(14)とんでもない登場

 カテリーナが、次兄から説明を受けた二日後。予定通りワーレス商会から派遣されたとの触れ込みで、若い男性二人組が屋敷に到着した。勿論そのうちの一人はカテリーナも旧知の人物だったが、そ知らぬふりで自己紹介を待った。


「ワーレス商会会頭の息子の、デリシュ・ワーレスと申します。ジュール殿とはこれまで手紙のやり取りをさせていただきましたが、お目にかかるのは初めてですね。宜しくお願いします。こちらは弟のクォール・ワーレスです」

「急な申し出にも関わらず、快く受け入れていただき恐縮です」

 応接室に通された二人は必要以上に卑屈になる事もなく、領地の現地管理者であるジュールと、当主令嬢であるカテリーナに神妙に頭を下げた。それに対して、ジュールも恐縮気味に頭を下げる。


「いえ、こちらこそ前々から、現状を直にご覧になって貰いたいと考えておりました。今回は宜しくお願いします。こちらは妹のカテリーナです。数日前から、静養に来ておりまして」

「カテリーナ・ヴァン・ガロアと申します。我が家の領地の運営に関して、色々とご助力いただけるとの事。改めてお礼申し上げます」

(どこからどう見ても、庶民の出で立ち。それに堂々と偽名まで……。隣の兄だと名乗っている人まで、真っ赤な偽者では無いでしょうね!?)

 胡散臭さ倍増の二人にカテリーナは探るような視線を向けたが、ナジェークは僅かに口許を歪めただけだった。更にデリシュとジュールは時間を無駄にせず、早速幾つかの懸案事項についての話し合いを始める。カテリーナが席を立つタイミングを逃し、このまま話を聞いていても良いのだろうかと困惑しているうちに、二人の間で主だった話し合いが終わった。


「そうなるとデリシュさんは、これから領内を回るのですね?」

「はい。オリーブの栽培状況を調べて、最適な土壌改良の方法の選定や、品種の選定などをしたいので。それでジュール殿には、各地で泊めて貰うお宅の紹介をして頂きたいのですが」

 神妙にそんな申し出をしてきたデリシュに、ジュールが深く頷く。


「確かに、気の利いた宿屋が領内の隅々にまであるとは言えませんね。分かりました、各所に連絡して手配しておきます」

「よろしくお願いします。その間クォールにはこちらの街と近辺で、うちの支店と製油所の候補地を選定して貰うつもりです」

「分かりました。クォールさん、お好きなだけ滞在してください」

「ありがとうございます。それほど長逗留するつもりはありませんので」

 クォールの名前を騙っているナジェークが愛想笑いを振り撒いているのを見て、カテリーナはさすがに内心で焦った。


(ちょっと! まさか支店開設とか製油所設立とか、そんな大袈裟な話を持ち出してジュール兄様を本気にさせて、全部架空の話だったりしたら許さないわよ!?)

 後で絶対に確認しておかないとと決意しつつ、その場はひとまずお開きになった為、客間に案内される二人を見送ってから、カテリーナは一度自分に割り当てられている部屋に引き上げた。そして頃合いを見計らい、彼らの部屋を訪れた。


「失礼します。少しお邪魔しても宜しいでしょうか?」

「カテリーナ様、どうぞご遠慮なさらず」

「失礼します」

 続き部屋を与えられたデリシュ達は、奥の寝室ではなく手前の居間に揃っていたが、顔を出したカテリーナが入ってきたドアを閉めようとすると、それをデリシュがやんわりと引き止めた。


「カテリーナ様、淑女が見知らぬ男性と室内にいる時に、ドアを閉め切るのは外聞が悪いかと。どうぞドアは開けたままで」

「それでは、そうさせていただきます」

 すかさずかけられた如才のない台詞に(さすが今をときめく、ワーレス商会会頭のご子息。平民の方と言えども、それなりに教養がある紳士だわ)と感心しながら、カテリーナは松葉杖をつきながらソファーに歩み寄った。さりげなく手を貸してくれたナジェークに松葉杖を渡してソファーに落ち着いた彼女は、何と言えば良いか少し迷ったものの、すぐに直球勝負に出る。


