(14)宣誓書の下準備

 ローダスとシレイアはエセリアからの指示通り、グラディクトとアリステアに対して根も葉もない噂を伝聞の形で伝え、特別講義が行われている西棟にエセリアが出入りしていると吹き込んでおいた。

 二人とも、アリステアが《クリスタル・ラビシンス~暁の王子~》を参考にしているのならば、多少の自作自演はするかもしれないが、どうせ大した事はできないだろうとたかをくくっていたが、その推察はあっさりと裏切られてしまった。



「あの……、ローダス、本当にごめんなさい。申し訳ないけど、今の内容を簡潔に纏めて、もう一度言って貰えるかしら?」

 急遽招集をかけられてカフェに集まった面々はローダスからの報告を聞いて、思わず自分の耳を疑った。その場全員を代表してエセリアが顔を引き攣らせながら懇願すると、ローダスが真顔で端的に告げる。


「はい。あのアリステア嬢が『礼儀作法の教室に忘れた教科書を、誰かにズタズタにされた』と言った上で、『エセリア様に良く似た後ろ姿の人が、教室を出て行くのを見た』と口からでまかせをほざいて、殿下に『犯人はエセリア様』と思い込ませていました」

「その……、ズタズタと言うのは、もう少し具体的に言うと、どんな感じなのかしら?」

「何かの刃物で結構切り付けていて、何とか原形は保っていると言うレベルです」

「…………」

(ちょっと待って、なんなのそれはっ!? どう考えてもあり得ないんだけど!?)

 想定外すぎる事態に、シレイアは蒼白になって絶句した。そんな彼女に、エセリアが少々自信なさげに尋ねてくる。


「シレイア……。ごめんなさい。ちょっと自分の記憶に自信がなくなってきたものだから、教えて欲しいのだけど……。私、《クリスタル・ラビリンス》の中で、そんな嫌がらせの場面を書いたかしら?」

 その問いかけにシレイアは首を振りつつ、本に書かれている内容について振り返る。


「いいえ……、そもそも切りつけたりなどは……。インク瓶の中を空にしたり、ノートに悪口を落書きしたり、教科書のページの端を全て折ったりしてはいましたが。後は、見つけにくい所に隠すとか……」

「やっぱりそうよね。それなのにどうしてそんなに、教科書をボロボロに……」

(やっぱり彼女には、常識が通用しないわ。どうしてこうも、予想の範囲外の事をやらかすわけ!? 意味が分からない!!)

 内心の困惑と憤りを抑え込んでいると、隣に座っているローダスと目が合った。すると彼も同様の心境だったらしく、諦めきった表情で軽く首を振る。するとここで、エセリアが再び口を開いた。


「以前、少し話した事があると思うのだけど……。そもそも礼儀作法の授業に、教科書などと言う物は存在していないの。毎回指示された内容を、教授の目の前で実践して、チェックを受ける事になっているから」

「え? それでは、そのアリステア嬢の教科書と言うのは何ですか?」

 自分が目にした物が何だったのか分からなくなったローダスが、思わず口を挟んだ。それにエセリアが推論を述べる。


「セルマ教授が用意した特別な本か、アリステア嬢に身に付いている礼儀作法のレベルに合わせて、教授が手書きで纏めた物ではないかと思うのだけど」

「言われてみれば……。あれはきちんと装丁された本では無くて、表紙と裏表紙は厚紙を使っていましたが、普通の用紙を紐で綴じてありましたね……」

 ローダスは考え込んで納得したが、それを聞いて額を押さえて呻いた者もいた。


「やっぱり……。そんな物が滅茶苦茶に切られていたのを目にしたら、セルマ教授が激怒する事確実だわ」

 サビーネが思わず懸念を口にすると、エセリアも深く頷きながら同意を示す。


「当然、本格的に犯人探しが始まるでしょうけど、そこでアリステア嬢が能天気な発言をしても、そもそも私がイドニス教授から講義を受けている情報自体が嘘なのだし、その現場の教室近辺で私を見かける筈が無いわ。それに普通だったら存在しない『礼儀作法の教科書』の存在なんて、どうやって私が知るの? 主張が矛盾だらけで、即自作自演を疑われて一発で退学決定じゃない……。いえ、そんな事より! 殿下が怒鳴り込むとか糾弾してやるとか言って、激高したんじゃない!?」

