(11)歩いて喋る人災

 その日、シレイアはいつも通り身支度を整えてから寮の食堂に向かった。割と人数が多い時間帯であり、空いている席を見つけて顔見知りの女性騎士に断りを入れる。


「おはようございます、ティナレアさん。ここ、良いでしょうか?」

「ええ、シレイア。大丈夫よ。どうぞ」

「ありがとうございます」

 礼を述べて座ってから、いつもは隙を見せずに毅然としている隣の女性が大きなあくびをしているのを見て、少々意外に思った。


「ティナレアさん、なんだかお疲れみたいですね。昨日は王妃陛下の生誕記念祝賀会だった筈ですけど、もしかして警備任務に就いていたんですか?」

 あくびしているのを見られたのに気がついたティナレアは、少々気恥ずかしそうな表情になりながら応じる。


「ええ。だから本当は、今日はもう少し遅い時間からの勤務の筈だったんだけど、そうも言っていられなくなったのよ」

「昨日、何かあったんですか?」

 その問いかけに、ティナレアは意外そうな表情になって問い返してきた。


「あら? シレイアはまだ聞いていないのね。昨日、早めに休んだ?」

「はい。昨日は任せられた仕事が予想以上に早く片付いたので、食後に気分よくぐっすりと。それで?」

「あの元王太子殿下夫妻が、祝賀会の最中に懲りずに暴言を吐きやがったのよ。もう、呆れて物が言えないわ」

「一体、どんな事を言ったんですか?」

 まだ問題を起こし足りないのかと、シレイアは唖然とするのを通り越して戦慄しながら尋ねた。すると想像の範囲外にも程がある台詞が返ってくる。


「謂れのない誹謗中傷を受けて婚約破棄に及んだエセリア様に対し、国王陛下が慰謝料として正式にアズール伯爵位と領地を授けたその場で、よりにもよって『自分が婚約破棄をしたおかげで賜った領地だから、そこからの税収を半分自分達に寄こせ』とほざきやがったのよ」

「………………はい?」

 何か聞き間違えたかと、シレイアは本気で自分の耳を疑った。


「ええと……、ティナレアさん?」

「信じられないのは分かるけど、冗談は言っていないから」

「本当にエセリア様に、面と向かってそんな事を? 誰かを介してとか、比喩的に遠回しに言ったとかでもなく?」

「直接だったわね。その場には現王太子殿下とか、有力貴族の面々も揃っていたわ。その台詞を聞いた時、全員揃って自分の目と耳を疑う表情をしていたわよ」

 大真面目なティナレアの顔を見て、それが疑いようもない真実だとシレイアは悟った。そして現場の状況を推察して、がっくりと項垂れる。


「騒ぎに……、ならないはずがありませんよね」

「国王陛下が激怒されてね。あそこまで激高された様子を目撃したのは初めてよ。本当に、色々な意味で衝撃だったわ……」

 その時の様子を思い返したのか、ティナレアはどこか遠い目をしながら語った。そんな彼女に、シレイアは控え目に尋ねてみる。


「それで、あの……、ジムテール男爵夫妻は……」

「その場で国王陛下が、今後十年王宮への入場、及び王都へ入都禁止をお命じになったわ。それに伴って、夫妻を直ちに会場外に連行して、屋敷へ移送。ついでに一週間以内に王都を出て領地に移る命令も出たから、昨夜から近衛騎士団で男爵邸の周囲を固めて、人の出入りを一切禁止しているの。要するに軟禁状態ね」

「軟禁!? どうしてそんな事になっているんですか!?」

 とんでもない内容から一気に穏やかではない内容になったことで、シレイアは動揺しながら問いを重ねた。それにティナレアが律儀に答える。


「放置しておくと逃亡したり、逃亡しないまでも自分の処分を取り消して貰おうと有力者の所に駆け込んで、また余計な騒ぎを起こしたり迷惑をかけるかもしれないでしょう? その予防措置よ」

「確かに、駆けこまれた方は困りますよね……」

「ここまできたら、誰も助ける人間なんかいないと思うわ。迷惑極まりないわよ」

(それでも……。ケリー大司教様だったら、アリステアのことを庇うかもしれないわね。巻き込まれないために、寧ろ屋敷を封鎖して貰って良かったかも)

 吐き捨てるように告げたティナレアに同意しながら、シレイアはケリーの事を考えた。


「一応、男爵夫人も警戒対象人物だから、何かあった時に女性を配置しておかないと人道上問題があるということで、女性騎士もそちらの警備に人数を割くことになったのよ。それで急遽、シフトが組み替えになったというわけ」

「ご苦労様です。本当に、お疲れ様です」

「長くても、あと六日の辛抱だから。……あ、夫妻の領地への護送担当になったら、四六時中付き添わないといけなくなるわ。それは本気で嫌なんだけど。絶対無理難題をふっかけられたり、傍若無人な物言いをされそうだし」

 ぶつぶつと悪態を吐きながら、ティナレアは食事を再開した。その横で考え込んでいたシレイアが、小声で呟く。


「……歩いて喋る人災」

「え? シレイア、何か言った?」

「先週、総主教会に出向く機会があったのですが、その時に知り合いからジムテール男爵夫妻に関する話を聞かされました。自分達の挙式を総大司教が執り行えとか、祝儀代わりに挙式に関する費用は総主教会が負担しろとか、勝手な事を一方的に連絡してきたそうです」

 それを聞いたティナレアは、思わず食事の手を止めた。


「は? 何よそれ? まさか総主教会は、その申し出を受けたの?」

「受けるわけありませんよ。大方、エセリア様の領地の税収を得たら、それで盛大に披露宴でも開催しようと目論んでいたかもしれませんが、その一方で挙式費用を惜しむなんて、貴族としての振る舞いとしてはありえないと思いませんか?」

 シレイアが意見を求めると、ティナレアは即座に言葉を返してくる。


「うん、ないわ。ありえない。名ばかりの貧乏末端貴族の私でも、恥ずかしいと思うもの」

「それでその話を聞いた時、同席していた者が、『もうあの二人は人間だと思うな。歩いて喋る人災だと思え』と言っていたもので。それを思い出しました」

「確かにそうよね。巻き込まれないように、十分注意しなくちゃ。護衛に就く人に、きちんと言っておいた方が良いわね」

 深く納得して何度も頷いたティナレアは、それからは無駄口を叩かずに朝食を食べ進めた。シレイアも同様に朝食に手を付けながら、問題の二人に対して心の中で怒りの声を上げる。


(あの二人、どこまで問題を起こせば気が済むのかしら! 本当にいい加減にして欲しいわね! 自分の立場を理解して、大人しくしていて欲しいのだけど!)

 シレイアの願いも空しく、この後も余人が知らない所で、大小様々の問題が引き起こされていくのだった。











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