(20)悪あがき

「やあ、奇遇だな、カテリーナ。こんな所で遭遇するとは。理由を聞かせてもらって良いかな?」

「はい。この方達はシェーグレン公爵家の紋章を偽造した馬車を使用して私を誘拐した挙げ句、強姦した上で人身売買を請け負う商人に引き渡す算段をしておりました」

「い、いや! それは単なる誤解です!」

 真顔でカテリーナが端的に報告すると、この期に及んでなんとか誤魔化そうと思ったか、はたまた単に動揺しただけか、ダマールが焦って声を上げた。それにラドクリフが笑みを消し、冷静に言葉を返す。


「誤解? 私たちが耳にした内容は、彼女の主張と全く同じと認識しているが」

「因みに団長達は、どこから話を聞いておられたのですか?」

 ここでカテリーナが素朴な疑問を口にすると、ラドクリフがあっさり答える。


「どこからかと言われたら……、そうだな。確か『着いたぞ! さっさと降りろ!』からだと思う。人身売買に携わっていると思われる男が、女性誘拐の根城にこれまでの記録があると吐いたから、その真偽を確かめる為にこの小屋に出向いたら、なにやら馬車でやって来る一団がいたのでな。急いで気配を消して観察していたら、随分面白い展開になったものだ。いやはや驚いたぞ」

「…………っ!」

(最初からですか……。そして連中がボロを出すのを、至近距離から黙って眺めていたわけですか……。確かに『身の安全は保証する』と言われていましたが、どうせなら一応若い女性の私に対して、もう少し配慮を頂きたかったですね)

 もはや言い逃れなどできる筈がない状況を理解して、ダマール達は蒼白な顔で押し黙った。カテリーナも文句の一つも口にしたいのを堪えていると、何やら自分達の背後から縛り上げられた壮年の男を引き出してきた騎士に、ディランが指示を出す。


「おい、そいつの猿ぐつわを取ってやれ」

「はい」

 そこで手早くその男性の口から猿ぐつわが外されると、ラドクリフは地面に座り込んでいる彼に、冷え切った口調で問いかける。


「それでは一度だけ聞いてやる。連続婦女誘拐暴行人身売買の首謀者は誰だ? この場にいるのなら正直に答えろ。我々に進んで協力するなら、近衛騎士団団長の名誉にかけて、罪一等を減じてやる」

 ラドクリフがそう告げた途端、その男は弾かれたように顔を上げ、必死に訴えた。


「ははははいっ! 団長様! 全て正直に申し上げますっ! 全ての首謀者はあそこにいるローレン・ヴァン・ネクサスで、共謀者はあのダマール・ヴァン・カモスタットです! 私は単に連中が女達を拐かして乱暴した後に引き渡されて、他国に売り渡す仲介をしただけです! 本当です!」

「貴様!! 何を言っている!」

「話を持ちかけてきたのは貴様だろうが!」

 男の主張にローレンとダマールは血相を変えて否定したが、男の暴露は止まらなかった。


「滅相もございません! 他国の商人との繋ぎをつけたのはローレンですし、ダマールはどんな風に女を拐ってきたとか、どんな風に乱暴したとかの詳細な記録をつけています! 二人に渡した金額も全て記録していますし、私が手にした仲介料などそれと比べたら微々たる物ですから! 本当の下衆野郎はその二人です! ですから団長様! どうかお慈悲を!」

「それを国王陛下の前でも証言できるか?」

「勿論でございます! この期に及んで、嘘偽りなど申し上げません!」

「だそうだ、ローレン、ダマール。この場全員、投降しろ。おとなしく連行されるなら、我々としても危害を加えるつもりはない」

「………………」

 縛られている両手が使えたなら、自身に縋りつかんばかりの表情で訴えてくる男からローレンとダマールに視線を向けたラドクリフは、二人に最後通告を行った。そして仲間割れを起こしたローレン達は、無言のまま不安と焦りが色濃い顔を見合わせる。


(完璧に詰んだわね。だけど、どこまで性根が腐った連中なの? これまで何人の女性が被害にあったのよ)

 ここでカテリーナは勝利を確信していたが、その判断は早計だった。


「団長だかなんだか知らないが黙れ!! これが見えないか!?」

「うっ!」

(しまった……。油断したわ)

 いきなりローレンが距離を詰め、右手でカテリーナの腕を掴んで引き寄せると、自身の左手でカテリーナの左腕と胴体に腕を回して身柄を確保し、更に短剣を鞘から抜き去ってその刃を彼女の喉元に押し当てた。すっかり油断していたカテリーナは自分の迂闊さを呪ったが、ローレンに恫喝されたランドルフは、変わらず冷静な口調で言い聞かせてくる。


