(23)すっきりしない状況

「カテリーナ様、皆様、おはようございます」

 誘拐未遂の翌朝、いつも通りカテリーナが出勤するため馬車を待っていると、やって来たシェーグレン公爵家の馬車を護衛している騎士の一人が馬から降り、カテリーナ達に恭しく頭を下げてきた。いつもなら降りて挨拶するナジェークの不在に、カテリーナは怪訝な顔で問いかける。


「おはよう。今日もよろしくお願いします。ところでナジェークは?」

「ナジェーク様は昨夜、王宮から呼び出しを受けまして、未だお戻りではございません。今回の騒ぎの首謀者の一人が王太子殿下のご生母の実家に連なる方であった関係で、その事後処理に追われておられるのかと思われます」

「そういえばそうだったな……。彼は王太子殿下の筆頭補佐官であるし、事態の収拾に奔走しているとみえる」

「ですが、まさか王太子殿下の叔父だから、無罪放免になるなどとふざけた話になりはしないでしょうね?」

 憮然としながらのジェフリーの呟きに続いて、イーリスが顔を歪めながら問い質すと、騎士が落ち着き払って懐から封書を取り出す。


「侯爵夫人、ご心配なく。ナジェーク様のお話では、不埒者どもが厳罰に処されるのは確実だとのことです。ただし周囲への影響が大きいため、今回の誘拐騒ぎは対外的にはなかった事にして欲しいとのご意向で、侯爵様に手紙をお預かりしております。お受け取りください」

「…………そうか」

 仏頂面ながらもジェフリーはおとなしく封書を受け取り、騎士はイーリスに向き直りながら真摯に訴えた。


「奥様のお腹立ちは誠にごもっともではございますが、いたずらに騒ぎ立てた場合、カテリーナ様にあらぬ噂を立てられかねません。その辺りを重々ご理解ください」

「……仕方がありませんね」

 かなり不満げながらもイーリスが頷いたのをみてカテリーナは安堵したが、それは伝令役の騎士も同様だったらしく、幾分表情を緩めてカテリーナを促してくる。


「それではカテリーナ様、どうぞお乗りください」

「はい。それでは行ってきます」

「ああ」

「気を付けてね」

 そして何事もなく馬車で王宮に送ってもらったカテリーナは、通用口からいつも通り王宮内を歩き始めた。しかしすぐにいつもと違って、周囲がざわめいている事に気がつく。しかし誰にも話しかけられず、変な目で見られていないのを良いことに、カテリーナは平然と目的地に向かって廊下を進んでいった。すると近衛騎士団の執務棟近くで、ティナレアと遭遇する。


「おはよう、ティナレア」

「おはよう、カテリーナ。知ってる? なんだか昨日、騒ぎがあったそうよ」

「……騒ぎって、どんな?」

 挨拶もそこそこに尋ねられたカテリーナは、当事者であるのを微塵も悟らせず、そ知らぬ顔で尋ね返した。するとティナレアは、軽く周囲を見回してから声を潜めて説明を始める。


「ここに来るまでに耳にした程度だけど、どうやら昨日騎士団が人身売買の元締めと、仲間を一網打尽にしたそうよ」

「あら、良かったわね」

「それが、一概にそうでもないらしいの。どうやらそれに王太子の母方の関係者と、ダマールが絡んでいたらしいのよ。それでダマールが内通者になって騎士団の情報を流していたらしくて、問題になっているらしいわ」

「え? 王太子の母方って、ネクサス伯爵家の関係者って事? それにダマールって、あのカモスタット伯爵家の?」

(私ったらこの間ナジェークにすっかり毒されて、とぼける演技が自然に身についてしまったみたいだわ……)

 即座に自然に驚いてみせたカテリーナは少しだけ自己嫌悪に陥ったが、そんな彼女の心情など知るよしもなかったティナレアは、真顔で説明を続けた。


「そうなのよ! それで朝から、ううん昨夜から騎士団内がバタバタしているみたい。早朝から幹部が集まって、今も会議をしているそうなの」

「……それは大変ね」

「何よ、その気のない台詞は」

「ダマールとの縁談が破談になっていて、本当に良かったなぁと思って気が抜けたわ」

 カテリーナが淡々と口にした内容に、ティナレアがしみじみとした口調で頷く。


「それはそうよね。あのナジェークだったら相当面倒だけど、間違っても露見するような犯罪行為はしないだろうし」

 そんな事を言って一人頷きながら何やら納得しているティナレアを見て、カテリーナが不審そうに尋ねる。


「あまり褒めてもらっていない気がするのは、気のせいかしら?」

「褒めてないから。ダマールよりはマシだろうって話よ」

「…………」

 ティナレアから真顔できっぱり断言されてしまったカテリーナは、無言で友人から視線を逸らした。


(昨日の私の関与は全く噂になっていない上、ダマールの名前は出ていてもローレンの方は個人の特定はできていないみたいだし、完璧な情報統制っぷりね。それにしても……、どう決着をつけるつもりなのかしら?)

 その日は一日中、王宮内での密やかな噂話が消える事はなく、自分の名前が一切出ていない事に関しては安堵したものの、カテリーナはモヤモヤした気持ちを抱えながら勤務を続けた。

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