(19)人物評

「率直に答えてもよろしいですか?」

「勿論よ」

「端的に言えば、変な人ですね。平民としての固定観念かもしれませんが、王子なんて取り巻きを引き連れて偉そうにしているものではないんですか?」

(平民から見ても、第一印象が変な人ってどうなの?)

 すこぶる真顔での評価に、マグダレーナは溜め息を吐きたいのを堪えながら言葉を返した。


「普通に考えれば、王子でも王女でもそうでしょうね……」

「あの緊迫した場面で、ささっと教室を抜け出していった手腕は流石でしたけど」

 そこでマグダレーナは、思わず詳細について尋ねる。


「さっき見ていたの? 私は気がつかなかったのだけど、どの辺りで出て行ったのかしら?」

「確か、マグダレーナ様がゼクター殿下と睨み合っている辺りですね。ドア付近にいたゼクター殿下の側付きの人達に笑顔で会釈しながら、堂々と通り過ぎて行きました。そこら辺は、さすがに王子様だなと思いながら見送ったのですけど」

(私が自分の兄に絡まれているのを横目に、平気で教室を抜け出したわけ!? 信じられない!! 甲斐性無しと罵っても良いレベルよね!?) 

 全面的に庇ってくれとは言わないまでも、異母兄を宥めるとか窘めるとかする気は無かったのかと、マグダレーナは内心怒りに震えた。それには気がつかずに、レベッカが淡々と話を続ける。


「それに変と言えば、この前、放課後にここの庭園で姿を見かけたのですけど、仕事中の庭師と何やら話していました」

 意外過ぎる内容に、マグダレーナは思わず怒りを忘れて問い返す。


「庭師と話を?」

「はい。別に庭園を散策するのは構わないのですが、どうして殿下が使用人と話をする必要があるのか全くわけが分からなくて。あと門の守衛と話しているのも見かけたことがありますけど」

「はぁ? どんな事を話していたか分かるかしら?」

「遠目で見ただけですので、そこまでは。詳しくお知りになりたいのなら、目撃した庭師と守衛に当たってみますが」

「いえ、そこまでしなくても良いわ」

 急いで調べる必要性を感じず、マグダレーナは首を振った。そこでレベッカが、しみじみとした口調で言い出す。


「それにしても……、リロイ様から『マグダレーナの手伝いをする上で必要な情報だから』と言われて、事前に三人の王子殿下の背後関係を含めた情報を聞かされていましたが、ここまでエルネスト殿下が単独行動しているとは予想だにしていなかったです」

「それは私も同じよ。本当にほったらかしみたいね。仮にも王子殿下なのに、いっそ感心するわ」

「それでマグダレーナ様。当面のご指示はどういったものになりますか?」

 顔つきを改めて指示を仰いできた彼女に、マグダレーナも真顔で告げる。


「そうね……、取り敢えず三人の王子殿下の動向と、噂の中で信憑性のあるものだけを選んで教えて頂戴。それから、エルネスト殿下が放課後に誰とどのように過ごしているか、分かる範囲で教えて貰えば助かるわ」

 それを聞いたレベッカは、力強く頷いた。


「分かりました。エルネスト殿下の動向に関しては、最近グレンが教室内でも殿下と言葉を交わすようになっていますから、さり気なく聞いてみます。平民は平民同士で固まっていますから、何とかなるでしょう」

「頼りにしています」

「それにしても……、リロイ様が聞かない方が良いと言った理由が、何となく分かってきました」

 苦笑いを浮かべながらのレベッカの台詞に、マグダレーナも笑いを誘われる。


「あら……、分かってしまった? さすがね」

「ですが精神衛生上、気がつかなかった事にします。一平民である私が、おいそれと踏み込んではいけない領域だと思われますので」

「賢明だわ。お兄様の人を見る目は確かね。そんなあなたを見込んで、教えていただきたい事があるのですが」

「何でしょうか?」

「詐欺師で底意地が悪くて傍迷惑な上に秘密主義が過ぎる兄を罵倒したくても、そちら方面の語彙力が乏しくて、適当な言葉が思い浮かばないの。市井ではこういう場合、どういう言い回しをするのかしら?」 

 それを聞いたレベッカは、深く同情する眼差しをマグダレーナに向けた。

 

「心中お察しします。そうですね……、端的に罵倒するなら『いい加減にしやがれ、このろくでなし兄貴』でしょうか」

「なるほど。早速試してみるわ」

「はい? 試す?」

 咄嗟に意味を捉えかねたレベッカは、困惑顔になった。その横で勢いよく立ち上がったマグダレーナは深呼吸を何回か繰り返してから、広い庭園の隅々まで響き渡る声量で叫ぶ。


「いい加減にしやがれぇ――っ! この、ろくでなし兄貴ぃ――っ!」

「マッ、マグダレーナ様⁉︎ いきなり何を!?」

 いきなり絶叫されて度肝を抜かれたレベッカが、声を上ずらせながら制止しようとした。そんな彼女に視線を向けたマグダレーナは、満面の笑みで礼を述べる。


「確かに思い切り叫んだら、幾らかすっきりしました。ありがとう、レベッカ」

 人数は少ないものの庭園内を歩いている者や、校舎内でマグダレーナの叫び声が聞こえた者達が何事かと離れた所から視線を向けてくる中、レベッカは顔を引き攣らせながら率直な感想を述べた。


「あ、あはは……、どう、いたしまして……。やっぱりマグダレーナ様は、リロイ様の妹君ですね……」

「この際、もう一つ聞いておきたいのだけど」

「……何でしょう?」

 今度は何を聞かれるのかと、レベッカは警戒心を露わにしながら応じた。そこでマグダレーナは、真剣な面持ちで問いを発する。


「対外的には有能で全く問題がないように見えても、実は性格破綻者で家庭を顧みなくて長年妻子に全く関心を払わなかったばかりか、早々に一人で楽隠居して面倒事を周囲に押し付ける気満々の殿方を、どう罵倒すれば良いと思う?」

 マグダレーナが一息に語った内容を聞いて、レベッカは恐る恐る確認を入れた。


「あの……、それってまさか、キャレイド公爵様のことではありませんよね?」

「勿論よ。お父様をあんなのと一緒にしないで頂戴」

 憤然としながらマグダレーナは否定した。それを聞いたレベッカは、安堵の表情になりながら断言する。


「大変失礼いたしました。それなら『とっととくたばれ、このくそ親父』で十分かと。そんなろくでもない輩に、マグダレーナ様が余計な時間や労力を費やす必要はありません」

 それを聞いたマグダレーナは、納得して頷きながら右手を差し出す。


「なるほど……、参考になりました。それでは改めて、よろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお付き合いください」

 そこで二人は固い握手を交わしてから、まるで以前からの知り合いのように、隔意の無い会話をひと時楽しんでいた。



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