(19)エセリア様の秘密

「失礼します」

 予めケイトの予定を確認し、空き時間にメイド長室を訪れたルーナは、借りていた本を差し出しながら申し出た。


「メイド長、約束の日になりましたので、これを返却いたします」

 するとケイトは無表情で受け取りながら問いかけてきた。


「ご苦労様でした。それで、全て読んでみましたか?」

「はい。《紅の輪舞》《愛憎の幕間》《果てなる幻想》の三冊全てを読み終えました」

「それでは尋ねますが、これらを読んでみてどうでしたか?」

 そこでルーナは若干躊躇してから、慎重に確認を入れる。


「あの……、個別ではなく、三冊まとめてざっくりとした感想でよろしいのでしょうか?」

「構いません」

「ええと、それでは……。正直に言わせていただけると、良く分かりませんでした」

「何が良く分からなかったのですか?」

「恋愛がテーマの話の筈なのに、何故か主人公とその相手役がどちらも男性というのは……。身近に存在したことがないので想像しにくいというか、そもそも男女間ではなく男性同士の間で恋愛が成立するのか、全く実感できないもので……」

 ルーナが戸惑いながらも正直に述べると、ケイトが真顔で問いを重ねてくる。


「滅多にお目にかかれない、通常では遭遇し得ない場面が展開されることで、より想像力を掻き立てられ、期待感が増したり感情移入しやすいという女性も多いと聞きますが」

「はぁ……、なるほど。そういう風に捉える方も、世間には存在しているんですね。ですが私は一応本の内容は押さえましたが、そのようには楽しめませんでした」

「それならそれでよろしい」

「そうでしたか……」

 断言されてルーナが安堵していると、ケイトが話題を変えてくる。


「因みに、最近小説を読んだ中で、1番記憶に残って楽しめた作品は何でしたか?」

「それなら、なんと言ってもカーネ・キリー作の《黎明の大地》です! もう最後の最後まで主人公を取り巻く環境の激変にドキドキハラハラして、それでも一人雄々しく生きていこうとする彼女の意志の強さと、時に漏れる弱音や脆さを」

「結構。合格です」

「…………え?」

 嬉々としてお気に入りの小説の魅力について語り出したルーナだったが、それを遮られながら唐突に告げられた内容に面食らった。


「あ、あの……、合格というのは……」

「勿論、王都公爵邸で、エセリア様の専属メイドに採用ということです。改めて確認させて貰いますが、あなたにその希望はありますか? なければ今まで通り、こちらで勤務して貰うことになります」

 ケイトから真顔で問われたルーナは、姿勢を正してから答えた。


「この話、ありがたくお受けしたいと思います。これは家族とも相談済みです」

「そうですか。こちらとしても嬉しいです。それではもう少し、詳細な事情を説明しておきましょう。改めて言うことでもないと思いますが……、他言無用ですよ?」

「家族にも、ですね? 了解しました」

「話が早くて助かります」

 ケイトは一瞬表情を和らげたが、すぐに真顔に戻って説明を始めた。


「あなたに読ませた三冊は、いわゆる男性同士の恋愛をテーマに書かれた作品で、『男性同士恋愛本』略して『男恋本』というジャンルがこの何年かの間に確立され、王都の一部の女性達から熱狂的に指示されています」

 それを聞いたルーナは微妙な顔になったが、精一杯穏便な表現で感想を述べた。


「はぁ、それはまた……。貴族の皆様は、色々と変わった趣向に走られるものなのですね」

「これに関しては、貴族平民問わずです。それで売り出したワーレス商会が設立した、本販売に特化した書庫分店では、身分を越えた交流が活発に行われているとか」

「…………ある意味、画期的な交流と言えますね」

「ええ。それは私も認めます。問題は、小説自体をマール・ハナーの名で最初に書き始めたことに加え、男恋本の類も最初に執筆したのがエセリア様だという事実です」

「そうでしたか。エセリア様が……、って、えぇぇぇっ!?」

 さらりと告げられた内容に、一瞬素直に頷きかけてから、ルーナは驚愕して絶叫した。そのまま口を大きく開けたまま絶句していると、ケイトが冷静に指摘してくる。


「ルーナ。口が開いたままですよ?」

「失礼しました! ですがメイド長、今の話は本当ですか!? そもそも公爵様はご存じなのですか!?」

「旦那様は、お子様達のなさる事にはおおらかに構えていらっしゃいますから……。信頼しているワーレス商会で売りたいと言う物なら、それなりに需要があるのだろうと……」

「それでは、本当に本当の話ですか!?」

「ええ。残念なことに」

「…………」

 唖然として言葉をが出ない状態のルーナを見て、ケイトは溜め息を吐いてから話を続けた。


「それで王都の公爵邸で勤務しているメイドの中に、エセリア様の熱烈な信奉者が多く、その者をエセリア様付きにするには色々と差し障りがあるわけです」

「ええと……、公爵邸勤務のメイドなのでまさかとは思いますが、エセリア様付きになったら嬉しくて仕事にならなかったとか……」

「該当する者は全員、『エセリア様に執筆の催促をしてしまう可能性があり、とても職務に集中できる自信がありません』と、エセリア様付きを固辞しました」

「……進んで就任を希望しないだけ、皆さんある意味プロですね」

 ルーナが僅かに顔を引き攣らせながら応じ、ケイトが淡々と説明を続ける。


「他の目ぼしい者達も、『エセリア様のように、次々と予想も付かないことを考えて実行に移す方には、落ち着いてお仕えできませんので』と就任を丁重に回避されたのです。小説の他にも色々と画期的な商品を考案していますが、その他に国教会で運営している貸金事業や財産信託制度も、実はエセリア様が発案した制度なのです」

「え? あの画期的な制度もエセリア様が?」

「はい」

「……勿論、これも他言無用なのですよね?」

 そこでルーナが慎重に確認を入れると、ケイトが重々しく頷く。


「その通りです。特に国教会で貸金業開始直後、それまで高利で金を貸していた一部の者達が、国教会に対して妨害行為を行った事もありましたし。それはちゃんと王家が近衛騎士団に命じて鎮圧しましたが」

「なるほど。出る杭は打たれるというわけですね。だから公爵家も公にしていないと」

「ええ。ですから巷に出回っている男恋本にも浮かれず、エセリア様のどのような突飛な言動をされても動揺せず、職務に邁進できる有能なメイドをエセリア様付きにする必要があるわけです。ルーナ。色々大変だと思いますが、あなただったらエセリア様を任せられます。よろしくお願いします」

「……若干不安がありますが、ご期待に沿えるよう頑張ります」

 そこでケイトが話を纏め、ルーナはとんでもない話の羅列に未だに少々動揺しながらも、小さく頷いてみせたのだった。


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