(33)元ネタ提供の謝礼

 しばらくエマと料理をつまみながら談笑していたシレイアだったが、それまで複数の人物とやり取りをしていたレスターが人の輪から離れ、教室内に入ったのを視界の隅に捉えた。それを機にシレイアはエマと別れ、休憩所の一つに充てられているその教室に足を向ける。

 室内にはレスターの他にも何人かが椅子に座って談笑しており、彼らに会釈しながらシレイアはまっすぐ彼に歩み寄った。


「お疲れ様、レスター。まだ終わっていないけど、もう成功間違いなしよね」

「ああ、そうみたいだな。天気が良くて何よりだ」

 そこでシレイアは、手近な椅子を引き寄せてレスターの隣に座る。子供用の椅子は今の彼女達には小さすぎるが、懐かしさを覚えながらシレイアは口を開いた。


「それにしても、よくあんな準備ができたわね。二人の立派な礼服代は王妃様からお祝いを頂いたとしても、あの料理とか飲み物とか諸々を考えると、皆から参加費用として出して貰った金額だけでは賄えないのじゃない? 本当に大丈夫なの?」

「ああ、うん……。実はシェーグレン公爵家経由で頂いた王妃様からのお祝い金の他に、コーネリア様からかなり纏まったお金を頂いたから。それで十分間に合っているんだ。余ったお金で、後日二人に記念品でも贈ろうかと考えているんだが……」

「ちょっと待って。どうしてそこでコーネリア様の名前が出てくるの。それに、お金を頂いたって、そんな理由はないわよね? コーネリア様と二人は、全くの無関係だし」

 レスターの口から予想外の名前が出て来たことで、シレイアは怪訝な顔で問い返した。するとレスターは真顔になり、周囲に人影が無いのを窺ってから声を低めて話し出す。


「シレイア……。ここだけの話にして欲しいんだが……」

「なんかもの凄く嫌な予感がするから、あまり聞きたくないんだけど。どうかしたの?」

「アイラさんとダンさんがカフェで面会した日、公爵邸に戻ってからエセリア様に経過を報告する予定だったんだ」

「店を貸し切り状態にするための資金を出して頂いたんだし、経過報告は義務よね。それで?」

「エセリア様に呼ばれて談話室に出向いたら、コーネリア様がお出でになっていた」

「それ、知らなかったわけ?」

「ああ。『予定外に立ち寄った』と仰っていたしな。それで俺が出向くまでの間に、エセリア様が近況に交えて俺の話もしていたらしくて……」

 そこでレスターが言葉を濁したため、シレイアは考えられる状況を口にしてみる。


「レスターが戻るまでに先生達の婚約式の話とか、アイラさんの実家との絶縁状態とか、その日カフェでの対面予定とかお話ししていたって事かしら?」

「ああ。それで根掘り葉掘り聞かれた。俺には元々、拒否権も選択権もないし……」

「うん、そうよね。その辺りはなんとなく分かる」

 かつてコーネリア付きの執事見習いの時期、彼がどんな無茶振りをさせられていたのかをうっすらと察していたシレイアは、真顔で頷きながら話の先を促した。するとレスターが、観念したように結果を告げる。


「それで、知る限りの事を洗いざらいお伝えしたら、コーネリア様が『近年まれにみる創作意欲を書き立てるシチュエーションを聞かせて貰ったわ! お礼にお祝い金を出すから婚約式で使って頂戴!』と仰って、纏まった金額を押し付けられたんだ」

 そこまで聞いたシレイアは、さすがに声を荒らげながらレスターに尋ねた。


「ちょっと待って! 『創作意欲』云々って、まさかコーネリア様は、アイラさん達の事を元に本を執筆するつもりじゃないでしょうね!?」

「するだろうな……。そのお礼のつもりで、お金を出されたんだろうし」

 どこか遠い目をしながら、レスターは断言した。しかしとても容認できないシレイアは、血相を変えて彼に迫る。


「冗談じゃないわよ! 勝手にそんな事をされたら、アイラさんや実家の方々が激怒するじゃない!!」

「そこら辺は大丈夫だ。コーネリア様は『モデルにした方々が読者に分からないように、きちんと脚色するから安心して』と仰っていた」

「そんなの無理に決まっているわよ! だってアイラさんは、ただでさえ珍しいベテランの女性官吏なのよ!? 名前や多少年齢設定とか変えても、分かる人には分かってしまうじゃない!!」

