(3)アリステアの処分

 グラディクトがその愚行に相応しい扱いを受けている頃、学園内でもアリステアに処分が下される事となった。


「失礼します。連れて参りました」

「入りなさい」

 複数の教授達に囲まれるようにしてやって来たアリステアは、一人で学園長室に入れられた。すると室内には席に座ったリーマンと、その横に沈痛な面持ちで佇むケリーだけが存在し、彼女は無言で学園長の机の前まで進む。


「さて、随分待たせたが、漸く君の処分が決まって、事務処理も終了したので通告する。君はこの学園を、除籍処分になった」

「え? 除籍? 何それ?」

 聞き慣れない単語を耳にして、本気で首を傾げた彼女に、リーマンは噛み砕いて説明した。


「除籍扱いになると言う事は、そもそも当学園に入学した事実は無く、一時的に籍を置いた事も無い事になる。だから『かつてこの学園に在籍していた』と発言した場合、中途退学者ならそれは事実だが、君の場合は虚偽の発言をした事になるので、今後注意するように」

「何なのよ、それ! グラディクト様が言ってたでしょう!? 私達はアーロン王子に嵌められただけなのよ!」

 憤然として言い返した彼女を見て、年長者二人が溜め息を漏らす。


「エセリア様に対する糾弾が事実無根だと分かった途端、アーロン王子に責任転嫁するとは……」

「誠に、見苦しいのを通り越して、醜悪ですらありますね」

 しかし何とか気を取り直したリーマンが、冷静に話を続けた。


「それから、君は学園に在籍していない事により、婚姻が可能となる。それで君はグラディクト殿と、結婚する事になった。と言うか、既にその手続きが進められているらしい」

「えええっ! それは本当なの!?」

「ああ。先程、王宮の内務局から、今の内容を含めた今後の君の処遇についての指示が来た。それを踏まえて、各方面に指示している」

 それを聞いたアリステアは、忽ち喜色満面になった。


(やったわ! 最後は何か変な感じだったけど、ちゃんと調べたらアーロン王子の陰謀と分かってグラディクト様の誤解が解けて、私を結婚相手として認めて貰えたのね!? やっぱり神様は、不遇な人間を見捨てないんだわ! それにしても婚約者扱いを省略して、すぐに結婚なんて。私の誠意が伝わった証拠よね!)

 心の中でアリステアは快哉を叫んだが、リーマン達はそんな内心を見透かしつつも、それ以上余計な解説は加えずに話を続けた。


「それで除籍処分に伴って、これまでに君の名義で学園に支払われた費用を、後見人であるケリー大司教に全額返金した」

「それは私が一時受け取ったが、君が今回グラディクト殿と結婚するのに従い、国教会との財産信託制度の契約は解消する事になるから、今からその手続きをする」

「なるほど。それはそうですね」

「国教会総主教会に保管してある契約書を急ぎ取り寄せたので、こちらの契約解除項目と金額を確認の上で、サインをして欲しい。それで、この残っている財産を君に渡して、契約は正式に終了となる」

 ケリーがそれを告げると、アリステアは驚きで目を丸くした。


「え? 学園に払ったお金が、丸々戻ってくるの!? 退学だったら使った分は、戻って来なかったのよね! 除籍処分で良かったわ! さっさとサインしますね!」

「…………」

 そう言いながら嬉々として契約書に手を伸ばした彼女を、男二人は何とも言い難い顔で眺めた。


「これで良いですか?」

「ああ、問題無い。それではこちらを確認してくれ」

 契約書のサインを確認したケリーは、用意していた金貨を入れた革袋を、彼女に差し出して促した。それから一枚ずつ金貨を取り出して数え終えたアリステアは、満足そうにそれらを袋に戻しながら報告する。


