(10)利益分配交渉
「エセリア。今日は午前中にワーレスが来るから、彼が来たら顔を出しなさい」
一家揃っての朝食の席で、唐突に父から告げられたエセリアは、素直に頷きながらも首を傾げた。
「はい。それは構いませんが、どうしてですか? ワーレスさんに頼んでいる物はありますが、仕上がり予定の日よりも、だいぶ早いのですが」
「今日は納品と言うよりは、お前に話があるそうだ。私は今日は屋敷にいないが、ミレディアが一緒に話を聞く事になっている」
「分かりました」
(ふぅん? 何かしら。頼んだ物が作りにくいとか、詳細について聞きに来るのかしら?)
説明を受けても、まだ疑問に思っていたエセリアだったが、相手がくれば分かる事だとすぐに割り切り、黙々と朝食を食べ進めた。
その後、約束の時間通りにワーレスが来訪し、自室にいたエセリアは呼ばれて応接室に向かった。
「いらっしゃいませ、ワーレスさん」
「エセリアお嬢様、奥様共々お時間を頂きまして、恐縮でございます」
ワーレスは、まだ子供のエセリアに対しても礼儀を損なう事無く挨拶し、ミレディアに再度向き直って頭を下げた。それを見た彼女が微笑みながら応じる。
「構いませんよ? いつも最上の品を回してくれるあなたには、主人も信頼を寄せておりますし。ところで、今日はエセリアに話があるとの事でしたが、どう言ったご用件でしょう?」
「はい。奥様からも公爵様にお伝え頂いた上で、是非ともお口添え頂きたく思っております」
「まあ……、何事かしら?」
仰々しく告げられてしまった事で、ミレディアは少し不安そうな表情になったが、ワーレスは真剣な表情のままエセリアに向き直り、神妙に申し出た。
「エセリアお嬢様。この間、私の店で作らせた“ゲーム”の数々。あれらを私の店で、作って売らせて頂きたいのです」
それを聞いた彼女は、本気で戸惑った顔になった。
「え? とっくにワーレスさんの所で、作って売っているかと思っていたわ。違うの?」
「滅相もございません!!」
「ふぇっ!?」
エセリアが何気なく口にした台詞に、何故かワーレスは一気に顔付きを険しくし、座ったまま身を乗り出して訴えてきた。
「恐れ多くも、大恩あるシェーグレン公爵家の一員たるエセリア様が自ら考え出された物を、本人に一言の断りもなく売りさばくなど、非礼の極みに当たります! そんな事を、私が本当にするとお思いですか!?」
「え、ええと、分かりました! ごめんなさい! ワーレスさんが礼儀正しい方なのは、良く分かりましたから!」
ワーレスの剣幕に慌てて頭を下げた娘を見て、横からミレディアが苦笑しながら説明を加えた。
「エセリア。ワーレス殿は若い時、ディグレスに独立資金を出して貰ったのよ」
「お父様に? 銀行とかじゃなくて?」
無意識に問い返してしまったエセリアだったが、途端にミレディアが変な顔になる。
「『ぎんこう』? エセリア、何の事かしら?」
「……いいえ、何でもありませんわ、お母様。気になさらないで下さい」
(危ない危ない。この世界には、銀行に該当する物も無いのね。変な事を口走る所だったわ)
密かにエセリアが冷や汗を流していると、ワーレスがそんな母娘のやり取りが耳に入っていなかった様に、しみじみとした口調で語り出した。
「あの時……、商家で下働きをしていた私に、公爵様は惜しげもなく大金を貸して下さって……。しかしなかなか商売が軌道に乗らなくて、返済が滞ってしまった時も、追加してお金を貸して下さって……。あの時にワーレス商会が潰れる事無く、本日この様に繁盛しているのも、ひとえに公爵様のおかげなのです」
「そうだったの。お父様は凄いわね。ワーレスさんの将来性を見込んで、途中で見捨てたりしなかったのだから」
「本当にそうね」
話を聞いたエセリアは素直に感動し、母を見上げて同意を求めた。対するミレディアも微笑んで相槌を打ったところで、ワーレスが神妙に申し出る。
「それで、あの品々を商品化して売り出す前にきちんとエセリア様の許可を得ておこうと思いまして、こちらに出向きました。更にお嬢様にはお礼を差し上げるつもりでおりますので、ご希望の物をお伺いしたいのですが」
