(3)萌えに年齢制限無し
連日、王都の大通りに面したワーレス商会の店舗は、夕暮れ時でも客の出入りが途切れない盛況ぶりだったが、張り切ってそれを取り仕切っていたワーレスの元に、店の奥から妻が駆け寄って来た。そして囁かれた内容に、彼が激しく動揺する。
「エセリアお嬢様がいらしただと!?」
「コーネリア様もご一緒です。あなた急いで応接室にいらして!」
「分かった! 少し奥にいるから、何かあったら呼んでくれ」
「分かりました」
これまで彼女達の父親である公爵すら、この店や奥の屋敷を訪問した事は無く、一体何事かと考えを巡らせながら、ワーレスは傍らの側近に店の差配を任せ、妻を引き連れて足早に奥へと向かった。
「しかし先触れも無くこちらにお越しとは、それほど火急のご用件だろうか? お前は何か聞いているか?」
「そんな質問なんか、する暇は無かったわ! 失礼の無い様に、部屋や茶器を整えるのに精一杯で!」
「……ああ、そうだろうな。すまん、ラミア」
突然の高貴な人の来訪で、動揺しまくったに違いない涙目の妻を労りながら、ワーレスは急いで二人を待たせている応接室へと向かった。
「コーネリア様、エセリア様、お待たせしました」
しかし深々と頭を下げたワーレス達に、コーネリアは神妙な顔で謝罪した。
「いえ、事前に何の連絡もなく急に押しかける様な、礼を逸した振る舞いをしたのはこちらの方ですので、お気遣いなく。
奥様にもお手数をおかけして、申し訳なく思っております」
そう言ってコーネリアが座ったままながら頭を下げ、それに倣ってエセリアも無言であたまを下げた為、ラミアは興奮気味に手を振りながら応じた。
「いえいえ、滅相もありません! こんなあばら屋にお嬢様方をお迎えする事ができて、身に余る光栄です!」
「まあ、あばら屋なんて……。確かに屋敷よりは狭いのは確かですが、周囲の家々と比較すると、はっきり分かる程規模が大きくて、内装も装飾品も上質で上品な物ばかり。さすがはワーレス商会代表の住居だと、しみじみ感じ入っていました。エセリア、そうは思わない?」
「はっ、はい! 大変結構なお住まいだと思います!」
「まあ……、お嬢様方にそんな風に言って頂けるなんて……」
急に話を振られて、エセリアが慌てて同意を示すと、ラミアは感極まった様に涙ぐんだ。そして自分のすぐ横に座っている姉を軽く見上げながら、エセリアは密かに感心する。
(うわぁ、お姉様、確かまだ十二歳になっていない筈なのに、人を転がすのがうまっ! それともこれ位は、貴族令嬢としては当然なのかしら?)
そんな事を思いながらも、予め打ち合わせていた通り、当初の交渉は姉に任せる為、エセリアは無言を保った。するとコーネリアは軽く振り返り、目配せで斜め後ろに控えていたアラナから紙の束を受け取り、それをワーレスに向かって差し出す。
「それでワーレス殿。取り急ぎこちらを訪れた理由は、こちらです」
「はぁ……、これは何でしょうか?」
「小説の原稿です。お二人とも、軽く目を通して頂けますか?」
「はぁ、それでは少々、失礼します」
怪訝な顔をしながらも取り敢えずそれを受け取ったワーレスは、まずざっと一枚目に目を通してから、読み終えた物を妻に渡した。そしてラミアが読み始めるとワーレスが二枚目に目を通し、それを二十枚程繰り返してから、彼は難しい顔で残っている原稿をテーブルに置く。
「どうでしょうか? それを本にして出そうと考えています。あなたの所では一昨年に印刷所を買収して、昨年から本の製造や販売を手がけていますよね?」
「はぁ、確かにその通りでございますが……」
自分の提案に煮え切らない返事をしてきた相手に腹を立てる事無く、コーネリアは微笑み返した。
「それでは取り敢えず、再来月のナジェークの誕生祝いのパーティーに間に合うように、五百冊作って下さい」
「あ、そのうち半数は庶民向けに販売する分ですから、コストを下げる為に布張りの装丁では無くて、表紙と裏表紙部分は厚めの紙で作って構いませんから!」
「それで取り敢えず二十冊は、我が家で配るので納品して欲しいのです」
放っておくと姉妹でどんどん話を進められそうだと危機感を抱いたのか、ここで慌て気味にワーレスが会話に割り込んだ。
「あの! コーネリア様、エセリア様! 失礼ですが、こんなわけの分からない物を五百冊も作っても、誰も読みませんし買いませんよ!?」
その訴えに、エセリアはある程度予想していた事ながら、少々失望した。
(やっぱり、今まで目にした事が無い物を見せられて、いきなりそんな事を言われたら、困惑するわよね。どう説得すれば良いかしら?)
エセリアは比較的穏やかにワーレスの説得方法を模索し始めたが、コーネリアは結構挑戦的な口調で迫った。
「そんなに作っても、これは売りさばけないと仰る?」
「いえ、あの……、お嬢様方の意見に反対しようなどとは思いませんが、なにぶんこの様な物を本として出すのは、これまでに例がない」
「……あなた」
「うん? どうした。今、お嬢様とのお話中だ。後にしてくれ」
いきなり自分の腕を掴み、声をかけてきた妻にワーレスは苛立った声で言い返したが、ラミアは手を放さずに真顔で夫に迫った。
「これを、本にしましょう」
「は?」
「そして売って売って売りまくるのよ。 これは絶対売れるわ!」
「はぁ? いや、ちょっとまて、ラミア!」
なにやら嬉々として訴えてくる妻を慌てて宥めようとしたが、そこでラミアとコーネリアの間で、世代と身分を超越した、強固な共同戦線が構築された。
「嬉しいです! 奥様には、この本の持つ意義と主張がお分かりになるのね?」
「勿論ですわ、お嬢様! これはこれまでの常識を覆す、画期的な一冊になりますもの! 先人には成し得なかった、自由な発想、自由な形式。素晴らしいですわ! これはコーネリア様がお書きになられたのですか?」
「いいえ、私など非才なる身。今日は妹の付き添いと代弁者として出向いただけですもの」
「まあぁ!! こんな小さなお嬢様が、こんな画期的な話をお書きになるなんて! これは分別のある大人として、いえ、商人の端くれとして、全力でお支えしなくては!」
「あなたの様な心強い賛同者を得て、私達は幸せですわ」
「なんて勿体ないお言葉! 私どもの事など、如何様にでもお使い下さいませ!」
「…………」
もはや家長で商会会頭である筈のワーレスをそっちのけにして、女二人の話は盛り上がりが衰えないまま話がどんどん進み、その間ワーレスと同様に無言を貫きながら、エセリアは(乙女の萌えって、年齢制限は無かったのね)と、ラミアに対して少々失礼な事を考えていた。
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