(4)想定外の父娘

「さて、人として必要な事を教えてやるんだから、小綺麗な坊っちゃんと嬢ちゃんからは、感謝の気持ちをいただかないとなぁ」

「何だと?」

 四人組の中でも中心人物らしい男がニヤニヤ笑いながら口にした内容が理解できなかったナジェークが顔をしかめると、横に立っている少女が補足説明する。


「要するに、この人達に授業料を払えと言う事よ」

「はぁ? 冗談じゃない! 何でこんな奴らに授業料を払わないといけないんだ!?」

「一々喚かないでくれるかしら?」

「おやおや、こっちのお嬢さんは、なかなか物分かりが良さそうだな」

 そこで彼女は先程出した布袋を取り出し、括ってある紐を解いて取り出し口を広げて石畳の上に中身をぶちまけながら告げた。  


「誉めてくれてありがとう。だけど生憎、手持ちはこれだけなの。とてもあなた達への授業料を支払うのは、無理だと思うのだけど」

 しかし男達は広がった複数の銅貨には目もくれず、薄笑いのまま事も無げに言い合う。

「ああ、安心しろ。お嬢ちゃんの足りない分は、こっちの坊っちゃんに払って貰うから」

「なぁ、坊っちゃん。たんまり金貨を持ってるよな?」

(迂闊だった。あの露店で金貨を取り出してやり取りしたところを見られて、後を付けられたのか)

 明確に自分の落ち度を指摘されたナジェークは、益々苛立ちながら彼女と同様に革袋を取り出し、中に入れておいた金貨を足下にばら撒いた。


「ほら、全部やる。さっさと持っていけ!」

 しかし男達はそれを拾いながら、とんでもない事を言い出す。

「これはこれは、気前の良い事で」

「だが、ちょ~っと足りないかなぁ?」

「まぁ、でも足りない分は、坊っちゃんと嬢ちゃんに身体で払って貰うから安心しな」

「そうそう。二人とも見た目が良いし、世の中には子供じゃないと駄目とか言う、面倒くさい御仁がおられるからなぁ」

(こいつら!? 僕達をどこに連れて行く気だ!)

 男達の物言いに、所持金だけが目的では無いと察したナジェークは瞬時に顔色を変えたが、何故か少女は怯えもせず、ナジェークの手にあったオレンジを取り上げた。


「あらあら、単なるごろつきかと思ったら、ある意味当たりだったのね。ちょっと君、これを貰うわよ?」

「え? 何をするんだ?」

「元々は私のお金で買ったものよ? 私が使って構わないでしょう?」

「いや、それは構わないが、『食べる』ではなくて『使う』って一体」

「何をごちゃごちゃ言ってやがる」

 この期に及んでどういう事かとナジェークが唖然とし、男達も二人を一喝したが、彼女はそんな事には構わず、市場へ抜ける方向に向かって大声で叫んだ。


「お父様! こいつらは単なるごろつきじゃなくて、巷で噂の人身売買組織に繋がっています! どうせ末端でしょうけど痛い目に合わせたら、元締めの事が分かるかもしれないわ!」

「でかしたぞ、カテリーナ! そこの社会の秩序と安寧を脅かす害虫ども! ここで会ったのも何かの縁、悉く捕らえて官吏に引き渡してくれるわ!」

(何だよ、あの態度の大きなおじさんは。でもさっき『お父様』と言っていたし、まさかこの子の父親?)

 カテリーナと呼ばれた少女が叫ぶと同時に男達が動揺して背後を振り返り、その身体の間からナジェークにも向こう側にいる大柄な人物を認めた。そして思わず隣にいる少女を二度見して、遠慮のない感想を頭の中で思い浮かべる。


(似てないな……。例えるなら、熊と鹿?)

 なかなか逞しく見える身体を頑丈な素材の着古した服に包んだ、厳つい顔立ちの男と少女との間にナジェークが全く共通点を見いだせないでいると、そんな彼をカテリーナが横目で睨む。 


「悪かったわね。私はお母様似なのよ」

「……何も言ってないけど?」

「顔に出ているわよ。社会勉強もそうだけど、もう少し精神修行をした方が良いわね」

「…………」

 冷たく駄目出しされてしまったナジェークは、下手に反論せずに黙り込んだ。すると一瞬動揺した男達が、相手が一人と見るや馬鹿にした様子で挑発を始める。


「はっ! 何かと思えば、保護者のお出ましか」

「一人なのに偉そうな事を言いやがって」

「さっさと御大層な剣を抜けよ」

 騎士なのか、新たに現れた男は使い込まれたように見える剣を装備していたが、彼は男達の予想に反して拳を握っただけだった。


「いや、抜かん。貴様らなど、剣を使う価値もない。ほら、どうした。かかってこい」

「ほざきやがったな!?」

「後悔させてやるぜ!」

 短剣を腰に付けていた男が勢いよく鞘から剣を抜き去り、彼に向かって勢い良く突き出した。しかし彼は全く慌てず、その刀身を左手の拳で横に振り払ったと思ったら、右の拳を相手の顔面にお見舞いする。

「ふんっ! はあぁっ!」

「ぐはぁっ!」

 渾身の力が込められていたであろうその一撃をまともに食らった男は、勢いよく背後に倒れて石畳の上でピクリともしなくなった。それを見た他の三人が揃って顔色を変える中、ナジェークも激しく動揺する。


(何だ、あの人! 本当に武器を持っている四人を、素手で相手するつもりか!? それにこの子、どうしてこの場面で、冷静にオレンジの皮を剥き出すんだよ!? 頭がおかしいんじゃないのか!?)

 カテリーナがオレンジを一つ左腕と身体で挟みつつ、手に掴んだもう一つの皮を黙々と向いているのを見てナジェークが唖然としている間も、状況は刻一刻と変化していった。


「このっ!」

「何だよ、この化け物!?」

「はっ! 貴様らの腕っぷしが弱いのを、こちらのせいにされてはたまらんな!」

 男達は血相を変え、それぞれ手にしていた刃物を騎士らしき男に振りかざしたが、彼は見た目に寄らず意外な身のこなしでそれをかわし、相手の腹に拳をめり込ませた。


「ぐほぅっ!」

「おい、大丈夫か! うあっ!」

 慌てて仲間を助けようとして割って入ろうとした男の首筋に、彼は一瞬の隙を突いて手刀を繰り出す。

「とんだ迂闊者だな。ちょっと静かにしていろ」

「げぇっ!」

「…………」

 もう言葉もなく目の前の乱闘を見守るだけだったナジェークだが、そこで騎士の背後から一人の男が斬りかかろうとしているのを見て顔色を変えた。


「危ない!!」

「この野郎! 調子に乗るんじゃ、うあっ!」

 ナジェークが思わず叫んで警告を発した瞬間、彼の顔の横を明るい色の物体が一直線に飛んで行った。それがオレンジだと気付くと同時に、襲いかかろうとしていた男の顔面に命中し、男が呻き声を上げる。そしてカテリーナが放った援護に応えるべく、その父親が上機嫌に声を上げながら動いた。


「いい腕だ、カテリーナ! 貰ったあぁぁっ!」

「ぐぁっ!」

(何か凄いな……。本当に拳だけで、この場を制圧しそうだ)

 背後から襲い掛かった卑怯者の顔面に男は見事な拳を披露し、ナジェークはもう驚くのを通り越して呆れ果てていた。しかしその一瞬の隙を突かれ、残った一人の男に気が付かないうちに肉迫されて、少女の身柄を押さえられてしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る