(9)必殺奥義炸裂

「やはりバーナム様は、単なる平民の騎士の方々とは、醸し出す気品や威圧感が違いますわ!」

「そうですわね! 正に一騎当千と言う言葉が相応しく、その放つ闘気のみで敵が震え上がりそうですもの」

「こんな方が入られるとは、近衛騎士団が益々華々しい活躍をされそうですわね!」

「まあ、当然の事ではございませんか。バーナム様でしたら近衛騎士団の士官の方でさえ敵いませんわよ?」

「え?」

 口々に述べられる賛辞を、満更でもない表情で聞いていたバーナムだったが、エセリアが当然の如くサラリと口にした内容を聞いて、微妙にその表情を変えた。するとすかさずノーゼリアが、カフェの隅々にまで広がる声で断言する。


「そうですわよね! ご自分が、近衛騎士団を背負って立つとの気概をお持ちの方ですもの。実力をもってそのトップに立つ事位、わけないですわ!」

「いえ、私は決してそんな不遜な事は」

 慌てて口を挟もうとしたバーナムだったが、当然エセリア達は無視して声高に話し続けた。


「まあ、バーナム様は王太子殿下にさえ、実力を認められておられますのに、謙虚な方なのですね?」

「本当に。婚約者のイズファイン様のご家族と我が家は、家族ぐるみの付き合いをしておりますの。お父上のディアド近衛騎士団長も、バーナム様の様なやる気に満ちた方が入団予定だとお知りになったら、とてもお喜びになりますわ。伯爵家のご当主ながら、実力主義者であられますもの」

「え!?」

 まさか近衛騎士団長と関わりのある人間がいたなどとは、夢にも思っていなかったバーナムは、ここではっきりと顔色を変えたが、これ位で容赦する彼女達では無かった。


「バーナム様が入団早々騎士団長に目をかけて頂ける様に、サビーネ様からお話ししてみては」

「そうですわね。『騎士団を背負って立つのは、この私だ。私が入団した暁には、長年小競り合いをしている隣国の兵など、私一人で蹴散らしてくれる』と頼もしい事を仰っていたと、お伝えしますわ」

「俺はそんな事は、一言も言っていない!」

 必死で会話に割り込んだバーナムだったが、それはノーゼリアに一蹴された。


「あら? ですが『取るに足らない平民の騎士など、束になってかかって来ても、蹴散らせる』のでございましょう?」

「確かに、そうお伺いしましたわね」

「ですから隣国の最前線の、平民の騎士や兵士など、バーナム様でしたら易々と叩きのめしてくれるのではございません? バーナム様も活躍の場を欲しておられる様ですし」

「そんな物、欲してないぞ!!」

 にこやかにエセリアに提案されて、バーナムは本気で狼狽した。


「正にその通りですわね。バーナム様の赴く所、敵の屍が累々と横たわり、その上に味方の歓声が、花びらの如く降り積もる……」

「まあ、シレイアったら詩人なのね?」

「お望みなら、もっと作って差し上げますが」

「勿論よ。さあ、遠慮しないで聞かせて頂戴」

「あ、あの……。私は用事がありますので、失礼します!」

「あ、おい! バーナム!?」

 その場の空気に耐えきれなくなったバーナムが一言叫んで踵を返し、グラディクトが慌てて声をかける。当然エセリアも、笑いを堪えながら彼の背中に向かって呼びかけた。


「バーナム様! これからあなた様の賛美の詩を」

「結構です! 本当にお願いですから、もう止めて下さい!」

 悲鳴のような懇願をして、バーナムはカフェから逃げ去り、存在意義を失ったグラディクトは、舌打ちして取り巻き達に短く声をかけた。


「……行くぞ」

「はい」

 そして忌々しげにその場を離れていく一行を見送ってから、エセリアが苦笑気味に微笑んだ。


「やっと静かになりましたわね……。これぞ社交界奥義『褒め殺し』。己の実像とかけ離れた美辞麗句の数々に、羞恥心にまみれて悶えれば宜しいわ。ついでに騎士団長に増長ぶりをチクられて、入団早々しごかれたり国境付近に飛ばされるかもと、一人で恐怖していれば宜しいのよ」

「流石です、エセリア様!」

「皆様の言葉も、なかなかの切れ味でしたわよ?」

 そう言って互いに誉め合い、「おほほほほ」と高笑いしているエセリア達を見て、クロード達は本気で戦慄した。


「……女って怖いな」

「俺、平民で良かった」

「社交界、ハンパねぇぞ……」

 そしてひとしきり笑ってから、エセリアは真顔になってクロードに声をかけた。


「取り敢えず、この件は片付きましたかしら?」

「まあ……、奴も、蒸し返したいとは思わないんじゃないか?」

「そうでしょうね。それで私、ちょっとした考えがあるのですが」

「何がだ?」

 唐突に話題を変えてきたエセリアに、クロードは不思議そうに尋ね返すと、彼女は真剣な口調で話を続けた。


「今年は無理かもしれませんが、少なくとも来年以降の騎士団推薦のあり方を、もう少し公平にする提案です。加えてそれによって、クラス間、学年間の隔意も和らげられるかと思うのですが」

「何?」

「この企画が学園側に認められた場合、クロード様達は協力して頂けますか?」

 思わぬ話に、クロードは勿論、サビーネ達も目を丸くして驚いたが、彼は即答した。


「俺に拒否する理由は無い。俺達は無理でも、後輩達に正当な評価を下して貰える様にするなら、全面的に協力する」

「俺もです。何でも言いつけて下さい!」

「俺もやります!」

 彼の友人達も思いは同じらしく、すぐさま同意した。それを見て安堵したように、エセリアが続ける。


「良かったです。それではまずは手始めに、私の兄のナジェーク・ヴァン・シェーグレンとイズファイン様に伝言をお願いしたいのですが。男子寮に私が面会に出向いても、色々と手続きが面倒ですので」

「それは構わないが、何と伝えれば良い?」

「お話があるので、明日のちょうど今頃、こちらでお待ちしています。だけで大丈夫ですわ」

「分かった。必ず伝える。それでは今日は世話になった」

 そう言ってクロード達が立ち上がると、エセリアは笑いながら頷いた。


「ええ。また絡まれたら、『バーナム様があの時、自分に惨敗されたのは、よほど体調が優れなかった故ですね。本来なら我々が足元にも及ぶはずもない私達が』云々と、気恥ずかしくなる美辞麗句の数々を差し上げればよろしいわ。多分、普段の授業での手合わせ等では、負けた事など無いのでしょう?」

 それにクロードも笑顔で応じる。


「ああ、そうする。それでは失礼する」

「はい、伝言をお願いします」

 そして彼らも立ち去ってから、サビーネ達はこぞってエセリアに詳細を尋ねた。


「エセリア様? 先程のお話はどう言う事ですか?」

「騎士科の推薦状況を変えさせると共に、クラス間や学年間の隔意を解消する方法など、本当に存在しますの?」

 困惑顔の友人達に向かって、エセリアは苦笑いで曖昧に誤魔化す。


「ちょっとした考えが、頭の中に浮かんだものだから。提案してみるのも悪くないのではないかと……。もう少し考えを纏めてから、明日、あなた達にも説明するわ。さて、そうと決まれば、今日は徹夜かしら?」

 どこか楽しそうにそう呟いた彼女を見て、友人達はどういう事かと無言で顔を見合わせたのだった。

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