(22)ローダスの奮闘

「エセリアの奴、許せん! これを衆人環視の中で突き付けて、糾弾してやる!!」

「お待ち下さい、グラディクト様! それは得策ではありません!!」

「何だと!? このような立派な証拠があると言うのに、何故躊躇う事がある!?」

 完全に怒りが振り切れたグラディクトは、ボロボロの冊子をローダスの眼前に突き付けながら喚いたが、逆にそれでかなり落ち着きを取り戻した彼は、冷静に指摘し始めた。


「恐れながら、その教科書が酷い扱いを受けたのは事実としても、それを為したのがエセリア様だとは証明できません」

「そんな事は無い! アリステアが、教室を出て行くエセリアを見ているだろうが!」

 しかしその訴えを、ローダスはアリステアに視線を向けながら否定した。


「アリステア様は、正確には『エセリア様に似た人が出て行くのを見たかもしれない』と仰っただけです。そうでしたね?」

「え? ええ……、はい」

「エセリア様はそのような証言を、歯牙にもかけないでしょう。寧ろアリステア様がそう申し出たら、嬉々として『自作自演の挙句に偽証して、公爵令嬢にあらぬ疑いをかけようとした不逞の輩』と糾弾するのが目に見えています」

「…………」

 自分が「自作自演」と口にした所で、アリステアがピクッと全身を強張らせたのを見て取ったローダスは、(やっぱりそうか)と内心で呆れながら結論を述べた。しかし怒りが収まらないグラディクトが、彼に詰め寄って怒鳴りつける。


「それならお前は、このまま泣き寝入りしろと言うのか!?」

「そうは言っておりません。取り敢えず、アリステア様の証言を補強する、第三者の証言を数多く集めれば良いのです。そうする事によって、より信憑性が高まります。数は力です」

「それは……、一理あるが……」

 まだ納得していないらしく、悔し気に顔を歪めた彼に、ローダスが尤もらしく言い聞かせる。


「本当なら講義をしているイドニス教授に、エセリア様が西棟にいらっしゃったと証言して頂けるのが一番良いのですが……。教授の立場ですと、それは難しいかと。ですから普段から西棟に出入りしている生徒を探し、かつその破損が行われた時間帯に西棟に居て、エセリア様の姿を目撃していた人物がいないかを、密かに探してみましょう。そして証言して頂くように、その者を説得するのです」

 そこまで言われて、グラディクトは真剣に考え込んだ。


「なるほど……。だが、大抵の生徒はエセリアの権力に恐れをなして、口を噤むのではないのか?」

「確かに進んで証言して貰えるとは限りませんが、条件次第では何とでもなるかと。殿下、アリステア様。この件は暫く、私に任せて頂けないでしょうか?」

 神妙にローダスが申し出ると、二人は顔を見合わせた。


「……アリステア、どうする?」

「グラディクト様さえ良かったら、アシュレイさんにお任せしていいと思います」

「そうだな。それでは取り敢えずお前に任せる。ところで、この教科書はどうする?」

「重要な証拠ですので、殿下が人目に付かない所でしっかり保管しておいて下さい」

「分かった」

 グラディクトが素直に頷くと、ローダスはアリステアに向き直った。


「それからアリステア様。セルマ教授には、教科書を滅茶苦茶に切られたなどとは言わずに、ただ紛失したとだけ言っておいた方が無難かと思われます」

「え? どうしてですか?」

 当惑して問い返した彼女に、ローダスが尤もらしく告げる。


「教授がエセリア様と組んで、アリステア様に嫌がらせしておられるなら、教科書を誰かに切られたなどと訴えたら、嬉々として『管理がなっていない』とか、『授業をしたくないからと言って自作自演するとは何事だ』とか難癖をつけて、余計に叱責されかねないと思いまして」

「あ、それもそうですね……。分かりました、そうします」

 何とか二人を言いくるめて、これ以上大騒ぎするのを防ぐ事が出来たと、心の底から安堵したローダスは、ここで恭しく頭を下げた。


「それでは早速仲間に声をかけて、内密に調べを進めますので、失礼します」

「ああ、宜しく頼む」

「アシュレイさん、お願いしますね」

 そして傍目には時間を無駄にせず、その場を後にしたローダスに、二人が心底感心した声を上げた。


「本当にアシュレイは良く気が付くし、最適な助言を与えてくれる得難い人材だな」

「そうですよね! グラディクト様が即位なさったら、彼のような優秀な人材をたくさん使ってあげて下さいね?」

「ああ、勿論だとも」

 そんな気前の良い事を口にするグラディクトの前で、アリステアは密かに胸を撫で下ろしていた。


(アシュレイさんがいてくれて良かったわ。ここでグラディクト様に突撃されても、これだけならあっさり自作自演だろうって言われて、おしまいになりそうだもの。やっぱり本に書いてある様に、状況証拠は積み重ねないと駄目よ。本当にアシュレイさんは、頼りになるわね!)

 アリステアが心からの感謝を向けていたローダスは、その時廊下を早足で歩きながら、今まで抑えていた反動もあって、本気で怒り狂っていた。


(冗談じゃない。全く何てことしてくれてんだ、あの女!! エセリア様に、急いで事の次第を報告しないと!)

 そして真っ先に見つけたシレイアと手分けして、急いで《チーム・エセリア》の面々に召集をかけたローダスは、当惑する皆の前で洗いざらい報告した。

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