(7)持てる者の心得

(初めてで珍しいし、凄いな。良くああいう事ができるものだ。長年、訓練をするのだろうが)

 歩いている馬上で曲芸をする者、幾本もの刃物を空中に放り投げて操る者、火柱を噴き上げたり飲み込んだりする者など、ナジェークにとっては初めて目の当たりにする物ばかりで、興味津々で次々披露される芸に見入っていた。そして暫くして後方を振り返ってみると、大人達の頭から一つ飛び出た位置にカテリーナの顔が見え、自分と同様に嬉々として披露している芸を眺めている様子を見て、思わず考え込む。


(本当に肩車をしているな。重くないのか? ジェフリー殿はあの旅芸人達とは違う意味で、鍛えているんだな。だけど、どういう人なんだろう……。貴族階級の騎士かな? 今日も持っている剣は、立派な物だし。しまった……。どうせ二人を下がらせておくなら、あの人の素性をさりげなく調べておくように言っておくんだった)

 少し後悔しながらも、今更どうにもならない事であり、ナジェークは二人の素性を調べることは諦め、それからは目の前の芸を堪能する事に集中した。

 そして公演が終わり、芸を披露した者達が全員一列になって一礼すると共に、観客から拍手と声援が沸き起こった。


「凄かったな」

「うん、良かったぞ!」

「楽しませて貰ったわ!」

「ありがとうございます」

 それから芸人達はそれぞれの手に帽子や籠を持って、手分けして観客達の間を回り始めた。今まで見ていた者達も心得たもので、目の前に来た帽子や籠の中に硬貨を入れていく。その様子を見ながら、ナジェークも準備していた革袋をポケットから取り出し、硬貨を出す為、その口を縛っている紐を解いた。


(今日はちゃんと銅貨だけ持って来たから、大丈夫だよな。周りも入れているのは同じ位だから、不審がられる事は無いだろう)

 口を少し開けて中身を再確認したナジェークは、そこで自分の目の前に芸人の一人がやって来たのを認め、持っている帽子の中に銅貨を十枚程入れながら、明るく声をかけた。


「ご苦労様。面白かったよ」

「ありがとうございます、坊っちゃん」

 対する芸人も笑顔で礼を述べたが、ここで至近距離から呆れ気味の声が割り込んだ。


「あらあら……。相変わらず、物の道理を弁えていないのね」

 その聞き覚えのあり過ぎる声と口調に、ナジェークは顔を引き攣らせながら振り向いた。すると予想に違わずいつの間にかカテリーナとジェフリーがすぐ傍まで来ており、ナジェークは何とか気持ちを落ち着かせながら問い返す。


「……いきなり何かな?」

「口にしないと分からないの?」

「生憎と、君ほど頭が斜めに回っていないものでね。頼むから、真っ当な会話をしてくれるかな?」

「何ですって?」

 そこで二人の間に険悪な空気が流れかけたが、ジェフリーが娘を窘めた。


「こら、カテリーナ。こんな所で揉めるな。周りの迷惑だ」

「だって!」

「良いから。後がつかえているから、早く入れなさい」

「………はぁい」

(何なんだ、一体? え!?)

 語気強く言い聞かされたカテリーナは面白くなさそうな顔つきになったものの、素直にナジェークが銅貨を入れたばかりの帽子の中に、自分が持ってきた布袋の中身を全部入れる。すると帽子の中には金貨が二十枚程ザラザラと入り、それを目の当たりにしたナジェークは内心で驚いたが、帽子を持っていた芸人は両手を震わせながら動転した声を上げた。


「お、お嬢様!? これは一体!?」

「とても楽しかったから、多少投げ銭を多くしただけよ」

「あ、あの、でも……、幾ら何でも」

「何だ、どうかしたのか? これは侯爵様! お久しぶりでございます!」

 何やら揉めているらしいと察した座長が足早にナジェーク達がいる所にやって来て芸人に声をかけたが、それとほぼ同時に旧知の人物だったらしいジェフリーに向かって、深々と頭を下げた。ナジェークが呆気に取られてその光景に見入っている中、ジェフリーが鷹揚に頷く。


「おう、ラマード。息災のようで何より。今日は娘と一緒に見せて貰った。以前見たものとは演目が違っているし、一座の人数も増えているみたいだな。頑張っているとみえる」

 どうやらジェフリーはこの座長に声をかける為に前に出てきたらしいと察し、ナジェークが黙って推移を見守っていると、二人の気安い会話が続いた。


「恐れ入ります。これも我々を温かく見守ってくれる、心優しい皆様のおかげでございます」

「心付けを出したのだが、若いのを少々驚かせてしまったようですまない。間違いでは無いから、遠慮なく受け取ってくれ。地方では実入りが少ない所もあるだろう。王都に滞在している間にしっかり稼げるように、美味い物をたらふく食って英気を養っておけ」

「毎回お心遣い、ありがとうございます。ほら、お前達も呆けていないで、お礼を言わないか」

「あっ、ありがとうございます。旦那様!」

「これからも頑張ります!」

「ラマード。今月末までは王都に滞在すると聞いたが?」

「はい、場所は何回か移動しますが」

「それなら家臣に調べさせておく。もう一度位は顔を出せると思うから、その時は全員に行き渡る量の上手い食い物を持参しよう。それでは失礼する。カテリーナ、行こうか」

「はい、お父様」

 そして思わぬ収入を得た一座の者達が、揃って満面の笑みで口々に礼を述べつつ頭を下げる中、ジェフリーは彼らを宥めるように手を振りながら苦笑の表情で歩き去っていった。そしてカテリーナがナジェークの横をすり抜けながら、彼にだけ聞こえるように囁く。


「まさか、まださっきの台詞の意味が、本当に分からないなんて言わないわよね?」

「…………っ!」

 その皮肉が分からないナジェークではなく、彼は瞬時に顔色を変えた。


(普段の買い物には金貨を使うのに、貧しい旅芸人の投げ銭には銅貨しか使わないというのは、心が狭いと言う事か……。それに金を持っているなら、使うべき所に適切に使えと? 完敗だ……。反論なんてできやしない。確かに貴族のくせにこういう時に庶民の真似をするのは、愚行なのだろうな)

 しみじみと持てる者としての義務と行動について考えさせられてしまったナジェークは、声もなく楽し気に会話をしながら歩き去って行く父娘を見送った。その姿が完全に見えなくなってから、彼はいつの間にか近くにやって来ていたアルトーに声をかける。


「アルトー」

「さっきの方の身元なら、今、ヴァイスが調べに行っいてます。あの座長が知り合いなのは確実ですから」

 普段はナジェークに散々振り回されている二人ではあったが、元々は優秀さを見込まれて彼の側近候補として付けられている者であり、先程のやり取りを見て即座に動いていた。それにナジェークは満足しつつ、重ねて指示を出す。


「分かった。正確な名前や身元が確認でき次第、屋敷に戻るぞ。それから急がなくて良いから、数日中にあの人の交友関係や評判を調べて欲しい」

「畏まりました」

(それにしても『侯爵様』って……。あだ名でそんな物は使わないだろうし、まさか本当に侯爵家の当主なのか? 随分、型破りな侯爵だな)

 思わぬところで再開した二人に色々と興味を惹かれながら、ナジェークはおとなしく屋敷へと戻った。


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