(23)説得

「ケリー大司教。お気持ちは分かりますが、それは少々筋が違うのではありませんか?」

「エセリア様?」

 驚いた表情で振り向いた彼に、エセリアが神妙に言葉を継いだ。


「確かにあなたは彼女の後見人となり、彼女の生活や学業が成り立つよう、お世話をしていました。しかし学園に入学以来、ずっと寮生活を送っていた彼女の行動を逐一監視などできませんし、彼女の考えを全て把握する事なども不可能です。故に、彼女が自らの意志で行動した事についての責任を、あなたが取る必要は無いでしょう」

「ですが、エセリア様!」

「確かに聖職者として、忸怩たる思いであるのは理解できます。ですが厳しい言い方になるかもしれませんが、引退して国教会を去るのは、単に責任から逃げるだけではありませんか?」

「それは……」

 エセリアの言う事にも一理あると考えたケリーが、戸惑いの表情を浮かべる。そこを逃さず、彼女はたたみかけた。


「ケリー大司教。仮に、今回の騒動に関してあなたに責任があるのなら、私にも同様にあるのです」

「どういう意味ですか?」

「彼女が入学する前、既に学園に在籍していた私に『彼女にできるだけの助力を』とのお話がありました。その時に私は『上級貴族の私が表立って目をかけたら、彼女が却って他の下級貴族や平民出身の生徒の反感を買う可能性があるので、何か問題が生じた場合、陰ながらフォローします』とお約束しました。覚えていらっしゃいますか?」

「はい、その通りです。エセリア様の配慮に、感謝しておりました」

 深く頷いたケリーに、エセリアは軽く頷き返して話を続けた。


「それで当初、殿下が彼女を自らの側近くに置くようになった時、私は喜んだのです。私よりも殿下に目をかけて貰えた方が、周囲に対する影響ははるかに大きい上、異なる価値観の生徒と交流を深める事は、殿下の見識を深める事にもなりますから。ですが……、次第に殿下は、何事においても彼女に便宜を図るように……。そもそも以前、大司教との話題に出た音楽祭も、得意な演奏で彼女の学園内での知名度と好感度を高めようと、殿下が企画された物だったのです」

「それは存じませんでした。アリステアからは、そんな事は一言も……」

「仮にも殿下が企画された行事です。婚約者である私は殿下からの参加要請に従いましたし、担当教授に何の断りも無く彼女だけ五曲演奏した事も、『退出する生徒を送り出す為の曲』と誤魔化して、周囲から反感が出るのを抑えました」

「そうでしたか……。エセリア様に、陰でそんなフォローをしていただいたとは」

「なるほど、そういう事だったのね」

「エセリア様が彼女についてのあれこれを、極力騒ぎにしないように抑えていた理由が、漸く納得できたわ」

 エセリアの話を聞いたケリーが呆然としながら呻く一方で、観覧席のあちこちから納得したような呟きが漏れる。


「その他にも、殿下が彼女に便宜を図る度に他の生徒からの反感が増した為、殿下にやんわりと『彼女を遠ざけるか、せめてあからさまな便宜を図るのは、控えた方が宜しいのでは』と意見したのですが……」

 そこで一度言葉を区切ったエセリアだったが、その話の先を読めないケリーでは無く、嘆息してから彼女に確認を入れた。


「殿下が、全くお聞き入れくださらなかったのですね?」

「はい。それどころか、私が彼女を目の敵にして、排除しようと動いていると邪推されて、それ以降、まともに話を聞いていただけなくなりました」

「それでアリステアが、殿下がエセリア様を排除して、自分を婚約者に据えるという有り得ない話を、真に受けてしまったと……」

 心底悔しそうに呟いたケリーに、エセリアは傍目には自分を責めているように語りかける。


「実際にあの二人の間で、どのような話がされていたのかは存じません。確かに最近、殿下との意志疎通に不安を感じていましたが、卒業してこれから公務が増えるに従い、王太子としての自覚を新たにし、私との関係も見直していただけると、愚かにも一昨日まで信じておりました」

 そこまで神妙に告げたエセリアだったが、次の瞬間意志の強さを感じさせる表情で、断言した。


「ですが、私のその甘さが、水面下で事態の悪化を招いたのです。ですから、ケリー大司教に彼女に対する監督責任が生じるなら、私にも殿下との関係を正常に保てなかった、婚約者としての責任がございます」

 それを聞いたケリーは、彼女の主張を真っ向から否定した。

「そんな事はありません! エセリア様は、れっきとした被害者ではありませんか!」

 そう断言した彼に対して、ここでエセリアは切々と訴えた。


「私は自らの思い上がりと判断の甘さを猛省し、今後は一層この国の発展と繁栄の為に、力を尽くしていくつもりです。ですからあなたも、例え周囲の人間に白眼視されようとも、これまで通り国教会内に留まり、以前の彼女のように頼るものの無い、困難に直面した弱い立場の人々を、一人でも多く救う事に尽力していただけないでしょうか?」

 真摯に訴えるその台詞に、国王夫妻も揃って賛同する。


「誠に、エセリア嬢の申す通り。私としても、そなたの責任を問おうとは思わない」

「万が一、国教会内であなたの責任を問う声が上がるなら、陛下と連名でそれに対する意見書を国教会に提出しましょう。これからも末永く国教会と国民の為に、力を尽くしてください」

 微笑みながら二人から申し渡された内容を聞いて、ケリーは不覚にも落涙してしまった。


「エセリア様……。それに国王陛下、王妃陛下……。この身に余るご厚情、誠に、感謝の念に堪えません……。分かりました。この命ある限り、全力でこの国と国民の為に、力を尽くす事を誓います」

 恥じ入るように俯きながら、ケリーが涙声でそう宣言すると、最前列で事の次第を観察していたコーネリアがすかさず立ち上がり、満面の笑みで力強く拍手を始めた。それは忽ち彼女の周囲から観覧席全体に広がり、国王夫妻も座ったままながら同意するように笑顔で拍手を続ける。そしてとうとうむせび泣き始めてしまった彼に、エセリアは無言でハンカチを差し出した。


「エセリア様……。ありがとうございます」

 笑顔で差し出されたそれを、ケリーが押し頂くように受け取って両目に当てる。すると歩み寄った同年輩のリーマンが彼の肩を抱くようにして宥めながら、国王夫妻に小さく一礼してからゆっくりと移動し、彼と連れ立って講堂から出て行った。それを見送ったエセリアは、漸く緊張から解放されて安堵の溜め息を漏らす。


(何とか上手く纏まったかしら? 国教会内でこれ以上変に話が広がらないように、上層部にも話をつけておかないとね。と言うか、屋敷に帰る前に総主教会に寄って、詳細について主だった面々に話をしておきましょうか)

 エセリアが密かに考えを巡らせていると、エルネストが静かに立ち上がって厳かに宣言した。


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