悪役令嬢の怠惰な溜め息

（６）棚からぼた餅

「お前達は夜会でも顔を見かけた事は無いし、下級貴族か平民だろう。誰の許しを得て、王太子の婚約者と同席しているんだ？」

　見下ろしながら横柄にグラディクトが言い放ったが、誰かが何かを言う前に、エセリアが楽しそうに言葉を返した。

「まあ、許しだなんて……。私が二人に、同席をお願いしましたのよ？　お二人はそれぞれキリング総大司教のご子息とカルバム大司教のご令嬢で、私などよりも博識で市井のことに詳しくていらっしゃいますの。それで話が盛り上がっていたところなのです」

「はっ！　教会の関係者か。司教や司祭なら、おとなしく神の教えだけを下々の人間に説教していれば良いものを。最近では金儲けに走って、浅ましい事だな」

「……何ですって？」

「シレイア」

　あからさまに馬鹿にした物言いに、シレイアは腰を浮かせかけたが、隣に座っていたローダスが、素早く彼女の腕を捕らえた。さすがに王太子に面と向かって抗議するのは拙いと判断した故だったが、そんな二人を見下ろしてから、グラディクトはエセリアに向き直って鼻で笑った。

「それに、そんな連中と同席して恥じる事も無いとは、エセリア。お前の見識も大した事は無いな」

「そうですわね。入学時に掲示されていた選抜試験の結果は、１位がシレイアで、２位がローダス様でしたし。こちらの二人と比べたら、確かに私の見識など大したことありません」

「滅相もございません。あれは偶々、運が良かっただけですから」

「…………」

　グラディクトの話を肯定しつつ、エセリアは優雅に微笑みながらシレイア達を褒め、その目配せを受けた彼女は即座に話を合わせる。そして彼女達に半ば無視されて口を噤んだグラディクトを眺め、サビーネとノーゼリアは皮肉げに囁き合った。

「でも確実に殿下の見識は、エセリア様の遥か下だと思われますけど」

「サビーネ、聞こえるわよ？」

　そんな冷笑に近い表情の二人を見て、ローダスは呆気に取られていたが、ここでエセリアがさり気なく話題を変えた。

「国教会の貸金業といえば……。それに関して許可を出すに当たって、王妃様が『個別に担当者を決めて、定期的に監督及び借り主の不安解消や返済計画の樹立を手伝う事』と厳しい条件を付けられたので、当初、教会側の負担にならないかと心配していましたが、無事軌道に乗って安堵いたしました」

　しみじみとした口調でエセリアが述べると、ローダスが即座に応じる。

「確かに教会内でも多少の混乱はありましたが、現場の司祭達が試行錯誤しながら、借り主のフォローを行いましたから」

「聞くところによると、今までの闇金事業者からの借り入れと比べると、貸し倒れが格段に少なくなったとか」

「それに手厚いフォローを受けて借りた本人は元より、周囲の方々からの教会に対する信仰心や信頼感も増大したと伺っておりますわ」

　サビーネ達が会話に加わり、ローダスも落ち着き払って付け加える。

「それに加えて、我が国教会での成功例を耳にして、最近では他国からの視察を受け入れております。つい先月も、チェザーラ国からの視察団がいらっしゃいました」

　そこですかさず、エセリアが王妃に対する賛辞を口にした。

「本当に王妃様のご英断には、感服致しますわ。これで我が国の威光と繁栄ぶりも、他国に宣伝できると言うもの」

「本当にそうですわね！」

「王妃様のご判断は、誠に素晴らしいですわ！」

「……っ！」

　ここでエセリアの意図と場の空気を読めない面々では無く、サビーネ達は口々にこぞってマグダレーナを褒め称えた。それに迂闊に反論も否定する言葉を発する事ができず、咄嗟に次の言葉が浮かばないらしいグラディクトが、悔しそうに歯噛みする。

