(12)交換条件

 学園に在籍している紫蘭会会員に集まって貰った第四音楽室に、エセリアが足を踏み入れた途端、一斉に向けられた視線の数に、彼女は内心かなり驚いた。


「あの……、サビーネ? 確か同学年の紫蘭会会員は三人ではなかったかしら? それにしては、人数が多いような……」

 正確な人数を聞きそびれていたものの、これはおかしくないだろうかと思いながら尋ねたエセリアだったが、同行してきたサビーネ達は、笑顔で口々に説明してきた。


「同学年は私達三人で間違いありませんが、一つ上の各専科下級学年には十五名、二つ上の各専科上級学年には、十二名の会員が在籍されておりますから」

「あ、でも私達が本を貸した人達も、外出が許されている今度の休日に、ワーレス商会に出向いて入会手続きをすると言っていましたわ」

「私達の学年でも、会員が増えそうですね」

(何となく分かった……。学生寮生活を送るうちに、元からの会員が周囲を勧誘して人数が増えたのね。恐るべし、紫蘭会ネットワーク……)

 予想以上の広がりにエセリアがおののいていると、サビーネが説明を付け加えた。


「エセリア様から言われた通り、エセリア様が『マール・ハナー』として活躍中の方だとお知らせしましたら、予定のある方はそれをキャンセルされて、全員集まって下さいましたのよ?」

「それは光栄ですわ……」

(うぅ……、何だか皆様の視線が痛い……)

 妙にキラキラしている瞳から微妙に視線を逸らしつつ、教室前方の教壇に立ったエセリアは、呼吸を整えてから静かに語り出した。


「皆様、今日は私の呼びかけに応えてお集まり頂き、ありがとうございます。今回お集まり頂いたのは、近日中に公になる剣術大会開催に向けてのご協力を、お願いする為です」

 それを聞いた女生徒達は、怪訝な顔を見合わせた。


「エセリア様、剣術大会とは聞いた事がありませんが、新たに企画される行事なのですね?」

「ですが剣術などとは全く係わり合いが無い私達に、何かできる事がございますの?」

「はい。この行事は学園の生徒主催、生徒運営、生徒参加で執り行われる、初めての行事です」

「まあ……、随分仰々しい事……」

 疑問の声が上がるのは分かりきっていた為、エセリアはサビーネ達に企画の詳細が書かれた用紙を配って貰いながら、落ち着き払って話を続けた。


「取り敢えず、進行や準備内容、それから各係の役割分担について一通り説明致しますので、聞いて頂けますか?」

「分かりました。どうぞお話になって?」

「ありがとうございます」

 そして全員の手元に資料が渡った事を確認してから、エセリアは説明を始めたが、最後まで話し終えたところで、中の一人が静かに片手を上げながら声を上げた。


「おおよその所は分かりましたわ。ですが……、一言申し上げて宜しいかしら?」

「はい、何でしょうか?」

「顔見知りのあなたが相手ですから、正直に言わせて貰いますが……。申し訳ありませんが私、ここに載っている全部の係ができるかどうか、自信がありません。刺繍は不得意ですし、普段は使用人にやらせている様な事ばかりですから」

 家族ぐるみの付き合いがある、パーシバル公爵令嬢のマリーアに申し訳無さそうに言われた為、エセリアは笑顔で礼を述べた。


「マリーア様、正直に仰って頂いて、ありがとうございます。実はこの係一覧には、敢えて記載していない係もございます。マリーア様のように、各種の係に参加できないと考える方には、別な形で参加して貰う事を考えております」

「まあ、そんな係があるのですか?」

「はい。それは大会開催中の、人気投票開票中のお世話役と、勝者表彰時のお世話役です」

「それならどうして、最初から記載しておかないのですか?」

 その場全員を代表してマリーアが問いを重ねたが、それは想定内の質問だった為、エセリアは落ち着き払って答えた。


「どうしても人数に制限がありますし、そちらの係は殆ど当日のみの仕事になります。できるだけ準備段階から、多くの方に関わって頂ければ、それだけお互いの交流も深まると思いましたので」

