(7)能ある鷹は爪を隠さない

 専科下級学年での前期カリキュラムをほぼ消化し、定期試験も終えてあとは長期休暇を待つばかりとなったある日。カテリーナが友人達と共に、教室移動の為に通路を進んでいると、通り抜けようとしたホールの一角に人だかりができているのを認めた。彼女達は一瞬何事かと思ったものの、時期的なものと漏れ聞こえてくる会話から、その理由をすぐに察する。


「あそこの人達は……。ああ、この前の定期試験の結果が出たみたいね」

「本当ね。各学年の成績優秀者を貼り出している筈だけど、随分騒々しいわ」

「でもあの騒々しい人達の名前は、間違ってもあそこに出ていないでしょうけど」

「私達も関係無いでしょうけど、一応見ていく?」

「そうね。一応見ていきましょう」

 貼り出されている名簿を見ながら、黄色い声を上げているのは殆ど貴族科の女生徒ばかりで、カテリーナにしてみれば(自分の事でもないのに、良くそこまで一喜一憂できること)と冷めた見方をしながらそれに歩み寄った。そして内容を確認した彼女達は、その名前と所属クラスを確認して、驚きの声を上げる。


「各学年の上位五十人となると、やっぱり官吏科の生徒ばかりね」

「それはそうでしょう……、えぇ!?」

「ちょっと待って。専科下級学年の五位に、貴族科の人が入っているわよ!」

「ナジェーク・ヴァン・シェーグレンって知ってる?」

「確かに教養科の時も、上位五十人の中に名前が入っていた記憶があるけど、こんなに上位では無かったわよね?」

「そうよね。ギリギリ入る位だったと思うわ。それでも凄いとは思っていたけど……」

 ナジェークの名前を見つけたカテリーナは驚いたが、周囲の友人達も目を見張った。そして彼女達が顔を見合わせる中、カテリーナは密かに内心で呆れ返る。


(あんな大言壮語を吐いていたから、成績優秀者の中には入るだろうと思ってはいたけど………。ここまで良かったとは想定外だったわ)

 そこで背後から、苦笑気味の声がかけられた。

「やれやれ、あいつもいきなり派手な事をやってくれる」

 その声にカテリーナが振り向くと、そこには予想通りイズファインが佇んでいた。


「あら、イズファイン。あなたも見に来たの?」

「ああ。今回ナジェークの奴が一桁に入っていなかったら、笑ってやろうと思っていたんだが。もの凄く残念だよ」

「そんな事を言っていたの……。やっぱり去年は手を抜いていたのよね?」

「そうなのかな?」

 後半は彼にだけ聞こえる位、声を潜めて確認を入れると、イズファインは肯定も否定もせずに曖昧に笑った。


(入学直後から抜群の成績だと、教授達に官吏科への進級をごり押しされるとでも考えていたのかしら? それで予定通り貴族科に進級して、本領発揮というところかしらね。呆れたわ)

 この成績を見たら何が何でも官吏科にさせておくべきだったと、教授陣が悔しがる他に、官吏科所属の生徒から目の敵にされるのではないかと懸念したカテリーナだったが、続けてイズファインが口にした内容は、微妙にそれとは異なっていた。


「あれで目立ってしまっただろうから、去年とは違う差し障りが色々出てくるとは思うが」

「去年とは違う差し障りというと、官吏科の人達から敵視されるということ?」

「いや、そう言う事をあの図太いあいつが、気にする筈も無い。それとは別な意味で、周りが益々五月蝿いという事さ。あいつは未だに婚約者が決まっていない、数少ない優良物件というやつだから」

 そう指摘された彼女は、なるほどそういう事もあるかと納得し、興奮気味に名簿を見上げながら騒いでいる貴族科の女生徒達を視界の端に捉えつつ、皮肉気な笑みを零す。


「あらあら、同様に婚約者がいらっしゃらない貴族科のお嬢様達から、彼は獲物認定されているの? 御愁傷様と言うしかないわね」

「それに加えて、既に婚約者持ちのご令嬢達もかな? シェーグレン公爵家後継者の配偶者の椅子を得られるなら、今現在の婚約を破棄しても惜しくは無いと考えるご令嬢やその家は、それなりの数で存在するみたいだね」

「……そこまで恥知らずで傍迷惑な方が数多く存在しているとは、思いたくないわね」

 心底うんざりして感想を述べたカテリーナに、イズファインは苦笑を深めながら別れを告げた。


「世間と言うのは本当に、色々残念な事や残念な人間が多いよな。それじゃあ、また後で」

「ええ」

(もしかして、自分の周囲が騒々しくなるけど自分の本意ではないと、イズファインに弁解させたわけ? 全く、人使いが荒いこと)

 こんな所でわざわざ世間話をする為に彼が自分に近寄って来たとは思えなかったカテリーナは、話の内容から暫く大っぴらには会っていないナジェークの顔を思い浮かべた。そして彼の人遣いの荒さとイズファインの付き合いの良さに半ば呆れつつ、この間他の話題で盛り上がっていた友人達に声をかけて移動を促す。


「皆、そろそろ行きましょう」

「そうね。だけど定期試験も終わったし、あとは長期休暇まで教養項目の授業や講義ばかりなのが、少し気が重いわ」

「同感。またテーブルマナーの授業があると思うと憂鬱。貴族じゃないから、そうそう必要になる事も無いのに」

「そう言わずに。在学中に色々な経験を積めるようにという、学園側の配慮なのだから。予習復習は付き合うわ」

「ありがとう、カテリーナ」

「頼りにしているわ」

 一団になって楽しく会話を交わしながら移動していたカテリーナだったが、他の者達程長期休暇を心待ちにする心境にはなれなかった。


(長期休暇まであと少し。どうせ屋敷に帰ったら、お義姉様達からの縁談攻勢がまた始まるから、のんびりできるのは本当に今のうちだけね)

 本来なら実家で羽を伸ばす事ができる長期休暇も、カテリーナにとっては試練の日々としか思えなかった。

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