「確かにそのような事を喚き出しましたが、明確な証拠ではないし、第三者の目撃者もいないので、まともに訴えたら『これ幸いと、自作自演で誹謗中傷する気かと反撃されます』と言い聞かせたら、殿下は取り敢えず納得してくれました。彼女も自作自演と口にしたところで、微妙に顔色が変わっていましたから、滅多な騒ぎは起こさないでしょう」

「助かったわ……。ありがとう、ローダス」

「いえ、すぐに手を打てて良かったです」

 グラディクトの暴走の可能性に気が付いたエセリアが顔色を変えたが、ローダスが手を打っておいたのを報告し、その場は収まった。更にローダスが、ここで提案してくる。


「それで、適当な偽名を使って宣誓書でも作って、あの二人を宥めておこうかと思うのですが。『数は力』だと言い含めておきましたので、これから殿下は躍起になって、証人を集めようとする筈ですし」

 相手の言わんとする所を察したエセリアは、即座に頷いた。


「ああ……、なるほどね。了解しました。それはこちらで準備しておくわ」

「宜しくお願いします」

(なるほどね。取り敢えず目に見える形で、あなた達の味方は実はこれだけ存在していますよと思い込ませて、卒業まで問題が表面化しないように宥めておくってことか。確かに、考えとしては悪くはないわ)

 アリステアの暴挙と相変わらずの短絡志向のグラディクトに、周囲の者達と同様うんざりしながら、シレイアは一人で考えを巡らせていた。




 その日、カフェで解散後、一人で図書室に直行したシレイアは、使用時間ギリギリまで粘ってとあるリストを作成し、寮に戻った。


「エセリア様、申し訳ありません。急に押しかけまして」

「特に用事は無かったし、気にしないで。シレイアが急用だと言うなら、必要な事だし。本当に遠慮なんかしなくて良いのよ?」

「ありがとうございます」

(ここまで信頼していただけるなんて、光栄過ぎて気が遠くなりそうよ。でもここは落ち着いて、きちんと話をしないとね)

 就寝前の時間帯にエセリアの部屋を訪れたシレイアは、浮き立ちそうになる気持ちを抑えつつ話を切り出した。


「今日の会合で、嘘の宣誓書を作成するという流れになりましたが」

「ええ。あの方達に都合の良い内容で、何か事が起こるたびに用意することになりそうね」

「それについてですが……。当然それには、存在していない人物の名前を記載しなくてはいけません。万が一、実在している生徒と同じ名前を記載してしまったら、その人に冤罪を着せてしまいます」

「その通りよ。名前だけでも家名だけでも被ってしまったら拙いわ」

「そう思いましたので、図書室にある貴族簿と在校生徒名簿を確認しながら、誰一人として名前・家名が被らない、貴族氏名のリストを作ってみました」

 そこでシレイアが、持参したリストを差し出した。それを受け取りつつ目を落としたエセリアが、少々驚いた顔つきになる。


「え? まあ……、凄いわ。話に出したのが今日の午後なのに、これだけの人数分を男女それぞれ考えてきたの?」

「やはり平民では自分の力にはならないと殿下が判断するかと思い、全員ヴァンを付けた貴族の名前にしてみましたが、それはそれで不安がありまして……。殿下はさすがに王族ですから、貴族の家名には詳しいのではないかと。やはりあまり知らない家名ばかり並べ立てたら、怪しまれるでしょうか?」

 作ってはみたものの、完成したそれを改めて眺めてみて湧き上がってきた懸念を、シレイアは正直に口にした。そこでエセリアは一瞬考え込んだが、すぐに笑顔でその懸念を打ち消す。


「そうね……。あなたの懸念はもっともだけど、それに関してはあまり気にしなくても良いのではないかしら? 元々、殿下側に立つのは現時点で影響力が少ない、上級貴族に抑え付けられている下級貴族という設定だし。殿下が子爵家三十家、男爵家四十家の家名を、完全に頭に入れているとは思えないわ。上級貴族の家名も影響力が少ない家に関しては諸々がうろ覚えで、私が結構な割合でフォローしているし」

「それでは聞き覚えがなくとも、そういう家もあったのだなと納得してくださる可能性の方が高いと」

「大丈夫だと断言しても良いわよ?」

「それなら良かったです」

 そこまで保証して貰ったシレイアは、心底安堵して笑顔になった。


「正直に言うと、名前をでっちあげるのも結構面倒だなと思っていたの。助かったわ、これはありがたく使わせて貰うわね」

「お役に立てて良かったです」

 そこでシレイアは笑顔で別れ、足取りも軽く自分の私室へと戻って行った。










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