(20)ケリー大司教にとっての真実

 修道院で与えられていた自室に戻り、荷物を整理して質素な夕食を食べ終えたアリステアは、寝るまでの時間を自室でのんびり過ごしていたが、小さなノックの音に続いて、年老いた院長が顔を覗かせた。


「アリステア。ケリー大司教様がお見えよ? 面会室に行って下さい」

「はい、分かりました」

 それに慌てる事なく応じ、荷物の中からある物を取り出して、彼女は面会室へと向かった。そしてノックをして入室し、ケリーに深々と頭を下げる。


「大司教様、お久しぶりです」

「やあ、アリステア。こちらに戻る予定を手紙で知らせてくれたから、様子を見に来たんだ」

 笑顔を向けてくる彼の向かい側の椅子に座りながら、アリステアは申し訳なさそうに言い出した。


「わざわざこちらまで出向いて頂いて、申し訳ありません。明日にでも総主教会に出向いて、ご挨拶するつもりでしたが」

「いや、学園からここまではかなりの距離だ。歩くと疲れるだろうし、わざわざ王都の中心近くまで、また出向いて貰うのも大変だろうからね」

「あ、実は帰って来る時、馬車に乗せて貰ったので、楽に帰って来れました」

 思わず彼女がそう口走ると、ケリーが怪訝な顔になる。


「乗せて貰った? どなたに?」

「え、それは……」

 そこで我に返ったアリステアは、慌てて頭の中で考えを巡らせた。


(正直に、王太子殿下にって言っても良いかしら? ううん、真面目な大司教様なら、殿下に近付いて玉の輿狙いなんて言ったら、怒るに決まってるもの。後で本当の事を明らかにするとしても、ここは誤魔化しておこう)

 そう方針を決めた彼女は、咄嗟にそれらしい嘘を捻り出した。


「その……、仲良くなった子爵家の方に、近くまで同乗させて貰いました」

「ここまで?」

「いえ、修道院の門前まで送って貰えませんので、途中で下ろして貰ったら不審がられましたが、最近体調を崩した乳母を見舞いながら帰ると言ったら、彼女には納得して貰えましたので」

 それを聞いたケリーは納得し、次いで気の毒そうな表情になった。


「そうか……、苦労しているな、アリステア。正直に実家の状況を、口にできないばかりに。友人にも正直に打ち明けられずに、心苦しいだろう」

「大丈夫です、大司教様。モナさんは変な詮索とかは間違ってもしない、落ち着いた人ですから。それにアシュレイさんも、変な噂なんかに流されたりしないで、いつも的確な助言をしてくれます。二人とも貴族ですけど、とても気さくな方なんですよ?」

 友人などいなかったが、ケリーを安心させようと咄嗟にモナ達の名前を出して彼女達の事を告げると、ケリーは安堵した表情になった。


「そうか……。入学早々、そんな得難い友人ができたのか。安心したよ。君は貴族とは名ばかりの生活をしてきたから、生粋の貴族の方々には受け入れて貰えないのでは無いかと、懸念していたから」

 しみじみとそんな事を告げてくる彼に、アリステアは心の中で苦笑いした。


(大司教様は本当に心配性ね。貴族の上に位置する、王族の王太子殿下に認めて貰っているんだから、何の問題も無いのに)

 そして彼の前に、部屋から持って来た物を差し出す。


「大司教様、お土産にと言ってはなんですが、定期試験の成績表を持って来ました。日頃お世話になっていますし、やはり成績位は見せないといけないと思いまして」

「それは嬉しいね。是非見せて欲しいな」

「はい、こちらです。本当はもっと高得点で、良い順位の物をお見せできれば良かったのですが……。力足らず、申し訳ありません」

 それを自分に手渡してから、アリステアが神妙に頭を下げてきた為、ケリーはちらりとその結果を見てから、力強く断言した。


「アリステア、何を言うんだ! 高倍率の選抜試験をくぐり抜けてきた平民出身の生徒と、幼い頃から英才教育を受けてきた貴族出身の生徒に混ざって、ほぼ中間の位置に居るなら上出来だろう! 寧ろ上位に食い込んでいたりしたら採点がおかしいのではないかと、学園に問い合わせるところだ。本当に良く頑張っているじゃないか!」

 それを聞いた彼女は、密かに冷や汗を流した。


(うわ……、アシュレイさんの言う通り、平均の点数と中間位の順位を書いておいて良かった。殿下が『せっかくだからもっと良い成績にしろ』と言ったけど、アシュレイさんの『好成績過ぎると却って怪しまれます』っていう意見に従っておいて、正解だったわね)

 アリステアが心底アシュレイ、つまりローダスの助言に感謝していると、ケリーが次第に目を潤ませながら、声を詰まらせた。


「それに世話になっているからと、自分にとって不本意な成績でも、自ら進んで見せてくれるとは……。私にはその心掛けが、何よりも嬉しい……。亡くなった母上も、この様に成長したあなたを見たら、きっと手放しで喜ばれた筈……」

「大司教様……」

 そこでハンカチを取り出し、目元を拭った彼を見て、彼女はモナを演じているシレイアにも感謝した。


(モナさんの言った通り、ちょっと悔しげに、かつ申し訳なさそうに成績表を出すだけで、こんなに感動してくれるなんて……。やっぱり、人を見る目を持っている人は違うわ!)

 二人に対する信頼度が、彼女の中で更に上昇する中、ケリーが涙を抑えて笑顔で励ましてきた。


「学園生活が順調そうで何よりだ。これからも頑張りなさい。困った事があれば、いつでも力になるから」

「はい、きっと大司教様にもご満足頂ける、成果を上げてみせますね!」

「それは心強い」

(ええ、だって私は一人じゃないんだもの。アシュレイさんやモナさんの力を借りて、絶対グラディクト様と幸せになってみせるわ!)

 そして満足げに微笑む彼に笑顔を返しながら、アリステアは密かに決意を新たにしていた。

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