(22)国王の裁定

「それでは国王の名において、今回の審議の結論を申し渡す。王太子グラディクトによる、婚約者エセリア・ヴァン・シェーグレンに対する糾弾は、全くの事実無根であると断定し、エセリア嬢に全く非は無い事を認定する」

「ありがとうございます」

 淑女の礼を取りながら、深々と頭を下げたエセリアに小さく頷いてみせてから、エルネストはグラディクトに厳しい目を向けた。


「同時に、我が長子グラディクトに関しては、王太子としてのみならず、王族として遇するには甚だその素質に問題がある事が判明した為、この場において王太子位を剥奪し、更に王族籍を抜いて臣籍降下させる事とする」

「そんな!? 王太子位剥奪の上、臣籍降下!? 父上、何故ですか!!」

 予想外に厳しい処分内容を聞いて、驚愕したグラディクトが叫びながら舞台に駆け寄ろうとした為、国王夫妻に随行してきた近衛騎士団の副団長が、声を張り上げた。


「あの不埒者を取り押さえろ! 両陛下が退出されるまで、どこかに監禁しておけ!」

 要所要所に配置されていた近衛騎士達が、上官に指示されるまで傍観している筈もなく、叫んだ直後に左右から駆け寄って来た彼らに阻まれ、グラディクトは舞台に到達する前にあっさり拘束されてしまった。


「無礼者! 離せ! 私を誰だと思っている!」

「五月蝿い! 抵抗するな!」

「もう貴様は、王太子でも何でも無いんだよ!!」

「学園長。どこか適当な場所をお貸し願えませんか?」

「分かりました。クラン教授、空き教室か倉庫にでもご案内してくれ」

「分かりました、こちらです」

 すかさず副団長と学園長の間で会話が交わされ、グラディクトは両側を騎士達に挟まれて、力ずくで連行されて行った。


「離せ! 無礼者! 父上、こんな無体な事は、直ちに止めさせてください!」

「グラディクト様! あなた達、何するのよ! それに、きゃあっ! ちょっと、引っ張らないでよ!」

 慌てて騎士達に追いすがり、グラディクトから引き剥がそうとしたアリステアだったが、彼女は学園の教授や係官達に捕まり、逆に騎士達から引き剥がされた。


「アリステア・ヴァン・ミンティア。あなたはこちらです」

「学園長、この生徒の処分が決まるまで、反省室に入れておこうと思いますが」

「そうしてくれ。宜しく頼む」

「畏まりました。ほら、行くぞ!」

「全く、学園創立以来の不祥事ですわね」

 一応リーマンにお伺いを立ててから、教授達は講堂の外へ彼女を引きずって行った。


「止めて! 離してよ! 私は悪くないわ! どうしてこうなるのよ!?」

 そのアリステアの支離滅裂な叫びが扉の向こうに消えて、漸く講堂内に弛緩した空気が漂った。


「やっと静かになりましたね」

「全くだな」

 しかし皆の気が緩んだのも束の間、エルネストが思いつめた表情でエセリアに向かって語りかける。

「エセリア嬢、この度の不始末、誠に申し訳無かった。あれに謝罪などできようもないから、私が代わって詫びさせて貰う。この通りだ」

 そう言って座ったままではあるが、頭を下げた彼を見て、エセリアは慌てて相手を宥めた。


「陛下、私のような小娘如きに、そのように頭を下げる必要はございません。私は自身の身の潔白を認めていただければ、それで十分でございます」

 それを聞いたエルネストは、両目にうっすらと涙を浮かべながら、如何にも無念そうに言葉を継いだ。


「誠にエセリア嬢は、グラディクトに過ぎたる婚約者であった……。このような仕儀となったからには、式典でそなたが申し出た通り、あれとの婚約は即刻解消とする」

「ありがとうございます。それから私も、陛下にお詫びしたい事がございます」

「そんな事があるのか?」

「はい」

 怪訝な顔で問い返したエルネストに、エセリアは苦笑いの表情で告げた。


「その式典での殿下との売り言葉に買い言葉で、『婚約解消の折りには、慰謝料として王太子領のザイラスを頂きたい』などと、不敬極まる事を口走ってしまいました。後からその不見識を父に叱責され、恥入った次第でございます。どうかその発言を、この場で撤回させて下さいませ。私は婚約解消を認めていただければ、慰謝料などは欲しません」

「そうか……。あなたの考えは良く分かった。しかし王家として、何もしないわけにはいかないのでな。確かにザイラスは渡せないが、それに代わる事を検討するので、それは受け入れて貰いたい」

 その申し出を、エセリアは快く了承した。


「畏まりました。しかしそれが無くとも、私はこれからも陛下の忠実な家臣であるつもりです。あまりお気に病まないでくださいませ」

「ありがとう、エセリア嬢」

「婚約解消……、どういう事だ?」

 そんな二人のやり取りを呆然と眺めていたケリーが、まだ完全に状況を把握できないまま呟くと、それを耳にしたエセリアが振り返り、彼に声をかけた。


「ケリー大司教。どうやら総主教会内で話が伝わる間に、肝心の内容が相当違った物になっております。毒殺云々などの物騒な話ではありませんから、ご安心ください」

「はぁ、それは分かりましたが……」

「殿下が建国記念式典で、私が王太子妃としての資格無しとの見当違いの糾弾をし、それを理由に私との婚約を破棄してアリステア嬢と婚約すると、一方的に宣言しただけですから」

「婚約破棄の通告!? しかも建国記念式典という晴れがましい舞台でのそんな所業など、十分とんでもない事ではございませんか!」

 なるべく穏便に話を終わらせようとしたエセリアだったが、それを聞いたケリーは瞬時にその重要性を認識し、顔色を変えてエルネスト達に向かって頭を下げた。


「陛下。誠に申し訳ございません。騒動を引き起こしたアリステアに代わって、心から謝罪いたします。今回の事では、後見人たる私の責任も免れません。潔く職を辞して、国教会から退く所存でございます」

「いや、ちょっと待て、ケリー大司教。少し冷静に話し合おう」

 さすがに大司教の罪まで問おうとは考えていなかったエルネストが、相手を宥めながら困惑した顔をマグダレーナに向けた。対する彼女も同様な表情を浮かべる中、エセリアは一人気合いを入れる。


(事が公になった場合、謹厳実直なケリー大司教が責任を感じるのは、予想していたしね。騒ぎが起こった直後に現れなかったから、まさかこの場に現れるとは夢にも思っていなかったけど、きちんと宥めないと。私が影で主導した、彼女の暴走のとばっちりで、有能な大司教を引責辞任なんてさせられないわ)

 そう決意したエセリアは、真剣な面持ちで彼に語りかけた。

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