「ええと……。はい、大丈夫です。契約書の金額通りあります」

「それでは、寮の君の荷物を既に纏めさせて、これから暮らす所に届ける手筈を整えている。このまま正面玄関に向かってくれ」

「分かりました。それじゃあ行きますね! お世話になりました!」

 リーマンの指示に勢い良く頷き、革袋を掴んだアリステアは、挨拶もそこそこに上機嫌で学園長室を飛び出して行った。そして室内に二人きりになってから、彼らの沈鬱な声が響く。


「それにしても、『お金が戻ったから、除籍で良かった』とは……。退学と比べて除籍がどれだけ不名誉な事か、本当に分かっていないとみえる……。貴族としての籍はあっても、もう社交界ではまともに相手にして貰えないでしょう……」

「下級貴族では、学園に最初から入学されない方も多いですし、まだそちらの方がマシでしたね……。しかもあの様子では、自分の結婚相手が“王子”だと、微塵も疑っていないのでは?」

「色々有りすぎて、事細かに説明する気が起きませんでしたな」

「私もです……。誠に、聖職者にあるまじき事で……。自らの未熟さを、再度思い知らされました」

「私も教育者としては、まだまだと言う事です。大司教、そうお気を落とさずに。総主教会にお戻りになる前に、お茶を飲んで心を落ち着かせていきませんか? 私もお付き合いしますので」

「ありがとうございます、学園長」

 男二人が互いに慰め合っている事など知る由もないアリステアは、浮かれ気味に正面玄関に向かった。しかしそこに横付けされた馬車を見た瞬間、文句が口をついて出た。


「え? 何よこれ? 荷馬車じゃない! どうしてこんな貧相な馬車なのよ!?」

 何かの間違いかとその荷台を確認したが、そこに見慣れた自分の鞄を認めて、アリステアの機嫌は益々悪くなった。すると御者台に乗っていた事務係官が、不思議そうに尋ねてくる。


「どうかしたのか?」

「どうもこうも! どうして私の荷物が、荷馬車に積まれているの? それに、私の乗る馬車はどこなの? その馬車の荷台に、荷物も積めば良いじゃない!」

 しかしその問いに、彼は素っ気なく答えた。


「どうしてわざわざ別に、馬車を用意する必要があるんだ? 荷台が十分空いているし、そこに乗れば良いだろうが」

「はぁ? 何つまらない冗談を言ってるのよ? どうして私が、荷台に乗らなきゃいけないの?」

「乗りたくないなら、こちらは別に構わない。俺は言われた通り、荷物だけ届けてくるさ。それじゃあな」

 彼はそのままあっさり馬に鞭を入れ、荷馬車を走り出させた為、荷物を勝手にどこかに持っていかれてはたまらないと、アリステアは慌てて追いかけて引き止めた。


「ちょっと待ってよ! 仕方がないわね。荷台に乗ってあげるわよ!」

「じゃあ早く乗れ。行くぞ」

 仕方がなさそうに荷馬車を止めた彼は、アリステアが荷台に乗り込むやいなや、再び馬を走らせた。


(全く、何なのよ! 学園の馬車だから、こんなのしか無いわけ? ちゃんとした馬車の一台や二台、準備しておきなさいよ! 私は王子様と結婚するのよ!?)

 ガタガタと揺れる荷台に座りながら、鞄に先程受け取った革袋をしまい込んだアリステアだったが、学園の不手際に腹を立てているうちに、おかしな事に気が付いた。


(あら? 何だか王宮がある方とは、違う方に進んでいるんじゃない?)

 そして御者の彼に行き先を確かめようとして、以前グラディクトが口にしていた内容を思い出す。


(あ、そうか! 王族の人と結婚するには、子爵令嬢だと体裁が悪いけど、伯爵以上の貴族の養女にすれば良いってグラディクト様が言ってたわね! だからまず、そこに行くんだわ!)

 そう自分自身を納得させたアリステアは再び上機嫌になり、酷い荷馬車の揺れにもびくともせず、脳裏に自分達の明るい未来を思い描いていた。


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