。そんな彼女を観察しながら、ナジェークが淡々と主張を続ける。


「上級貴族である公爵家の嫡男、家の経済状況も良好、婚約者無しの独身、君と同い年、見た目も能力も遜色ない、加えて君の人生に、必要以上に制限を加えるつもりも無い」

「最後の台詞の意味を、もう少し説明して貰って良いかしら?」

「構わないよ。シェーグレン公爵家は娘を政略結婚の駒にする気は無いし、嫁にしても、その行動に不必要な制限を加える事はしないと言っている」

 それを聞いたカテリーナは、納得しかねる表情になった。


「現に娘を、王太子殿下の婚約者にしているのに、そういう事を言うの?」

「こちらから望んだわけでは無くて、王太子の生母であるディオーネ様の働きかけの結果だよ。王家からの申し入れを、無碍に断る事ができるとでも?」

「それは無理でしょうね」

 如何にも心外そうに問い返されたカテリーナは、一転して納得したように頷いた。そこで一瞬沈黙が漂ってから、ナジェークが真顔で問いを発する。


「率直に聞く。君は自分の人生の中で、何を成し遂げたい? 何を望む?」

「何を、と言われても……」

 咄嗟に明確に答えられなかったカテリーナが口ごもると、ナジェークが冷静に言葉を継いだ。


「これまでの言動を見た上での個人的な見解だが、君が欲するのは上辺だけの賞賛や追従、他人から与えられる権力や安寧では無いと思うが?」

「他人の癖に、随分と言い切ってくれるのね」

「全くの見当違いだと言うのなら、謹んで謝罪させて貰う」

 真摯に申し出たナジェークだったが、カテリーナは軽く肩を竦めただけだった。


「否定する気は無いから、謝罪は結構よ。確かに、他者から押し付けられた人生なんて御免だわ」

「そうだろうな。それなら私は、君と運命共同体になれる筈だ」

「『運命共同体』としての結婚、というわけね」

「ああ。それでは不服かい? それこそ妹が書いているような、熱烈な恋愛結婚を望むと言うなら無理だと思うから、君の事は潔く諦めるが」

 相変わらず真顔のまま、軽く首を傾げつつ自分の意見を求めてきた彼を見ながら、カテリーナは真剣に考え込んだ。


(それはまあ、恋愛結婚に対しての憧れはあるけど、そんなに都合の良い出会いは無いだろうし。少なくとも気が利いている言い回しだし、彼なりに誠実に対応してくれているみたいだし、間違ってもお兄様達が持ち込む縁談相手より、この人の方が数段マシな事は確かよね)

 黙考する事数分。カテリーナは自分自身の心に折り合いをつけて、ナジェークの申し出を受ける事にした。 


「良いわ。あなた相手だと、一筋縄ではいかない事は分かっているもの。少なくとも、一生退屈しないで済みそうだしね」

「それは良かった。それなら話をもう少し進めようか」

「まだ何かあるの?」

 早速読書の続きをしようと思っていたカテリーナは、何やら制服のポケットから紙を取り出しながらナジェークが言い出した内容を聞いて、怪訝な顔になった。しかしかれは悪びれずに折り畳んだ紙を開きながら、冷静に話を進める。


「さっき、君自身も言っていただろう? 自分達が結婚するには、大小様々な障害があると。取り敢えずうちはともかく、円満に縁談を纏められる状況になるまでの間、君に持ち込まれた縁談を悉く粉砕する必要がある」

「それはそうだけど……。部外者のあなたには、どうにもできないでしょう?」

「確かに、並の部外者ならそうだろうが、色々と方法はあるさ。実は既にガロア侯爵邸に、密偵を送り込んでいてね」

「はぁぁあ!? あなた今、何て!!」

「しいっ! 声が大きい!! 幾ら何でも廊下にまで声が漏れたら、不審がられる!」

(ちょっと! 近いんだけど!? 分かったから、さっさと手を離してよ!!)

 とんでもない内容を聞かされたカテリーナは、思わず悲鳴じみた声を上げたが、その途端血相を変えたナジェークに身体を引き寄せられ、後頭部と口を手で押さえられつつ小声で叱責された。それに動揺しつつ彼女が目で訴えると、ナジェークは慎重にその手を離す。


「本当に、叫んだりしないでくれよ?」

「……分かったから。取り敢えず、話の先を聞かせて欲しいんだけど」

 何とか気を取り直したカテリーナが促すと、ナジェークも真顔で話を再開した。


「まず、密偵を送り込んで判明した事だが、君は兄夫婦に相当妬まれているな」

「え? どうして妬まれるの?」

「おや? そこの所は分かっていなかったか?」

 本気で驚いた顔になった彼女を見て、ナジェークも意外そうな表情になりながら話を続けた。

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