「お尋ねしますが、デリシュさんは本人ですか?」

 声を潜めながらのその物言いに、デリシュは思わず吹き出しかけたが、れっきとした侯爵令嬢相手にそれはまずいと判断し、何とか笑いを堪えながら応じた。


「ええ、正真正銘、デリシュ・ワーレス本人です。勿論、支店と製油所の開設話も本店内で実際に進めていますので、ご心配なく」

「良かった。全てどこかの性悪男の嘘八百かと思って、心配になったもので」

 彼女が安堵のあまり正直な感想を漏らすと、デリシュがからかうように同行してきた“弟”に声をかける。


「“クォール”。カテリーナ様がそこまで仰る『性悪男』とは、どれほどタチが悪い男なんだろうな?」

「さぁ……、兄さん。俺に分かる筈がありませんよ」

(この男、本当に白々しいわね!?)

 しれっとして惚けたナジェークを見てカテリーナは呆れ果て、両者の表情の違いを目の当たりにしたデリシュは再び笑いの発作に襲われた。しかし何とかそれを押さえ込んでから、真顔でカテリーナに向かって問いを発する。


「カテリーナ様はお怪我をされていますが、騎乗や歩くのに支障はありませんか?」

 それに彼女は、少し考え込みながら答えた。


「そうですね……。馬に乗るのは支障はありませんし、歩くのもそろそろ杖は不要かもしれません。長く歩くのは無理でしょうが」

「それなら弟が街の調査に出向く時、できれば同行して貰えればありがたいのですが。余所者はどうしても警戒されますし、土地に馴れた方に案内して貰えれば話が早いかと。加えてご領主のお嬢様が同行しているとなれば、色々と便宜を図っていただける機会も多いかと思いますので」

(そういう設定で、一緒に出歩くと……。どこまで抜け目が無いのやら)

 この筋書きを書いたのはどちらだろうかとカテリーナは考えたが、どちらにしてもやり手なのには違いないと納得した。


「……そうですね、時々はお付き合い致します。それでは失礼します。何か入り用の物がありましたら、遠慮なく使用人達に申し付けてください」

「ありがとうございます。そうさせて貰います」

 ドアを開けている事で、通りかかった誰かに話を聞かれる可能性がある以上、突っ込んだ話し合いなど出来ないのは理解していたカテリーナは、そこで話を切り上げて立ち上がった。

 すかさずナジェークから差し出された松葉杖を受け取り、それを突きながら廊下を歩き出すと、ドアの所で見送ったナジェークがドアを完全に閉めた上で、ご丁寧に内鍵までかける。それを見たデリシュが、まだ日も高いのにと半ば呆れながら声をかけた。


「ナジェーク様。王都の某屋敷ならいざ知らず、こちらの館には変に探りを入れるような人間はいないのでは?」

「念を入れるのに越した事はないからね」

「用心深いのは、結構だと思いますが。それにしても……。ナジェーク様にこんな着古した服を着せたなんて知られたら、父から鉄拳制裁確実ですよ……」

 しげしげと自分を眺めながらデリシュが泣き言を漏らすのを見て、今回かなり無茶な事を頼んだ自覚のあったナジェークは、苦笑いしかできなかった。


「本当に無理を言って悪かった。ワーレスにも内密にして貰う分、きちんと調査をしておくから」

「その仕事自体、父に知られたら『ナジェーク様に何をさせているんだ!』と激怒されて、勘当ものなんですけどね……」

「そう言わずに。これも社会勉強の一環だから、協力してくれ」

「協力は惜しみませんが、こういうのは本当に、これっきりにしてくださいよ!?」

「うん、分かった。分かったから、少し落ち着こうか」

 その切実な訴えに、ナジェークは苦笑を深めながら笑顔で頷き、それから暫くの間、身分差と年齢差のある友人を宥める事に専念した。

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