(14)盛大なブーメラン

「グラディクト殿下、まだ申し開きがありますか?」

 マグダレーナのその問いかけに、グラディクトがムキになって反論した。


「まだまだエセリアの悪行を証言する者はいます! 昨年の剣術大会の折り、『接待係になったアリステアに嫌がらせをする為、レオノーラ・ヴァン・ラグノースがエセリアの指示を受けて、彼女の足を引っ張るようにペアを組んだ』と証言する者と、『アリステアに嫌がらせをする為に、セルマ教授に剣術大会中、休暇を取るように指示した』と言う者がおります!」

 そう彼が発言した途端、エセリアが何か言う前に、鋭い声が上がった。


「陛下、申し訳ございません。再度、発言をお許し下さいませ」

「セルマ教授だったな? 構わない。発言せよ」

「ありがとうございます」

 そして再び発言の許可を得たセルマ教授は、グラディクトに向き直って冷静に指摘した。


「グラディクト殿下。どうして私が、エセリア様から休暇を取る事を指示される必要がございますの? そもそも私が休暇を取る事が、何故そちらの生徒への嫌がらせに繋がるのか、是非ご説明いただきたいのですが」

「人気投票の開票日に、私達にテーブルクロスを渡さない為に決まっているだろうが!」

 そう断言したグラディクトだったが、それを聞いたセルマ教授は呆れ果てた表情になった。


「それならばお尋ねしますが、どうしてその開票日にテーブルクロスの替えが必要になる事が、予め私に分かるのですか? 開票日に運んでいたカップを派手に倒し、お茶を零してテーブルクロスを一枚駄目にしたのは、他でもないそのアリステア・ヴァン・ミンティアだと、後日耳にしたのですが?」

「……っ!」

 冷ややかな目を向けられて、アリステア達は反論できずに黙り込んだが、観覧席でもセルマ教授の意見に賛同する声がそこかしこで上がった。


「本当にそうだよな? 全然意味が分からんぞ」

「セルマ教授は、全く関係がないじゃない」

「殿下は何を言っているの?」

 そして、これまでのあれこれで相当腹に据えかねていたセルマ教授は、微塵も容赦しなかった。


「そもそもアリステア・ヴァン・ミンティアは、一昨年の剣術大会の時、生徒全員が何かの係をしなければいけないのに、殿下のお声掛かりでただ一人、何の係にも属していなかった筈です。それはさきほどソレイユ教授が仰った、『えこひいき』ではないのですか?」

「それはっ!」

「今は関係無い話だろうが!」

 それを聞いた国王夫妻は無言で顔を顰め、アリステア達は慌てて弁解しようとしたが、セルマ教授は冷静に話を続けた。


「まだ話は終わりではございません。それなのに去年は、既に係の希望集約を終えた後、急に接待係をやりたいと申し出て、殿下が接待係の取り纏め役のレオノーラ様にごり押しして、参加を認めさせたと伺いましたが?」

 その台詞にグラディクトは、盛大に言い返した。


「ごり押しなどしていない! 参加表明はいつでも可能だったぞ!」

「確かにそうですから、私も彼女の参加を認めました」

 そこですかさず観覧席でレオノーラが立ち上がりながら、凛とする声を響かせた為、講堂内の全ての視線が彼女に集まった。


「レオノーラ! 貴様なぜここにいる!? 学園を卒業しただろうが!」

 しかしそんなグラディクトの非難の声を丸無視して、彼女は冷静に事実を告げる。


「先程セルマ教授が言及されたように、前年に接待係を経験しておられないアリステア様のフォローをする為に、取り纏め役の私が率先してペアを組んだだけですわ。他の接待係の皆様は、既に接待係の仕事を経験済みか、間違っても礼儀作法の授業で叱責など受けた事はない、立ち居振る舞いに不安など微塵もない方々ばかりでしたから。彼女は案の定、派手にお茶を零して下さいましたし」

「酷い……。あの時は偶々失敗しただけなのに、それを殊更あげつらうなんて……」

「全くだ! 品性の欠片も無いな! それでも上級貴族か、恥を知れ!」

 辛辣極まりないレオノーラの台詞にアリステアは涙ぐみ、そんな彼女を庇ってグラディクトが声を張り上げたが、それ以上に憤慨した声が観覧席から発せられた。


「恥知らずなのはどっちよ! 黙って聞いてれば、ふざけるんじゃないわ!」

「……え?」

「何だと?」

 勢い良く立ち上がりながら声を上げた女生徒に、二人が怪訝な顔を向けると、忽ち観覧席のあちこちから賛同の声が上がる。


「そうよ! 他の方達は準備をする私達を手伝って下さったり、当日お茶を出した時にきちんとお礼を言ってくれたのに、その女ときたら!」

「開票係の方々との場を和やかに保つ事もできないくせに、文句だけは人一倍で! 何様のつもりよ!?」

「接待係の中で、準備も後片付けも手伝わなかったのは、その人だけですから!」

「他の上級貴族の方々は、レオノーラ様を筆頭に例外なく働いておられたのに! どっちが恥知らずなのよ!」

「しかもお茶をかけた人に謝罪もしなかった挙げ句、抗議したその方にグラディクト殿下が難癖を付けて、逆に恫喝していたじゃない! 私しっかり見ていたわよ!」

「それは……」

「あれは向こうが悪い! アリステアが謝ろうとしたのに、いきなり怒鳴りつけたんだぞ!」

 まさか主に平民が属している、小物係の面々から糾弾されるとは予想だにしていなかったグラディクトは、怒りで顔を真っ赤にしながら怒鳴り返したが、ここでマグダレーナが冷静に確認を入れた。


「つまり彼女は、自らの粗相でお茶をかけてしまった生徒に対して、本当に謝罪していないのですね?」

 まさか国王と王妃に向かって事実と異なる発言はできず、グラディクトは不承不承頷いた。


「確かに……、それはそうかもしれませんが! あれはタイミングが!」

「ところで、あなたの今度の主張を裏付ける者は、どこにいるのです?」

「今すぐにご覧に入れます! バーリッシュ・ヴァン・デルタ! リゼラ・ヴァン・ノルティア! 両陛下に対して、真実を申し上げろ!」

「…………」

 これまで通り、宣誓書に書いてある名前を彼は大声で呼ばわったが、それに応じる人間は誰一人として存在しなかった。


「先程から、皆、どうした? 怖じ気づいているのか!? 安心しろ! 私がお前達の身柄も家も、ちゃんと守ってやるぞ!!」

 そんな必死の形相のグラディクトを眺めながら、一部の生徒達が囁き合う。


「ねぇ、さっきから、もしかしたらと思っていたけど……」

「あなたもやっぱりそう思う? でも、確信が持てなくて……。私が知らないだけかもしれないし……」

「え? どういう事ですか?」

 ざわざわとした空気が講堂内に広がる中、エセリアは本気で頭を抱えたくなった。


(うわぁ……、ものの見事に自爆してくれたわ。と言うか、盛大なブーメラン? レオノーラ様も相当辛辣だけど、小物係で当日裏方をやってくれていた人達が、アリステア嬢の振る舞いに関して相当腹に据えかねていたのね。私が口を挟む隙が無かったわ)

 うんざりしていたのはエセリアだけではなく、開始当初から繰り返される無駄としか思えない行為の数々に、本気で呆れてしまったらしいマグダレーナが、殆ど義務感だけで問いかけた。

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