(7)混沌の日々
それなりの覚悟をしてクレランス学園に入学したマグダレーナだったが、学生生活が七日過ぎた時点で、早くも挫けそうになっていた。
「学園に入学して、まだ一週間しか経っていないけど……。できる事なら退学したい……」
夜、寮の自室に引き上げたマグダレーナは、机に突っ伏しながら泣き言を漏らした。
「普段付き合いのない下級貴族の方々に加えて、試験で選抜された優秀な平民の方々も学園に所属しているから、入学後はこれまでに培えなかった交友関係が得られるかもと、ほんの少しだけ期待していたのに……」
そこで彼女は、勢いよく伏せていた頭を上げた。そして何もない中空を見据えながら、怒りを内包した震える声で訴える。
「神様……。私のささやかな願望を、ここまで打ち砕かなくてもよろしいのではありませんか!? 教養科には3クラスあるのに、どうして私のクラスに面倒くさい、扱いに困る人ばかり集まっているのですか!?」
一度口に出してしまうと、その後は次から次へと堰を切ったように怒りの言葉が溢れ出てくる。
「もう本当に、冗談じゃないわ! ユージン殿下の婚約者である、王妃様の母国ナジェル国の第三王女であるフレイア様は高慢極まりない方で、周囲との軋轢も全く意に介さないし! 全く自己主張できない王妃様で失敗したから、今度は一番気が強い王女を送り込んできたわけ!? それならそれで、ちゃんと社交術に長けた王女に教育しておきなさいよ!」
元から協調性と社交性に欠ける王妃には色々と物申したい事があったマグダレーナだったが、側妃腹の第一王子の婚約者である王妃の姪までもが特大級の問題児であり、日々関わり合わなければいけない彼女の悩みは深かった。
「それだけでも手に余るのに、ゼクター殿下の婚約者であるメルリース様まで一緒のクラスだなんて……。こちらは表立って問題を起こしてはいないけど、周到にフレイア様への反感を煽って、自分達への支持を広げようと画策しているし。初日から鬱陶しいったら」
第二王子の婚約者について口にしているだけで疲労感に襲われてきたマグダレーナは、ここで深い溜め息を吐いて項垂れた。
「二人の取り巻き達が反目しあって、クラス内の空気がギスギスしていて堪らないわ。他の人達はかかわり合いにならずに、遠巻きにしているし。それに加えて、ユージン殿下のご学友であるローガルド公爵家のイムラン様と、ゼクター殿下のご学友であるシェーグレン公爵家のディグレス様まで一緒のクラスとか……、なんてカオスな環境なのよ。もう本当に、いい加減にして」
半ば自棄になりながら吐き捨てた彼女だったが、ここでもう一人の観察対象者を思い浮かべ、軽く脱力した。
「だけど本当なら、一番問題になる筈のエルネスト殿下の存在感が、殆どないのが拍子抜けなのよね……。他の王子に付いているご学友がエルネスト殿下にはおられないし、この一事で王妃の社交界での影響力が皆無なのが一目瞭然よ。お気の毒なくらいだわ」
学園内でも殆ど放置状態の第三王子の現状を思い返したマグダレーナは、ここで途方に暮れた表情になる。
「本当に、どうしたものかしら……。大叔父様から王子達の素質を見極めろとは言われたけど、第一王子は最上学年の貴族科上級学年、第二王子は私とは一学年上の貴族科下級学年所属だし……。私一人では、正直に手に余るのよね。でも当面は、地道にエルネスト殿下の観察を続けるしかないわね。それに婚約者が在籍しているのだから、他の王子方との接触も自然に出てくるでしょうし。迂闊に行動して、周囲から不審がられてはいけないわ。当面は慎重に様子を見ましょう」
そこでマグダレーナはなんとか気持ちを落ち着けつつ、今後の方針について結論付けた。そして自分に無茶振りをしてきた家族に対して、八つ当たりじみた呟きを口にする。
「取り敢えず、高みの見物をしているであろうお父様とお兄様に、恨み言の一つや二つを書き送ってもバチは当たらないわよね。……あ、お兄様と言えば、まだ一週間しか経っていないのに、どうして早々に手紙を送ってきたのかしら?」
ここで帰寮時に寮母から受け取った封書を思い出したマグダレーナは、机の隅に置いておいたそれを取り上げ、開封した。そして中の便箋を引っ張り出し、内容を確認し始める。
『やあ、愛しき妹、マグダレーナ。今日も自室で一人寂しく悪態を吐き、怨嗟の声を上げていると思うが、他人に対して面と向かって暴言を吐かないのは美徳だと思うよ? 私はそれくらいでお前を疎ましく思ったりしないから、安心しなさい』
「……同じようなふざけた文面が続くなら、最後まで読まずに破り捨てるわよ?」
最初の数行を読んだだけでマグダレーナは苛つき、便箋を握り潰しかけた。しかしなんとか心を落ち着け、続きを読み進める。
『さて、ここからは真面目な話だから、読み終えるまで破り捨てないでくれ。今現在マグダレーナが所属している教養科の内情ならともかく、上学年の専科の状況は把握しにくいだろう。秘密厳守で、お前の力になってくれる人物を予め手配しておいた。以下の日時と手順に従って、行動するように』
「あら……、意外にまともな助言と助力だったわ。お兄様にしては珍しいこと」
軽く目を見開きながら、マグダレーナは意外そうに感想を述べる。その後に書かれた兄の指示は、簡潔なものだった。そしてすぐに結びの言葉になる。
『追伸 お前の好きなように炎上させて構わない。徹底的にやれ。後始末は任せろ。お前のお兄様がもの凄く頼りになるのを、実感させる絶好の機会だからな』
「お兄様に任せたりしたら、鎮火どころか焼け野原になるのに決まっているではありませんか……」
兄の高笑いが聞こえてくるような気がしたマグダレーナは、ここでその日最大の溜め息を吐いて項垂れたのだった。
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