「……なるほど、そういう事でしたか」

(正直に言うと、高位貴族の方に実務は難しいだろうし、おとなしくして頂く為にはこちらの役割に集まって頂く必要があるから、予め広く募集できないのよね。そこら辺はマリーア様は、分かっていらっしゃるだろうけど)

 それでも余計な事は言わずに口を閉ざしたマリーアに心の中で礼を言いながら、エセリアは話を続けた。


「それで皆様方には、各自の教室での説明と、各係の希望集約及び連絡係をお願いしたいのです」

「まあ……」

「それは責任重大ね」

「色々と細かい内容もありますし、できますかしら?」

「それに殿方が私達の話を、きちんと聞いて下さるかどうか……」

 さすがに不安を隠せない面々だったが、自分一人だけで全ての教室を回ったり、意見集約は無理だと判断していたエセリアは、心底申し訳無く思いながら頭を下げた。


「本当に皆様には、ご迷惑をおかけします。ご不明な点は何度でもご説明しますし、どうしても駄目な場合は私が出ますので。それで首尾良く事が運んだ暁には、皆様が宜しければ、今度出る新刊を進呈致しますわ」

 するとここでマリーアが、怖いくらい真剣な表情で口を挟んできた。


「エセリア様」

「はい、マリーア様。何か?」

「新刊も良いのですが、私は『蒼の静寂』の続編が読みたいのです。それもできれば、ザンディスのその後のお話が。あのお話は、彼が少々不憫だと思っておりましたの。是非とも、彼に救いを与えて下さいませ!」

 そんな事を鬼気迫る表情で訴えられたエセリアは、盛大に顔を引き攣らせながら言葉を返した。


「え、ええと……。『蒼の静寂』は一応あれで完結のつもりでおりまして……」

「やっぱり駄目ですのね……。お気の毒なザンディス様……」

(う……、拙いわ。空気が忽ち重くなって……)

 そこでマリーアが涙目で項垂れ、室内が気まずい空気に包まれてしまった為、エセリアは何とか代案を出さないと拙いと思いながら、咄嗟に口走った。


「あの! 続編は無理でも、ザンディスを主人公にした短編を書いて、マリーア様に進呈したいのですが、それではどうですか!?」

「え? 私に進呈?」

 マリーアがピクリと反応して顔を上げた事に安堵しながら、エセリアは話を続けた。


「はい、製本はしませんが、マリーア様のリクエストをできるだけ盛り込んだ、手書き原稿の形でマリーア様だけにお渡ししま」

「エセリア様!!」

「はっ、はいっ!!」

「説明と集約はお任せ下さいませ!! どんな殿方にも、ガタガタ文句など言わせませんわっ!! 万事滞りなく、進めてご覧に入れましてよ? その代わり、私だけの原稿を、宜しくお願いします!!」

「はい……。少々お時間は頂きますが、必ずお渡ししますので」

 勢い良く立ち上がりながら、自分の台詞を嬉々として遮って宣言してきたマリーアに、エセリアは完全に気圧されたが、同様の叫びが次々と室内にこだました。


「エセリア様!! 私もやりますわ! ですから私には、コニールとカッファーの痴話喧嘩の話を!」

「万事、私達にお任せ下さい! 私はエルネストの新しい恋バナで!」

「私は、クライドを主人公にした話でお願いします!」

「あの……、皆様落ち着いて下さいませ。きちんと希望を書き取りますので、できれば順番に……」

 控え目にエセリアが訴えると、忽ち全員が苦笑の表情になって、互いに順番を譲り合う。


「まあ、私とした事が」

「思いがけない幸運に、我を忘れてしまいましたわ」

「それでは皆様、そちらから順番にどうぞ」

「いえ、そちらからお先に」

 それからはとんとん拍子に話が進み、かなり突っ込んだ質疑応答をこなしてから、全員笑顔で散会した。


(皆が、やる気になってくれたのは嬉しいけど……、暫くは睡眠不足になりそうね。授業中も、成績を落とさない程度に内職しよう)

 しかし全員のリクエスト内容を、漏らさず書き取った用紙の束を手にしたエセリアだけは、疲労感満載の顔で自室へと戻ったのだった。

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