(20)水面下での駆け引き

 入寮後も特定の親しい生徒は作らず、食堂で一人で食事することが多かったマグダレーナだったが、その日は彼女がいるテーブルに近付いて来た者がいた。


「マグダレーナ、久しぶりね。こちら、よろしいかしら?」

「ニコラ様、ご無沙汰しております。どうぞお座りください」

「ありがとう」

 母親同士が結婚前から親しくしており、互いに娘が生まれてからも子供同伴で互いに行き来していた仲であるアジェンダ伯爵家のニコラが、少々困ったように微笑みながら告げてくる。それにマグダレーナが笑顔で快諾すると、彼女は軽く会釈して向かい側の空いている席に座った。

 二歳年上で現在貴族科上級学年クラスに在籍している彼女は、座ったものの微妙に居心地が悪そうに、無言で食べ進める。そんな彼女の様子に幾分申し訳なく思いながら、マグダレーナは話の口火を切った。


「入学したらすぐにご挨拶に伺おうと思っておりましたが、色々と周囲が落ち着かなくて遠慮しておりました。申し訳ありません」

 そこでマグダレーナが軽く頭を下げると、ニコラは溜め息を吐いてから思うところを述べる。


「ええ、そうでしょうね……。今年入った生徒が在籍する教養科の中でも、あなたのクラスは色々と煩わしいことが多いでしょうし」

「ご理解いただけて安堵いたしました」

「完全に理解しているわけではないのですが……。マグダレーナは、今のままで良いのかしら? あなたが周囲から孤立してしまったら、キャレイド公爵家としても色々と差し障りが出るのではなくて?」

 声を潜めながら、彼女が懸念を口にしてきた。しかしマグレーナはそれに軽く首を振りつつ、笑顔で応じる。


「ご心配いただき、ありがとうございます。ですが、家族からは私の好きなようにして構わないとの言質を貰っておりますので」

「相変わらず豪胆な方々ね。さすがはあなたのご両親というべきか、さすがはあのご夫妻の娘というべきか」

「両方、ということにしておいてくださいませ」

 含み笑いで告げたマグダレーナに、ニコラは呆れとも感心とも取れるような微妙な顔つきになる。それを見たマグダレーナは、顔つきを改めて問いを発した。


「ニコラ様。一つお伺いしてもよろしいですか?」

「ええ、何かしら?」

「今日、声をかけていただいたのは、純粋に私を心配しての忠告でしょうか? それとも……、どこかの筋からのご指示でしょうか?」

 それを聞いた瞬間、ニコラの顔が僅かに強張った。しかしすぐにマグダレーナを見据えながら告げてくる。


「それだけではないけれど……、あなたを心配しているのは本当よ」

 明確に言葉にしなくても、陰でニコラが何やら言われたのは確実であり、マグダレーナは苦笑で応じた。


「ありがとうございます。その言葉だけで十分です」

 本当に心配して貰えただけでありがたいと思ったマグダレーナは、素直に頭を下げた。しかしニコラはそれを見て、これまでに溜まっていた鬱憤の一端を口に出す。


「本当は……、去年から馬鹿馬鹿しいと思っているし、うんざりしているのよ。どうして学園内で」

「ニコラ様、それ以上は。誰がどこで聞いているか分かりません」

「そうね……」

 年下であるマグダレーナにやんわりと諭され、ニコラはすぐに口を噤んだ。そして中断していた食事を再開する。マグダレーナも素知らぬふりで食べ続けたが、食べる合間に楽しげな笑顔で告げた。


「どこぞの方には『親切心で忠告したのに、生意気な下級生が歯牙にもかけずに憤慨した』と仰ってください」

 それを聞いたニコラが、再び溜め息を吐いて応じる。


「誰が何を言っても、屈するつもりはないのね」

「はい。巻き込まれないように、遠慮なく遠巻きにしてくださって結構です」

「申し訳ないけど、そうさせて貰うわ。でも学園内であれば仕方がないけれど、長期休みの時期にお母様と共にお屋敷を訪問するくらいは良いわよね?」

「はい。母と共に来訪をお待ちしております」

 そこで二人は笑顔を見合わせ、雑談をしながら食べ終えた。そして別れて自室へと向かう。

 個室で一人になったマグダレーナは、机の引き出しからネシーナとユニシアから渡された派閥相関図を引っ張り出しながら愚痴を零した。


「あまり周囲に迷惑をかけたくはなかったけど、仕方がないわよね。手を出してくるのは向こうなのだし」

 そしてニコラの他に、比較的自分やキャレイド公爵家に近しく、かつ、どちらかの王子の派閥に属している生徒の名前を確認しながらひとりごちる。


「さて、他には誰が来るかしら? 学園内での自分達への陣営の引き込みが、露骨になってきているのかしらね。お父様やお母様の話では中立を保つ家がまだかなりの割合で存在していて、社交界での目立った動きは見られないという話だったけど……」

 自分が周囲から除け者にされるのは承知の上だが、それで周囲が迷惑を被るのは申し訳なく思ったマグダレーナだった。そこでふと、ある考えが思い浮かぶ。 


「でも、ちょっかいを出される一方というのも、腹が立つのよね。どの王子が立太子されても、どこかの派閥が勢力を大きくしていると、後々揉める元になるわ。この際、傍観しているだけではなくて、崩せるところは切り崩しておこうかしら。そうなると、数は少なくても影響を出しやすい家を見極めて……。お父様やお兄様の意見も必要になるわね……」

 手元の相関図を凝視しながらブツブツと呟きながら考えを巡らせ始めたマグダレーナは、ある程度考えを纏めた所で便箋とペンを取り出し、家族への手紙を書き始めた。






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