（王妃様の威光を、最大限利用させて貰うわよ！　さあ、王妃様が認めた事業を貶せるものなら、貶してみなさい！）

　穏やかな笑みをグラディクトに向けたエセリアだったが、彼に付き従っている生徒の一人が、些かわざとらしく声をかけた。

「あの……、殿下。次のご予定が……」

「あ、ああ、そうだな」

　それで気を取り直したらしいグラディクトは、負け惜しみに近い捨て台詞を放った。

「エセリア。自分が身近に置く人間は、選んだ方が良いな」

「そうですわね。同感ですわ」

（はっ、予定がある事にして逃げたわね）

　余裕の笑みで応じた裏で、エセリアは彼を鼻で笑った。

「あの方……、エセリア様が皮肉を口にされたのを、分かっておりませんね」

「ご自分こそ、自分の耳に良い事しか囁かない、腰巾着しか侍らせていないくせに」

　そしてサビーネ達が顔をしかめながら囁く中、エセリアは落ち着き払って口を開いた。

「シレイア、ローダス様。この機会にお尋ねしますが、グラディクト殿下の事をどう思いますか？」

「……どう、とは？」

　いきなりの問いかけに、二人は顔を見合わせて当惑したが、エセリアは構わずに言葉を重ねた。

「正直に申しまして、私は誰よりも優秀な方が玉座に座る必要は無いと思っております。例え凡庸でも人望があり、数多の才能を持つ人材を登用すれば、治世は滞りなく回ります」

「確かにそうですね」

「ですが凡庸でありながら、他人の優秀さを認められず、嫉妬したり排除するような人物なら、国の発展の阻害にしかなりません」

　ここでローダスが彼女の言わんとする事を察したのか、はっきりと顔を強ばらせた。

「それは……、かなり危険な思想ではないかと思われますが」

「ですが、これが私の正直な気持ちなのです。あなたの父上たる総大司教様とは、過去に色々踏み込んだ議論を交わしておりますので、あなたとも率直な意見交換をしたいと思っております」

「先程のお話ですが……。グラディクト殿が、そうだと仰る？」

　尚更慎重に問い返したローダスだったが、エセリアはそれに明確には答えないまま、話を進めた。

「私は、一般論を述べただけですわ。それに、そういう人物が玉座に就いた場合、既存の制度を容易く覆しそうで心配なのです。例えば……、先程口にされていた国教会の貸金事業とか」

「どういう事でしょうか？」

「教会の貸金事業が軌道に乗ると同時に、それまで高利でお金を貸し出していた者達の殆どが、貸し出し額を大幅に減らしたと耳にしています」

「はい。現に当初国教会に対して、様々な妨害行為が行われておりました。すぐに鎮静化しましたが」

「そのような不心得者達が、先程のような短慮な方に、美辞麗句といくばくかの金銭と共に、事業継続の断念を進言したらどうなりますでしょう？」

「…………」

　エセリアが真剣な表情で訴えると、ローダスははっきりと顔色を変えた。シレイアもその可能性を考えて、不安そうに彼を見つめる。

「少なくとも、私はそういう方と同類と見なされるのは屈辱です」

　そうエセリアが断言すると、シレイアは少しだけ考え込んでから、ある仮定を口にした。

「本来、王太子の変更を画策するなど、謀反に等しい事ですが……。エセリア様とあの方との婚約が解消されれば、必然的に王太子の座もどうなるかは分からなくなりますわね……」

　その呟きに今度はローダスが驚いた表情で彼女を凝視し、エセリアは思い通りに話が進んでほくそ笑んだ。

（さすがシレイア。私が最後まで言わなくとも、察してくれたわ）

　するとローダスは硬い表情になりながら、慎重にお伺いを立てる。

「……少々、お時間を頂いても宜しいでしょうか？　こちらで学園内の情報を収集した上で報告して、父や教会上層部の方々の判断を仰ぎたいと思います」

「勿論、構いませんわ。ローダス様が目にされた事を、ありのままご報告下さい」

「ありがとうございます」

　互いに神妙に頭を下げ合いながらも、エセリアは内心で歓喜の叫びを上げていた。

（よっしゃあーっ！　グラディクトの奴、これ以上は無いタイミングで、墓穴を掘ってくれやがったわ!!　ローダスとシレイアも味方にできそう！　入学早々、幸先良いわね！）

　そんな風にエセリアの学園生活は、順調な滑り出しを見せた。