(7)ワーレス商会での1コマ

「父さん、戻ったよ」

 シェーグレン公爵邸から戻ったミランが、家には寄らずに直接店に顔を出すと、ワーレスは上機嫌に息子を出迎えた。


「ああ、ご苦労だったな。お屋敷のパーティーはどうだった?」

「大盛況だった。カーシスとプテラ・ノ・ドンの反響も上々だったし」

「そうか。昨日から店に並べてはみたものの、客の反応が今一つだったからな。期待しよう」

 その報告に、満足げに頷いたワーレスは、ここで声を潜めて息子に尋ねた。


「それで? もう一つの方は?」

 それにミランが、父親と同様に声を潜めて答える。

「ちゃんと繋ぎは付けたよ。父さんからの要請状を検討して下さるって、言質を貰ったし」

「そうか! それは何よりだ」

「子供の僕だけが相手だったらどうなるか分からないけど、シェーグレン公爵令嬢が居た場所での発言だから、反故にする事は無いと思うよ?」

 苦笑いで付け加えたミランに、ワーレスが益々笑みを深めながら頷いた。


「本当にエセリア様には、今回お世話になったな。利益一割分とは別に、何かお礼をしたいものだ」

「だけど父さん、貴重な苗木を他に渡して良いの? 上手く生育に成功して莫大な利益が見込めると分かったら、勝手に接ぎ木とかして増やして自分達で商品を市場に出すかもしれないよ?」

 この話を聞かされてから、不安に思っていた事をミランが思い切って尋ねてみたが、ワーレスは当然の如く言い返した。


「子爵に苗木を委託する時に、きちんと取り決めをしておくだけだ。『この品種の生産品は、全てワーレス商会に卸す物とする。他者が売買した場合、その管理が不十分だったとみなし、不法取引による利益分相当分を子爵が当商会に支払う事』とな」

「ええと……、要するに?」

 それを聞いて考え込んだミランに、ワーレスが苦笑しながら付け加える。


「ソラティア子爵は謹厳実直な人柄だと名高い。だから委託された苗木を、勝手に他の業者に渡す様な真似はしないだろう。だが欲の皮が突っ張った、目先の利益しか見えない馬鹿が居たらどうなるか……」

 それで父親の言わんとする事を悟ったミランが、考えた事を口にしてみた。


「これまでは地元の業者との関係を重視していた子爵だけど、自分の面子を潰されたりしたら、その関係を見直す事も有り得る?」

「ああ。その場合、苗木が拡散した事を理由に賠償金を貰える上、子爵と地元の業者の信頼関係を裂け、従来の生産品もこちらに卸して下さる可能性だってある。どう転んでも、こちらに損は無い」

 そう言って、嫌らしく笑ったワーレスを見て、ミランが思わず溜め息を零す。


「……父さん、あくどいね」

「何を言う。苗木の事でご相談した時、この提案をされたのはエセリア様だ。本当に得難い相談役だよ」

 ほくほく顔でそんな事を言われてしまったミランは、本気で頭を抱えてしまった。


「本当に嫌だ、あの姉妹……。本当に公爵令嬢なのか? 貴族のお姫様と言ったら、もっとこう……、はかなげで控え目で、でも上品で前向きな……」

(いやいやいや、何を考えてるんだ、僕は! あの人はれっきとしたお嬢様だぞ!?)

 無意識に口に出していた内容に気付いたミランが、一人で動揺していると、それを見たワーレスがニヤニヤ笑いながら声をかけてきた。


「ふぅ~ん? パーティーでは、他にも何かあったのか?」

「なっ、何かって、何だよ! 何も無いに決まってるだろ!?」

 顔を微妙に赤くしながらミランが言い返すと、ワーレスが素知らぬ顔で話を続ける。


「ほぅう? そうか。ところで近いうちに先方のご都合をお聞きして、ソラティア子爵邸に出向くつもりだが、一緒に行くか?」

「行く!」

「ほぅう? そうかそうか。今まで『貴族なんてお高くとまった奴らと関わるなんて、まっぴらごめんだ』とか言っていた奴の台詞とは思えんな」

「……っ!」

 反射的に答えてしまった息子の様子を見て、ワーレスの笑みが深まり、そんな父親の顔を見たミランの顔が更に紅潮する。


「まあ、根性入れろ。可能性はゼロでは無いからな」

 そしてぐしゃぐしゃと髪を掻き回す様に、些か乱暴に頭を撫でられたミランは、困り顔でこれ以上余計な事は言わない様に口を閉ざした。


(何かもう、色々バレバレのような気がする……。さすが父さん)

 ミランが戻って来た時点で、店舗の営業時間が終わりかけていたが、更に終了時間に近付いていたその時、一人の男が慌てて店に駆け込んできた。


「あの、すみません! こちらにカーシスと言う商品はありますか?」

 その如何にも貴族の屋敷で働いている様に見える、お仕着せの服装の男に尋ねられた店員の一人が、落ち着き払って商品棚の一角を指し示す。


「はい、お求めの物はこちらになります」

「その……、他の色が付いた、限定品があると聞いたのですが……」

「それなら今お出ししますので、少々お待ち下さい」

 そのやり取りを少し離れた所で見ながら、ワーレス達は囁き合った。


「ほう? 早速来たな」

「さすがにお貴族様は、帰る途中で店に立ち寄る様な真似はしないで、屋敷に戻ってから使用人に言いつけたみたいだね」

「そうなると……、これからが本番か?」

「だと思うよ? 父さん、奥から在庫をありったけ運ばせて。それから職人に連絡して、明日から増産体制を敷こう。それに今日はもう暫く、閉店時間は延長だね」

「お前も、いっぱしの商人の顔になってきたな」

 これからするべき事をすかさず列挙して述べた息子に、ワーレスは満足げな微笑みを向けてから、早速店員達への指示を出し始めた。


「すみません! プテラ・ノ・ドンとか言う玩具の、中央地域編と南部地域編と言う物を購入したいのですが!」

「私はカーシスを一つ! それからオーダーメイドとはどのようにすれば宜しいのでしょうか? 主人から詳細を確認して来いと言われまして」

「こっちが先だぞ! おい、カーシスとやらと、プテラ・ノ・ドン五種類を全部くれ!」

「良かった! まだ開いてた! 遅くにすまん、売って欲しい物があるんだ!」

 それからは引きも切らずに客が押し寄せ、なかなか店を閉めるタイミングが掴めないまま、かなりの時間が経過した。しかし少しずつ店員を上がらせ、最後はワーレスとミランだけになった店内で、漸く客が途切れる。


「父さん……、さすがにもう、来ないよね?」

「ああ、明日だろうな。多分夕食の席で話題に出してから、使用人に買いに行かせた人達の分は、売り終わったと思う。パーティーの宣伝効果は絶大だな。暫くしたら、使用人層からの購入も増えるぞ」

 そう言って笑み崩れている父親を見上げながら、ミランは真顔で告げた。


「父さん……」

「どうした?」

「やっぱりエセリア様は怖いね。だけど尊敬する」

 それを聞いたワーレスは、その顔の笑みを深めた。


「お前にも、それが実感できたか。これからもしっかり、あの方の一挙一動を見逃すなよ?」

「うん、分かった」

 父の言葉にミランは真剣な表情で頷き、ワーレス商会とシェーグレン公爵家の繋がりは、益々強固な物になっていくのだった。

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