「だから主人公女性官吏ではなく、男恋本作家という設定にすると仰っていた。因みにマルケス先生の方は、アイラさんが同性愛者だと勘違いしていた行きつけの定食屋の料理人という設定だ」

「…………はい?」

 言われた内容が咄嗟に理解できなかったシレイアは、目を丸くして絶句した。そんな彼女に気の毒そうな視線を向けながら、レスターが淡々と説明を続ける。


「司教の娘として厳格に育てられたアイラさんが、その抑圧された生活から男恋本の魅力に目覚め、自らそれを執筆しようと志したところで無理解な家族と衝突し、決別。内職をしながら雄々しく自活し、自らの理想となる恋を求めて奮闘するが、小説のモデルにしていた人物が実は彼女に密か想いを寄せていて、紆余曲折を経た末に、既に死亡している両親の墓の前で家族との和解を果たすという、悲劇と喜劇を織り交ぜた感動的な作品に仕上げる予定らしい」

 真剣な面持ちでの説明を聞いたシレイアだったが、何の冗談だとしか思えなかった。


「レスター……。勝手にまだ存命のお父さんを殺さないで。それに、あなたのたちの悪い冗談ではないの?」

「悪いが冗談は言っていないし、コーネリア様は有言実行の方だからな……」

 諦めきったレスターの表情で、シレイアは漸くその事実を受け入れた。そして中庭で祝福を受けている主役二人を窓越しに眺めながら、平坦な声で問いを発する。


「今の話、聞かなかったことにして良いかしら?」

 そんなシレイアの心境は手に取るように分かっていたレスターは、動揺に中庭に目を向けながら淡々と応じる。


「俺も何も言っていない。それに本当にコーネリア様にかかったら、登場人物が誰かなんて微塵も推察できないようにしてしまうからな。絶対に世間にはバレない。大丈夫だ」

「実例、知ってるの?」

「何例か」

「そう…………」

 シレイアが溜め息を吐き、その場に微妙に重い空気が漂う。ここでレスターがある事を思い出し、ポケットから折り畳んだハンカチを取り出した。


「そうだった。これを返さないと。この前は助かった。新しいのを買って返そうかとも思ったんだが、そんな事をしたらローダスが嫌がりそうだしな。洗濯してアイロンをかけてきた」

 綺麗にアイロンがけされている三枚のハンカチを見て、シレイアは笑顔でそれを受け取る。


「ああ、あの時のね。でも本当に新しい物を買ったりしなくて良いわよ。でも、どうしてローダスが嫌がるの?」

「ええと……、理由、分からないか?」

「分からないから聞いているんだけど?」

 困惑顔のレスターに、シレイアが些か気分を害したように問い返した。それにレスターが何と言えば良いか分からないような顔で口を閉ざしている為、シレイアは再度問いかけてみる。


「どうしたのよ?」

「いや、その……。シレイアは、アイラさんみたいになりそうだなぁと思って」

 微妙に視線を逸らしながら、レスターはそんなことを口にしてみた。するとそれにシレイアが嬉々として応じる。


「嫌だ、レスターったら! アイラさんみたいな実績も人望も抜群な官吏になりそうだなんて、そんな手放しで褒めないでよ! 面と向かって言われたりしたら、余計に照れくさいじゃない!」

 シレイアは嬉しさのあまり、空いている手でバンバンとレスターの背中を叩いた。それにレスターが引き攣り気味の笑顔で応じつつ、こちらに近寄って来る人影を認めて立ち上がる。


「ああ、うん。全面的な褒め言葉ってわけでもないんだが……。まあ、いいか。俺はここで。ちょっと話しておきたい奴がいるから」

「ええ。それじゃあね」

 そしてシレイアは、その場を離れるレスターを笑顔で見送った。

















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