(9)ろくでもない提案

 アランを陰謀に巻き込んだ直後、ナジェークは予め母方の伯母であるマグダレーナに連絡を取り、指定された日時に王宮の彼女の私室を訪れた。


「いらっしゃい、ナジェーク。随分、久し振りね。あなたから折り入って話したい事があるなんて、珍しい事」

「王妃陛下。本日は時間を取っていただいて、ありがとうございます」

 招き入れられたナジェークは椅子に座ったマグダレーナの前で礼儀正しく挨拶してから一礼し、持参した手土産を王妃付きの侍女に手渡してから、申し訳なさそうに言葉を濁した。


「王妃様、こちらに押し掛けた上、誠に申し訳ありませんが……」

 そこでナジェークが求めている事が何かを察せないマグダレーナではなく、即座に室内に控えていた侍女達に指示を出す。

「ここは良いですから、全員、暫く下がっていなさい。必要な時には呼びます」

「畏まりました」

 主の指示に侍女達は即座に一礼して引き下がり、室内にはマグダレーナとナジェークだけが残された。


「それで? あなたが出向いて来たのは、コーウェイ侯爵家のステラ嬢と婚約するとかしたとかの話かしら?」

 未だ立ったままの甥を見上げながらマグダレーナが含み笑いで話を切り出すと、ナジェークは途端にうんざりとした表情になった。


「やはり、王妃陛下のお耳にも入っていましたか……」

「根も葉もない話なのでしょう? ミレディアから話は聞いているわ」

「はい。しかし聞き分けの無い困った人間が多く、一つずつ噂を潰しても雑草のように新しい噂が広がっていまして、対処に苦慮しております」

「さすがのあなたも、困っているみたいね。下手に長引かせたりしたら、例の彼女に愛想を尽かされかねないでしょうし」

 ニヤニヤと笑いながらカテリーナの事を示唆してきたマグダレーナに、ナジェークは本気で嫌そうな顔になった。


「伯母上……、そんなに楽しそうに仰らないでください……」

 その彼の表情を見たマグダレーナが、笑いを堪えながら応じる。


「あらあら、随分困っているのね。あなたのそんな情けない顔を見るのは初めてよ。安心なさい。陛下にはきちんと説明して曖昧な情報をきちんと止めて、万が一にも祝いの品を出したり祝辞を伝えるような真似はさせません」

「助かります。宜しくお願いします」

(本当に助かった。陛下が真に受けてそれに関しての発言が出たりしたら、益々事態が悪化するからな)

 取り敢えず最悪の事態は回避できそうだとナジェークが安堵していると、マグダレーナが少々心配そうに尋ねてくる。


「それで、具体的にはどうやって例の噂を沈静化させるつもりなの?」

「幾つか検討はしているのですが、これまで散々断っているのに相手が諦めておりませんので、公の場でお断りした位では諦める筈がありませんし」

「そうでしょうね。対外的には、未だに貴方には決まった女性はいないことになっていますもの」

「それで王妃陛下に何か妙案があれば、ご伝授いただけないかと思いまして」

「あら、そうだったの? それなら……」

 そんなに手詰まりだったとは予想していなかったマグダレーナは、助言を求められて一瞬驚いた顔になったものの、すぐに真顔で考え始めた。すると彼女は少ししてから表情を緩め、思わせ振りに提案してくる。


「ナジェーク、こういうのはどうかしら。こんな風に進めれば、もうコーウェイ侯爵家は貴方とかかわり合いになりたくないと思うのではない?」

「どうすれば宜しいのですか?」

「ちょっとこちらにいらっしゃい」

「はい」

 微妙な笑顔を浮かべているマグダレーナにナジェークは僅かに警戒したものの、手招きされるまま彼女に近寄り、手振りで促されて彼女の口許に右耳を向けた。するとマグダレーナは内緒話をするように両手を口許に当てながら、ボソボソとナジェークの耳元で囁く。するとそれを聞いたナジェークの顔が、明らかに強張った。


