(17)意外な一面

 昼を過ぎた時点でカテリーナがナジェークを案内したのは、庶民が行き交う一角にある料理屋だった。

「ここよ。……ガンツ、マルタ、こんにちは!」

 全く躊躇う様子を見せずに店内に入ったカテリーナは、そのまま奥へと進み、厨房と店内を仕切っているカウンターに向かって元気良く声をかけた。そこに居合わせた他の客やナジェークは唖然としたが、カウンター付近にいた初老の男女が、彼女の姿を認めて嬉々として応じる。


「やあ、お嬢様じゃないですか! 随分とお久しぶりですな」

「今日はお客を連れて来たの。今日のお勧め料理を、二人分出して貰えるかしら?」

「お任せください。ほら、マルタ。さっさとお嬢様達をご案内しないか」

「はいよ。まあまあ、お嬢様。こんなむさ苦しい所へようこそ。お連れ様もどうぞこちらへ。随分お若いけど、お屋敷のお客様ですか?」

「そうだけど、家同士のお付き合いというわけじゃなくて、王都にあるワーレス商会の方なの。この街に支店を出して貰えるそうで、その下調べにいらしてるのよ。その他にオリーブの製油所も作るから、もう一人の方は領地内の農地を回っているわ」

 店主のガルツに促され、妻であるマルタが空いていたテーブルに案内しながら何気無く尋ねてきた内容に、カテリーナは正直に答えた。すると周囲の客達が興味深げな視線をむけると同時に、マルタが驚きの声を上げる。


「ワーレス商会!? 何年か前から、色々珍しいものを売り出しているあそこですか!? この街にも他の商人が色々持ち込んで、話題になっていますよ?」

「ええ、そのワーレス商会よ」

「それは楽しみです。他の商人がこの街にも色々持ち込んではいますけど、時間がかかったり物が揃っていなかったりしていたし。支店ができたら品揃えも豊富でしょうから」

「はい。それに地方の特産品の発掘や、それに新たな付加価値を付けて他地域に売り出す業務もしておりますので、気になる物があれば支店に持ち込んで貰えるように、営業もする予定です」

 さらりとナジェークが口にした内容を聞いて、カテリーナが困惑気味に口を挟む。


「持ち込みって……。変な物を持ち込まれても、お店では困るだけじゃないの?」

「無価値だと思われた物の中にも、十に一つ位の割合で思わぬ用途が見つかるものだよ」

「そんな物なの?」

「意外にね」

「王都の大商人ともなると、目の付け所も違うってお話ですね。それじゃあ、ごゆっくり」

「ありがとうございます」

 二人が席に落ち着いたのを見てマルタがそのテーブルを離れてから、ナジェークが興味深そうに店内を見回しながら尋ねた。


「ここは? 前々から懇意にしているようだが」

「昔から時々お父様に連れられて、食事に来ている店なの。街の視察の途中とかにね」

「こういう場所だと、さすがに庶民に溶け込む普段着とかでだよな?」

「そういう事。本当にフラッと立ち寄る感じよ。他にも何軒か行きつけのお店があるけど、今日の予定コースだと、ここが一番近かったから」

 それを聞いた彼は、心底感心した風情で感想を述べた。


「さすがだな……。幾ら領地でも、父とそんな風に気軽に出歩いた事は無い。ガロア侯爵は想像していた以上に、豪胆な方らしい。かといって社交界で、粗野な振る舞いだと後ろ指を指されるような真似もされていないし」

 それを聞いたカテリーナは、胸を張って答えた。


「そこは上級貴族の当主として、きちんと弁えているもの。ただ基本的に堅苦しい事が嫌いだから、領地では息抜きをしているわけ。正直に言うと、領地運営も得意と言うわけでは無いしね」

「そうだろうな。だがそもそも広い領地の隅々まで、当主一人だけで目配りできるわけがない。侯爵のお人柄に心酔している優秀な家臣がガロア侯爵家には揃っていて、当主を支えているから当代は安泰だろう。次代はどうなるかは分からないが」

 その口調と表情から、本気で父親を誉めてくれていると分かったカテリーナはナジェークの言葉に素直に頷いたが、最後の余計な一言で微妙な顔付きになった。


「我が家の内情を、随分知った口ぶり……。ああそう言えば、密偵を私の屋敷に潜り込ませていたわね。その方、なかなかの働きをされているみたいで、結構な事だわ」

「そうだね。色々筒抜けだよ。君のご両親に正式にご挨拶に伺う日が楽しみだ」

「何をぬけぬけと言っているのよ」

 皮肉など全く気にせずに応じた彼を見て、カテリーナは呆れ果てて肩を竦めた。そこにマルタが両手に一つずつ大皿を手にしてやって来る。


「はい、お待たせしました。お勧めの盛り合わせです」

「ありがとう、おばさん」

「…………」

 カテリーナは笑顔で礼を述べたが、何故かナジェークは目の前に置かれた皿を凝視しながら固まっていた。その事に、カトラリー入れの籠からナイフとフォークを取り上げたカテリーナが、遅ればせながら気が付く。


「さあ、食べるわよ。……あら、どうかしたの?」

 不思議そうに声をかけられたナジェークはそこで我に返ったらしく、僅かに動揺しながら彼女と同様にナイフとフォークを手にし、次いで控え目に弁解してきた。


「あ、いや……。勿論これまでに、庶民が食事をする所で物を食べた事は何回もあるんだが……、料理毎に皿が分けられていない形式は、本当に初めてで……」

「形式って……。大皿の盛り合わせで、そんな途方に暮れた顔をしないでよ。変な物は入っていないし、味は保証するわよ? 種類は沢山食べられるし洗う食器は少なくなるし、効率的じゃない。ひょっとして屋台とかで、手づかみで食べた事も無いの?」

 半ば呆れながらカテリーナが言葉を返すと、彼は言われた内容を真顔で考え込んだ。


「効率的……。なるほど、確かにそうだな。それに少量ずつ色々な料理を味わえるのは、客にとっても十分なメリットだ。その料理が気に入れば、次に来店した時に単品で頼めば良いんだからな。納得できた」

「そんな風に、真顔で考え込むような事でもないと思うけど?」

(この人が上級貴族の中でも、かなりの有力な家の御曹司だって事を忘れていたわね。だけどあんな子供みたいに目を丸くして、困惑しているなんて凄く意外。と言うか、普段の取り澄ました顔との落差が可愛い位だけど)

 意外過ぎるナジェークの反応を目の当たりにしたカテリーナは、そこで笑い出したいのを何とか堪えながら声をかけた。


「料理毎の説明は必要かしら? して欲しいなら私がするし、良く分からない物はマルタに頼むけど」

「大体どういう料理かは分かるが、食材や味付けで分からない事があったら、解説して欲しいな。この料理は郷土料理っぽいし」

「ええ、この地方独特の料理よ」

 そこで笑顔で請け負ったカテリーナは、時折説明を加えながら、久しぶりの料理を堪能し始めた。

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