(14)入会

「サビーネ様。今日は声をかけていただいて、ありがとうございました。予想外の素敵な出会いができました」

 心からの感謝の言葉を口にすると、サビーネが笑いながら首を振る。

「シレイア。サビーネって呼んで頂戴。他ではともかく、ここでは身分とか気にせず、自由に交流して議論を楽しむことになっているんだから。年配の人に対してならともかく、同じ年頃の私達の間では敬語はなしよ?」

「ええ、分かったわ、サビーネ」

 そこでサビーネが、しみじみとした口調で言い出す。


「私も、貴女のような聡明な人と知り合えるなんて幸運だったわ。ラミアさんとは以前からの知り合いだったけど、あんな事情があったなんて……。シレイアの話を聞かなかったら、きっと一生知らないままだったもの」

「信念を持っている、本当に強い人なのね。尊敬するわ。できれば、ああいう大人になりたいな……」

「私も同意見よ。取り敢えずそういう賢いシレイアと、私はお友達になりたいの。あなたはどうかしら?」

 そこで自然に差し出された右手を、シレイアは笑顔で握り返した。


「こちらこそよろしく。私、この本と他にも何冊か買っていこうと思うの。お勧めの本を教えてくれない? あと、紫蘭会の入会手続きもしたいのだけど」

「任せて。それじゃあ本を何冊か選んでから申請用紙を持ってくるから、座って待っていて頂戴」

「分かったわ。ありがとう」

 そこでサビーネとすっかり意気投合したシレイアは、それから他の何人かの紫蘭会会員とも交流し、すっかり満足して帰宅した。



 その日の夕食前のひと時。シレイアは夕食の支度を手伝いながら、一人で笑み崩れていた。

(結局……、紫蘭会への入会手続きに加えて、本を五冊も買ってきちゃった。まあ、確かに、本を買いに行ったのだから、間違ってはいないけど。それにしても、伯爵令嬢とお友達になれるなんてね。それにサビーネの話だとまだ会員の人数は少ないけど、貴族平民問わず交流しているそうだし。ラミアさんも含めて、予想外の出会いだったな。これもマール・ハナー、つまりエセリア様のお陰ね)

 そんな娘の様子を調理の合間に観察していたステラは、支度が一段落済んだところで娘に尋ねた。


「シレイア、今日はなんだか凄く機嫌が良いわね。何か良い事があったの?」

「お父さんには内緒にしてくれる?」

「話の内容によるけど……」

「今日、ワーレス商会の書庫分店に行ってきたの。そこでね?」

 そこでシレイアは手短に、その日ワーレス商会書庫分店であったことを説明した。するとステラが半ば驚きながら感想を述べる。


「まあ……、貴族のお友達ができたのね。凄いわ、シレイア」

「伯爵令嬢と言っても、変に偉ぶったりしない気さくな子なの。教会内で威張り散らしている小者より、よっぽど好感が持てるわ」

「シレイアったら……。でも、教会から積極的な販売について規制をかけられたから、逆に希少性と特殊性を売りにするなんてさすがだわね」

「うん、私も感心した。それでね? 早速入会して、会員の証のハンカチを貰ってきたの」

 そこでシレイアがポケットから得意げに取り出した、蘭の花と会員番号が縫い取りされた紫色のハンカチを見て、ステラは苦笑してしまった。


「あらあら……。あの人には内緒ね?」

「うん、お父さんには内緒で」

 さすがに総主教会幹部の娘が、販売規制をされている本の愛好会に所属しているのは外聞が悪いと、シレイアにも分かっていた。しかしステラは頭ごなしに怒ったりせず、夫には内密にしておくことで手を打つ。シレイアも、おそらく母がそうしてくれるだろうと思っていたため、予め正直に話しておくことにしたのだった。


「シレイアがそこまで関心を持つなんて、本当に興味が出てきたわ。お父さんには内緒にするから、私にその本を貸してもらえない?」

「勿論良いわよ? それに今日行った時、お母さんと変わらない年齢の女性もいたの。会員が同伴すれば入れるから、もし興味があるなら今度私と一緒に《紫の間》に行ってみない?」

「そうね。考えておくわ」

(さすがに無理かと思うけど、お母さんと一緒に行けたら嬉しいな)

 そのシレイアの予想は、半月ほど後にあっさりと覆されることになった。


(まさか、本当にお母さん同伴で、紫の間に出向く事になるなんてね……)

 本当に良いのだろうかと自問自答しつつ、シレイアは興味津々な母を同伴して紫の間に出向き、母娘で会員登録をすることになるのだった。



 ※※※



 ステラが紫蘭会の会員登録をしてから一月ほどした頃。ノランの帰りが遅くなり、母娘だけの夕食の席で、ステラが楽しそうに話を切り出した。

「そういえば、シレイア。今日はワーレス商会書庫分店に行ってきたのだけど、カーネ・キリーの本を読んだことはある?」

 その問いかけに、シレイアは食事の手を止めて首を傾げる。


「え? カーネ・キリー? 著者名は見たことがあるけど、まだ読んだことはないかも。男恋本を書いているの?」

「いいえ。この方は男恋本は書いていらっしゃらないけど、違った意味で心を鷲掴みにする話を書いておられるのよ。今日紫の間で、偶然ラミアさんに紹介して頂いたの。凄く才能溢れる、魅力的な方だったわ」

「ふぅん? お母さんがそこまで言うなんて、珍しいわね。どんな人なの?」

 シレイアは何気なく尋ねたが、それでステラは我に返ったらしく、真顔で断りを入れてくる。


「……ごめんなさい、シレイア。マール・ハナーの名前で執筆活動をしているエセリア様同様、この方も本名を隠していらっしゃるの。万が一秘匿事項を漏らしたら、紫蘭会を除名になる規定は知っているでしょう?」

「分かった。だったら詳しくは聞かないわ。それで?」

「是非シレイアにも、カーネ・キリーの本を読んで貰いたいと思って」

「そんなに面白いなら読みたいわ。後で貸してね?」

「ええ。絶対お勧めよ」

 そんな風にシレイアとステラは紫蘭会入会以降、夫と父親に内密で本を話題に盛り上がる事が多くなっていた。


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