(10)学園剣術大会構想

「時間が勿体ないので、さっさと本題に入りますわね? 年内中に騎士科全員参加で、トーナメント方式の剣術大会を開催しようと思うのです。そこに来賓として、近衛騎士団の幹部の方々をお招きしたいので、お兄様、イズファイン様。根回しとご助力をお願いします」

 カフェの椅子に収まるなり、前振り無しでいきなり始まったエセリアの話に、ナジェークとイズファインは当然困惑した。


「ちょっと待ってくれ、エセリア。『剣術大会』とは何だい?」

「それに『とーなめんと』とは、何の事でしょう?」

 その想定していた疑問に、彼女は頷きながら説明を始める。


「ええ、己の力量を示す大会などが、これまで全く存在しなかった事は分かっています。良く言えば実力主義。常に定期的に国境周辺で大規模な軍事演習を行い、隣国に我が国の機動力と戦力を開示する事で、他国からの介入を防ぐ。これはこれで立派な事です。ですが動員人数も経費も少なく、より効率的な方法もある事を、国の上層部に示したいのです。それを学園内でデモンストレーションします」

 それを聞いたイズファインが、本気で頭を抱えた。


「エセリア嬢……。学園内だけでは無く国政にまで関与するとは、随分話が大きくなっているようですが、私達が聞いても大丈夫なお話ですか?」

「勿論です。まずは昨日起こった、ちょっとしたトラブルの話を聞いて頂きたいのです」

「何があったのですか?」

 そこで昨日のバーナムとクロードの諍い、加えてグラディクトを適当に追い払った話をエセリアが語って聞かせると、ナジェークは深々と溜め息を吐き、イズファインは怒りを露わにして唸った。


「エセリア……」

「そんな事が……、許せん」

「イズファイン様。ここでバーナム様を罰しても、また他の者が同じ事を繰り返すだけです。ですから公の場で、実力を発揮する場を設ければ良いと思いましたの」

「なるほど。理に適ってはいますね」

 そこでエセリアはイズファインを宥めながら、テーブルの向かい側に座る兄達に、書類の束を差し出した。


「それで、こちらが企画書です。取り敢えず目を通してみて貰えますか?」

「分かった」

「お借りします」

 そして肩を寄せながら手元の書類を覗き込んでいた二人は、無言のまま一通り読み込んでから、唸る様に感想を述べた。


「なるほど……、1対1の模擬戦形式か。これは組み合わせによって、有利不利が分かれそうだな……」

「お兄様、『運も実力のうち』と申しますわ」

「『とーなめんと』とは勝ち抜き戦の事なのですね? 確かにこういう形式は、初めて見ました。大抵は総当たりか、集団での実戦形式ですし」

「何人かの騎士科の方にもお話を聞いてみましたが、そうみたいですね。そしてそれで一番大事な事は、それを騎士科のみの行事扱いではなく、学園の一大イベントにしてしまおうと言う事です」

「イベント?」

 ここで二人揃って顔を上げると、そんな彼らの訝しげな視線を真っ正面から受け止めたエセリアは、真顔で主張し始めた。


「入学してから変わらず教室内で各自がグループを形成し、互いに微妙に隔意を持っている状況に、いい加減嫌気が差しています。お兄様達も混合クラスだった初年度に、そういう経験はございませんでした?」

「それは確かにそうだが……」

「致し方ない事なのでは?」

 二人が困惑しながら応じたが、エセリアは冷静に話を続けた。


「それでこの剣術大会には、各自必ず一役以上を担って、活動する事を義務付けたいのです。そうすれば係り毎の縦や横の繋がりができて、交流が深まるかと思いますから」

 そう説明を受けて、ナジェークはバサバサと書類を捲った。


「ひょっとしてそれが、この《係一覧》かい? ええと、『刺繍係』『小物係』『看板係』『表示係』『投開票係』?」

「エセリア嬢。他にも色々あるが、何をする係なのか、見ただけでは良く分からない物もあるのだが……」

「それは追々、ご説明しますわ」

 微妙な顔になったイズファインに、エセリアが笑って応じる。続けてナジェークも、意外そうに問いかけた。


「それに、この《大会実行委員会名簿》だが、グラディクト殿下の肩書きが『名誉会長』になっているけど、もうこの企画に賛同して貰っているのかい?」

「勿論そんなものはまだですが、れっきとした王族がいるのに、存在を無視して企画などできないでしょう? 取り敢えず名誉ある肩書きだけ付けて丸め込んで、開会と閉会の挨拶でもさせれば格好がつきますわ」

「エセリア……」

 平然と言い切った妹に、ナジェークは再び頭を抱え、イズファインはしみじみとした口調で呟く。


「それでエセリア嬢が、『大会実行委員長』ですか……」

「ええ。実務は私が取り仕切るつもりですし。何か問題がありまして?」

「……いえ、あなただったら何でもできそうな気がします」

 色々諦めてイズファインが溜め息を吐いたところで、エセリアは顔付きを改めて話を続けた。


「この大会の主目的は三つです。まず一つ目は騎士科所属の人間の意識改革と近衛騎士団への推薦選抜方法の公平化。二つ目は生徒同士の交流。三つ目は大規模演習に代わる、諸外国への戦力・国力アピールです」

「先程の話でも少し触れていましたが、三つ目の目的について、もう少し詳しく話して頂けますか?」

 すぐさま気を取り直したイズファインの申し出に、彼女は素直に頷いて話を続けた。


「はい。このイベントを学園内の物だけにはせず、成功させた上で国家のイベントとして定着させるのです。各地方、各領地毎に代表者を選出し、王都で対戦させます。その様子を各国大使など外交に携わる方を招待して、ご覧になっていただくのです」

「なるほど……、そうなると選りすぐりの人材が、会場に集まるわけだ」

「確かに、集団の模擬戦程場所は取りませんが、なかなか見応えのある試合になりそうですね」

 二人が納得して頷くと、エセリアが冷静に付け加える。


「更にその大会に合わせて、会場周辺に各地の物産や飲食物の出店を数多く展開させて、招待客に我が国の国力を宣伝すれば、なお効果的かと」

「それが……、国境周辺での大規模演習に代わると仰る?」

 イズファインがコメントに困るような表情で呟くと、エセリアも苦笑しながら肩を竦めた。


「いきなり全てを廃止するわけにはいかないと思いますが、回数や規模を見直して減らす機会にはなるかと。それを検討していただく為に、その予行演習のつもりで近衛騎士団の皆様に視察を要請したいのです」

 エセリアが、そう話を締めくくると、ナジェーク達は真剣な表情で考え込んだ。


「……提案してみる価値は、ありそうだな」

「そうだな。とかく騎士団内は、思考が偏りがちだと父も言っている。新しい視点を持つ事も必要だろう」

 そして互いの顔を見合わせて頷いた二人は、苦笑しながら揃ってエセリアに向き直った。


「分かった。全面的に協力しよう」

「と言うか、既に『実行委員』として二人とも名前が挙がっていますし、巻き込む気満々ですよね?」

「まあ、巻き込むだなんて。お二人が自主的に協力して下さると、疑わなかった故ですのよ?」

 そう言ってクスクスと笑ったエセリアに釣られて男二人も笑い出し、クレランス学園剣術大会実行委員会が、まず三人で発足した。

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