「まあ! 良かったわね、エセリア」
話を聞いたミレディアは素直に喜んだが、エセリアは真剣に考え込んでしまった。
(うん、ワーレスさんが本当にお父様に恩義を感じていて、信じるに足る人だと思う。だけど、『お礼』ねぇ……)
そして考えを纏めたエセリアは、しっかりとした口調で逆に提案をした。
「ワーレスさん。お礼は良いわ。その代わりに、それらの販売による純利益の1割を、毎月貰いたいの。駄目かしら?」
「は? 『純利益の1割』でございますか?」
「ええ、そうよ」
まさか大貴族のご令嬢から、利益の分配を求められるとは予想だにしていなかったワーレスは本気で戸惑ったが、それはミレディアも同様だった。
「エセリア。あなた一体、何を言い出すの?」
「お母様、総売上の1割ではなく、純利益の1割と言っているのですから、ロイヤルティーとしては良心的だと思います」
「エセリア……、『ろいやるてぃー』とは、何の事?」
「ええと、特許とかの概念って、無いわよね……」
真顔で断言したエセリアだったが、首を傾げたミレディアに対して、分かり易く言い直した。
「とにかく、あれらは私が生み出したアイデアから作られた物だから、販売する毎に見合う利益が欲しいという事です」
その主張を聞いたミレディアは、彼女にしては珍しく渋い顔になる。
「でも、エセリア。そんなお金を貰わなくても、この家は困りませんよ? お父様もお話を聞いても、良い顔をしないと思うわ」
「お父様は私が説得します。それにこれは、ワーレスさんの為でもあるのよ?」
「私の為、ですか?」
「ええ」
窘めてきた母を宥めてから、エセリアは怪訝な顔になっていたワーレスに向き直った。
「あなたと利益の一部を予め受け渡しする専属契約をして、私はその金額に相応しいアイデアを、今後ワーレスさんだけに提供するわ」
その一言だけで、ワーレスはその意味を正確に理解した。
「なるほど……、他の商人からの話があっても、それを断って頂けると」
「勿論、我が家とワーレスさんの間柄だと、お父様がそうそうあちこちからの話を受けないとは思うけど」
「そうでございますね」
思わず顔を緩めたワーレスだったが、続く彼女の話を聞いて、すぐに真剣な表情になった。
「それから、今後もゲームのアイデアを出す事は勿論だけど、販売方法も助言できると思うの」
「販売方法、ですか?」
「ワーレスさんは今まで色々考えた物を、一気にお店に出そうと考えていない?」
「はぁ、画期的な物ばかりですから、一気に何種類も出して盛大に御披露目しようかと思っておりましたが……」
予想外の事ばかり言ってくるエセリアに、ワーレスが戸惑いながらも頷くと、彼女が真顔で続ける。
「幾ら珍しくても、普通は一度に何個も買わないで、『他はまた今度に』とか考えると思うわ。その間に同業者が類似品や廉価版を出して、そちらが大量に出回って、在庫を抱える羽目にならないかしら?」
「確かに……、その可能性もありますね」
難しい顔付きで考え始めたワーレスに、エセリアが冷静に言い聞かせる。
「だから同時発売は、ひと月に二種類までにして、小さな駒を無くして数が足りなくなったら追加で差し上げますし、紙の物は破れたら無料で交換しますと、販売する時に約束するのよ」
それを聞いたワーレスは、驚いて即座に反論した。
「お嬢様? そんな無料配布など、聞いた事がありません」
「そうでしょうね。私も聞いたことが無いわ」
「はい?」
「聞いた事が無いからよ。本当に無料で配ったり交換するのかと、購入後に再来店する客は必ず出るわ。本当に無くしたり壊した客の他に、冷やかし客も含めてね。その来店時に、また新しい商品が売り出されていたら?」
そこでニヤリと笑ったエセリアの顔を見て、聡いワーレスは彼女の言わんとする事を即座に悟った。
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