(7)新たなる挑戦

 音楽祭が無事終了してから数日後。エセリアはいつものメンバーを集めて、カフェで対策会議を開催していた。


「なんとかこちらの思惑通り、無事に音楽祭が終了して良かったわ。それでその後、殿下の様子はどうかしら? 少しは私を排除してしまおうと、積極的に考えるようになった?」

 その問いかけに、ローダスが言い難そうに答える。


「それは……、確かに『あんな従来の曲とかけ離れた、奇抜な曲で賛美歌を歌わせるとは、神への冒涜だ!』とか、当初は尤もらしい非難をしていましたが」

「ライナス教授が楽譜に起こしたあの曲を総主教会に持ち込んで紹介したら、国教会が絶賛してしまったので、ストレスを溜め込んだだけで終わりそうですね」

「ライナス教授は、なかなか行動力がおありなのね。知らなかったわ」

 彼の後を引き取って、シレイアが教会筋から仕入れた情報を披露すると、エセリアはおかしそうに笑った。他の者も釣られたように笑ったが、何故かローダスが神妙な顔つきのまま、詫びを入れてくる。


「それよりも実は、私はエセリア様に謝罪しなければならない事がございまして……」

「あら、ローダス様。どうなさったの?」

 その思いつめた様子に、エセリアは不思議そうに首を傾げた。周りの者も何事かと視線を向けると、彼は居心地悪そうにしながらも、そのまま話を続ける。


「アシュレイとして様子を見に行った時に、殿下が『音楽祭は上手くいかなかったが、何か他にアリステアの存在感を増す事ができるような、催し物は無いだろうか』と尋ねられて、思わず『絵画展などはどうでしょう?』などと、口走ってしまいまして……」

 そこで彼が口を閉ざした為、エセリアは益々要領が得ない顔付きになりながら問いを重ねた。


「絵画展? アリステア嬢は絵が得意なの?」

「彼女の絵心に関しては知りませんが、殿下の側仕えのエドガー様の絵を、去年美術の授業で目にしていましたので、彼に指導して貰えれば、多少は見られる絵を描けるのではと思いまして……」

 そこで事前に詳細を知らされていたらしいシレイアが、憤然とし様子で会話に割り込んだ。


「馬鹿じゃないの!? あのお花畑ペアが素直に絵の描き方を指導して貰って、真面目に描くわけ無いでしょうが! エドガーなんたらの描いた絵に、あの馬鹿女が一筆か二筆入れて、あの女作の絵って事にして臆面もなく発表するに決まっているじゃない!」

「…………」

 それを聞いたローダスががっくりと項垂れ、サビーネが控え目にシレイアを宥めようとした。


「シレイア。幾ら何でも、さすがにそんな事をするとは」

「絶対にしないと断言できます!?」

「……むしろ、やりそうに思えてきたわ」

「そうでしょう? だけど証拠もないのに、盗作呼ばわりもできないし、あの女の名前を高めるだけよ……。もうこうなったらエセリア様の絵を、有名な画家の方に描いて貰うしかないわ!」

 考えてみたサビーネが思わず遠い目をしたのを見て、シレイアは血走った目で拳を握りながら主張した。それを見たエセリアが呆気に取られてから、すぐに苦笑気味に宥める。


「シレイア、落ち着いて頂戴。話が変な方向に逸れているわ。私は彼女と手段を選ばず、勝負をしているわけではないのよ?」

「ですがエセリア様! 私はエセリア様があの女に負かされるなんて、我慢できません!」

「絵画展を開催しても、私は別に構わないわよ? それに誰かに絵を描いて貰おうとも思わないわ。描き上げたものを、そのまま出すだけよ」

「そう仰られても……。もう、ローダスったら! もう少し考えなさいよ!」

 本人が構わないと言っている以上、文句を言う訳にもいかず、シレイアはローダスに八つ当たりした。しかしここでミランが、予想外の事を言い出す。


「いえ、ローダスさんはとても良い仕事をして下さいました。実に最高のタイミングです。これぞ正に、神のお導き……」

 そう低い声で告げてから、「ふふふふふ」と不気味な笑いを漏らした彼に、周囲の者達は全員、訝し気な視線を向けた。


「え?」

「ミラン、どうかしたの?」

 その場を代表してのエセリアの問いかけに、ミランは顔つきを改めて話を切り出した。


「エセリア様。実は今日、この話し合いが終わったらお渡ししようと思って、ここに持参した物があるのです」

「あら、何かしら?」

「これです。どうぞ、ご覧になって下さい。先程定期便で、学園への納入品と一緒に、店から私に届けられました」

 そう言って今まで自分の膝の上に乗せていた、割と大きくて平たい箱を持ち上げ、テーブルの上に乗せた。そして蓋を開けて、入っていた更に小さい薄い箱を取り出す。


「来月からワーレス商会で発売開始予定の、新開発の画材です。これを使って絵を描けば、これまでの絵画とは全く違う画風の絵を描く事が可能です。故に、エセリア様にこれで絵を描いて頂ければ、仮にアリステア嬢がどれほど素晴らしい絵を自分の作品として出品しても、エセリア様はそれと優越を比較される事無く、話題を独占できます」

 それを聞いたローダスとシレイアは、忽ち顔つきを明るくして声を上げた。


「本当か、ミラン!? それは凄い!」

「ええ、それならエセリア様があの女に見劣りなどせず、より目立つことになるわけね?」

「あのっ、ミラン! ひょっとしてその新商品って、蜜蝋を使った物かしら!?」

「え?」

「カレナ?」

 ここで何故かカレナが嬉々として食い付いてきた為、他の者は戸惑ったが、ミランはそれに力強く頷く。


「ああ、色々な所から取り寄せて試してみたんだが、『やはりソラティア領産の物が、これには合っている』と兄さんが言っていたから、来月からの販売量によっては、子爵に増産体制を敷いて頂く事になりそうだよ」

「本当!? うちの蜜蝋はこれまで『クリームや口紅の原料として使うには、他と比べて少々硬くて難があるし、蠟燭としても使い勝手が悪い』と言われて、あちこちに買い叩かれていて……。有効利用の道筋が付いたら、領地の皆も喜ぶわ!!」

「任せてくれ。商会では兄さんは勿論、父さんも乗り気で、大々的に売り出す予定だから」

「嬉しい!! ソラティア子爵家としても、売り出しに全面的に協力するわ!!」

「新開発の画材……、蜜蝋……、その大きさの紙と、材質、と言うか、光沢……。まさか……」

 そんな風に盛り上がっている二人に、周囲は唖然としていたが、エセリアだけは会話の内容を吟味しつつ、箱の中に未だ納まったままの紙を凝視して、慎重に問いかけた。


「ミラン、まさかそれって……。以前私があなたに、『こんな物があったら良いのに』って話した物?」

 それを受けて、ミランが満面の笑みで頷く。

「はい! エセリア様からお話を聞いてから、ワーレス商会で試行錯誤を繰り返し、七年越しで商品化した力作です! どうぞご覧下さい!」

 そう力強く宣言したミランが、先程取り出した小さめの箱の蓋を開け、エセリア達に中身を披露した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る