「あの、伯母上……、それはちょっと……」

 そこまでするのはどうかと反論しかけたナジェークだったが、マグダレーナは明るく話を続けた。

「でも、それ位しないと、駄目だと思うわ。その他にも、もう一つ方法が無いこともないのだけど、貴方が嫌がると思うし」

「……何でしょうか?」

 もう嫌な予感しかしなかったナジェークだったが、予想通りマグダレーナの提案はろくでも無かった。


「エセリアが書いている男恋本の登場人物のように、あなたの恋愛対象が男性だけだから、ステラ嬢との結婚は無理だと公衆の面前で告白するのよ」

「はい?」

「でもそうしたら、確かにステラ嬢やコーウェイ侯爵家は諦めるかもしれないけど、今後は世の中の殿方限定の方や、男女どちらでも構わない方々から狙われてしまうかもしれないわね。勤務中や街の探索中にもどこぞに引っ張り込まれて貞操の危機とか、本当になかなか大変そう」

 そんな事を事も無げに指摘してから、「おほほほほ」と如何にも楽しげに笑っているマグダレーナを見てナジェークはがっくりと肩を落とし、恨みがましい目を向けた。


「伯母上……、完全に面白がっていますね?」

「だって、貴方の顔がおかしすぎるのだもの」

「分かりました。先程の案の方が、まだましですね。前向きに考えてみます」

 確かに変な男に絡まれる危険性を考えれば、最初の案の方がまだましだとナジェークが腹を括っていると、ここでマグダレーナが真顔になって話題を変えてきた。


「それにしても……、どうしてコーウェイ家は、なりふり構わず貴方との縁組みを成立させようとしているのかしら」

 それはナジェークも当初疑問に感じていた事であり、この間に考えていた推論を述べる。


「これは私の推測ですが……、元々コーウェイ侯爵家は中立派ですが、時勢を見て王太子派に組み込まれたいのではないでしょうか? しかし王太子派の中核である、王太子殿下の母方の伯父であるバスアディ伯爵は、穏やかとは言いかねる気性で人望に欠けると専らの評判です。貴族の中では、反目している方もそれなりにおられます」

 そう指摘すると、すぐにマグダレーナが納得したように頷いた。


「確かにこれまでバスアディ伯爵とコーウェイ侯爵との間に、交流と呼べる物は無さそうですね。お二人の間に、何かの確執がおありなのかしら? それでバスアディ伯爵に直接働きかけても無理だと考えたコーウェイ侯爵が、将来王太子の外戚となるシェーグレン公爵家と何がなんでも関係を作り、バスアディ伯爵との仲を取り持って貰おうと言う算段なの?」

「そう考えれば、一応辻褄が合うかと」

「なるほど。考え方としては悪くはありませんね。シェーグレン公爵家の心情を無視した段階で、成功の芽は完全に潰れていますが」

「ええ。母や姉から、あの侯爵家に対する擁護の言葉など、一言たりとも聞こえておりませんので」

 ナジェークが現状を端的に告げると、マグダレーナがおかしそうに笑った。


「あらあら、それは大変。ミレディアは普段は温厚で辛抱強いけれど、怒り出すと本当に容赦がないのよ? 私は子供の頃、ミレディアに床に座らされて、ソファーの上で仁王立ちになったあの子から延々とお説教された事がある位だから。随分と懐かしい事を思い出してしまったわ」

 そこで穏やかに微笑んだマグダレーナだったが、それとは対照的にナジェークは盛大に顔を引き攣らせた。


「一体、どんな事情でそんな事態に……」

「聞きたい? それなら特別に、貴方にだけ教えてあげましょうか」

 それからマグダレーナは、少女時代のちょっとしたトラブルについての説明を笑顔で始めたが、それを聞いたナジェークは本気で肝を冷やす事になった。


「戻りました」

「お帰りなさい、ナジェーク」

 王宮から屋敷に戻ったナジェークは、出迎えたミレディアの顔を見た瞬間、マグダレーナから聞かされたばかりの話を思い出した。それで今現在の様子からは想像もできない少女時代との解離具合に、まじまじと母親の顔を凝視してしまう。


「…………」

「ナジェーク、どうかしたの?」

 さすがに不審に思ったミレディアが息子に声をかけたが、ナジェークは曖昧に笑いながら誤魔化す。

「いえ、何でもありません。やはり自分はまだまだだなと、色々と考えさせられました。ただそれだけです」

 そしてナジェークは何事もなかったかのように自室に引き上げ、ミレディアはそれを不思議そうに見送ったのだった。

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