(23)階段での茶番

 色々な思惑を孕んだ、茶話会当日。

 アリステアはある校舎の階段の踊場で、階下の様子を窺いながら苛ついていた。


「うぅ、殿下がまだ来ない……。そろそろ待ち合わせの時間になるんだけど……。『いつもの統計学資料室じゃなくて、偶には気分を変えて、他の所でお話ししませんか?』って、中央棟のホールを指定したのに……」

 下の廊下を、怪訝な顔で自分を眺めながら、生徒達が通り過ぎて行くのを見下ろたアリステアは、愚痴っぽく呟き続けた。


「グラディクト様の教室からだと絶対ここを通るから、さっきから待ってるのに! すれ違う人には全員変な顔をされてるのに、まさかいつも通り、統計学資料室に行ったりしてないわよね!?」

 踊場の上の二階の角から、そんな彼女の様子を先程からこっそり窺っていたローダスとシレイアも、困惑顔を見合わせていた。


「なあ……、彼女さっきから、階段の踊場でブツブツ呟きながら突っ立って、何をしていると思う?」

「私に聞かないでよ。この階段を通る人が、例外なく胡散臭い目で彼女を見てるけど、ここに居る私達も同じ目で見られているのよ?」

「……それを言うなよ。何も見なかった事にして、帰りたくなる」

 二人が次第にうんざりし始めた時、事態が動いた。


(あ、誰か来たわ! 今度こそグラディクト様よね!? よし、行くわよ!)

 そして気合い十分で踊場に横たわったアリステアは、寝たままゴロゴロと階段を転がり落ちた。


「きゃあぁあっ!」

「はい?」

 その悲鳴と、常には聞かれない異様な物音に、通りかかった生徒は階段に目を向けて足を止めたが、ここで階段の中ほどまで落ちて止まったアリステアとバッチリ目が合った。

「…………」

 互いに凝視して数秒が経過し、我に返った彼女が勢い良く立ち上がりながら、彼を叱りつける。


「ちょっと! 何をじろじろ見てるのよ! 見せ物じゃないのよ? さっさと行きなさいったら!」

「……何なんだ? 前々から、少しおかしい女だとは思っていたが」

 一方的に文句を言われた彼は、呆れ気味に呟きながらその場を歩き去ったが、その一部始終を目撃してしまったローダスは、傍らのシレイアに懇願した。


「……シレイア、頼む。さっきのあれは何だったのか、分かるなら解説してくれ」

「解説するのも馬鹿馬鹿しいけど……、自分で階段を転げ落ちておきながら『誰かに突き落とされた』とでも言うつもりじゃないかしら?」

「……殿下に?」

「他の誰によ?」

 軽く睨まれてしまったローダスは、心底うんざりしながら言葉を継いだ。


「そして、エセリア様らしき人影を見たとでも言うつもりか?」

「この廊下の少し先で、今まさに茶話会が進行中ですものね」

「なぁ……、もう本当に帰って良いか?」

「私だって帰りたいのを我慢してるんだから、最後まで付き合いなさいよ! どうなったのか一応確認して、エセリア様に報告しないといけないでしょうが」

 階段の上でそんな論争が勃発している事に気が付かないまま、アリステアはふくれっ面で元の踊場まで戻った。


(うもぅ! 階段がゴツゴツして結構痛かったのに、転がり損だったわ! もう倒れた格好をするだけで良いわよね? ……あ、誰か来た! 今度こそ殿下だわ!)

 その直後、彼女は踊場のすぐ下の段から、一階の廊下に向かって横たわりつつ悲鳴を上げた。


「きゃあぁぁっ!」

「何だ? ……アリステア、どうした!?」

 階段の下まで来たグラディクトは、その途中に彼女が不自然に伏せているのを見て、慌てて呼びかけつつそこまで駆け上がった。


「あ……、グラディクト様、いたた……」

「大丈夫か? 一体何事だ。足を踏み外したのか?」

 起き上がるのに手を貸しながらグラディクトが尋ねると、アリステアが不安そうに訴える。


「違います。階段を下りようとしたら、後ろから誰かに突き飛ばされて……。そのまま転がり落ちてしまったんです」

 それを聞いた彼は、はっきりと顔色を変えた。


「何だと!? 下手すると命に関わるだろうが! そんな事を誰がした!」

「はっきりとは見ませんでしたが……、エセリア様のようなストレートで、ハーフアップのプラチナブロンドの人だったと……」

 いかにも自信なさげにアリステアが口にすると、グラディクトは益々いきり立った。


「やっぱりあの女か、許せん! だがあれを責める前に、アリステアの方が大事だ。怪我は? あれだけの悲鳴を上げたのだから、無傷と言うわけは無いだろう?」

 ある意味予想外に彼が冷静な判断を下し、当然の如く怪我の具合などを尋ねてきた為、アリステアは慌てて言い繕った。


「え? ええと……、はい。足を捻挫してしまったかと。痛くて、歩けそうにありません」

「よし、すぐに医務室に連れて行ってやる! 安心しろ」

「え? きゃあぁぁっ!」

 そう宣言するやいなや、グラディクトは彼女を横抱きにして抱え上げた。それに驚いて悲鳴を上げたアリステアは、続けて焦りながら窘める。


「駄目ですよ、グラディクト様!? こんな所を誰かに見られたら、何をやっているんだと言われますから!」

「大丈夫だ。歩けないんだから、抱えて連れて行くしか無いだろう。人助けなのに邪推して、どうこう言う方が間違っている。行くぞ、しっかり捕まっていろ」

「はい、グラディクト様!」

(きゃあぁぁっ! お姫様抱っこよ! 私はヒロインそのものよ! もうエンディングは見えてきたわね!)

 珍しく真っ当な判断を下し、躊躇わずに行動に移ったグラディクトだったが、その腕の中のアリステアの行動をしっかり目撃し、更に彼女が今何を考えているかを正解に推察できたローダス達は、疲れきった顔を見合わせて囁き合った。


「……なぁ、シレイア。階段に突っ伏して倒れていたなら、背後から突き飛ばした相手の姿を見るのって、どう考えても無理じゃないか?」

「それ以前に、踊場から一段しか降りていない所で倒れていて、何をどう怪我するって言うのよ。馬鹿馬鹿しい」

「あの状況で、それを鵜呑みにするってどうなんだ?」

「そもそも、あんなしょぼすぎる自作自演で、周囲を誤魔化せると本気で思っている辺りが、相当おめでたいわね」

「一応、何をする気だったのかは見届けたし、もう見張っていなくても良いよな?」

「そうね。全く、くだらない事で時間を浪費したわ」

 そこでローダスはうんざりした顔で、シレイアは憤慨しながらその場を離れた。

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