「ローレン。悪あがきは止せ。一応、警告しておく。これ以上抵抗すると、罪状が増えるだけだぞ?」

「五月蝿い! 俺は王太子の叔父だぞ!! そこを退け!」

 そんな事を言われておとなしく道を開ける近衛騎士ではなく、その場の緊張感が一気に増加する。そこでこれまで以上に狼狽しながら、ダマールがローレンに食ってかかった。


「ローレン殿、ちょっと待ってください! 近衛騎士団にここまで事が露見しているのに、まさかこの場から本気で逃げるつもりですか!?」

「当たり前だろう! 幸い、こちらには人質がいるんだ! 逃げて父上になんとかしてもらう!」

「幾らなんでも揉み消すのは無理です!」

「捕まったらどうなると思ってる! 最悪死罪になるんだぞ! 貴様、それでも良いのか!」

 一応真っ当な主張をしたダマールだったが、どう考えても現状を改善できる手段がないと悟った彼は、幾分迷う素振りを見せてから勢いよく剣を抜き放った。


「……分かりました、私も同行いたします。貴様ら、この女が目の前で切り刻まれたいのか!? さっさと道を開けろ!!」

 もう自棄になっているとしか思えないダマールからの脅迫に、騎士達が憤怒の表情で呻く。


「ダマール、貴様……」

「どこまで見苦しい姿を晒すつもりだ!」

「こんなのが一時期でも同じ近衛騎士団に所属していたのかと思うと、腸が煮えくり返るぞ」

「ガタガタ五月蝿いぞ! 退くのか退かないのか!!」

 そんな一触即発の状況下で、カテリーナは妙に冷めた目で事態の推移を見守っていた。


(なんかもう……、ここまで馬鹿な人達だったとはね。よくここまで捕まらずに済んで……。あら? そういえば記憶に間違いがなければ、ダマールが所属していた隊が、王都の治安維持が主な任務ではなかったかしら。まさかそこで情報操作とか情報漏洩とか、していなかったわよね? うわ……、益々大事になっている予感が……)

 そこでとんでもない可能性に気がついてしまったカテリーナは、顔色を悪くした。そして注意深くラドクリフを観察してみると、さり気なく自身の右手に視線を合わせているのが分かる。


(ええ、そうですね。団長。幾ら私が丸腰とは言え、利き腕を確保しないでそのままって、この人本当に素人ですよね。そんな人間に後れを取るなんて、近衛騎士としては許されませんよね。ここは名誉挽回できるように、全力でやらせていただきます)

 その決意表明に、カテリーナはラドクリフと視線を合わせながら、開いていた右手を強く握る。それを確認したラドクリフは、薄く笑いつつ僅かに頷いてそれに応えた。そしてカテリーナは、軽く息を整えてから反撃に出る。


「そうですか。一応、これまで自分達がしてきた事が、死罪に値すると理解されてはいるのですね。それすら分かっていない残念な頭の持ち主かもと心配していたので、良かったです。安心しました」

「なんだと!?」

 ローレンが苛立った声を上げたが、喉元に短剣を突き付けられたまま、カテリーナがラドクリフに向かって落ち着き払って問いかけた。


「団長。お尋ねしてもよろしいでしょうか?」

「ああ、なんだ?」

「お前、状況が分かっているのか!! 勝手に喋るな!」

「私は一応近衛騎士団に所属しておりますが、先程から恐ろしい話を立て続けに耳にしまして、身も凍る思いをしております」

「……ああ、そうだろうな」

 泣き叫びもせず、冷静に対処しているのに何の冗談だと、その場に居合わせた騎士達からは若干しらけた空気が漂ってきた。ランドルフも一瞬反応が遅れたが、カテリーナの話に合わせる。


「それについて、元凶のお二人からの謝罪と慰謝料を希望しますが、性根が腐りきったお二人に謝罪など無理かと愚考します」

「その考えは間違っていないだろう」

「なので謝罪は諦めて、慰謝料だけ頂きたく。取りはぐれのないよう、この場でご自身に払っていただこうと思うのですが」

「許可する。好きにして良い。後始末は任せろ」

「ありがとうございます」

 自身の提案を全面的に認めて貰った事で、カテリーナは完全に腹を括り、ラドクリフは目線で部下達に次に起こるであろう事態に対しての注意喚起を行った。


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