(9)予想外の効果

 さすがに有力公爵家後継者の誕生日祝賀パーティーらしく、ナジェークのそれはコーネリアのそれより、招待客も規模も勝っていた。しかし多くの招待客を目の当たりにしても、微塵も緊張したり慌てたりする事無く、ナジェークは両親の挨拶に続いて、来訪者へ感謝の言葉を述べる。


「本日は、私の誕生日を祝う為にお集まり頂き、ありがとうございます。先月の姉の誕生日祝賀パーティーの時と同様、目新しい玩具を揃えておきましたので、宜しかったらお楽しみ下さい」

 何故かそこでちらりと、斜め後方に佇んでいる妹に目をやってから、ナジェークは話を続けた。


「ええと、それから……。特に子供や若い女性の方に喜んで貰えそうな本を、何種類か会場内に用意させておきましたので、ご歓談の合間にでも読まれた方は、そちらの感想を聞かせて頂けたら幸いです。それでは皆様、どうぞごゆるりとお過ごし下さい」

 ナジェークが笑顔で話を締めくくると、客達はざわめきながら移動を開始した。それを見てから、彼は妹を振り返って小声で尋ねる。

「エセリア、あれで良かったかい?」

 その問いに、エセリアは満面の笑みで頷いた。


「ばっちりですわ、お兄様。ああ言っておけば、お兄様の婚約者の座を虎視眈々と狙っている肉食獣のお嬢様達は、感想を聞かれた時に気の利いた事を言わないと周りに後れを取ると思って、まず本の方に行きますもの」

「確かに纏わりつかれるのは、遅くなりそうだけどね……。それだけでも良いか」

 少しでも自分にアピールしようと、娘と母親がタッグを組んで群がってくる様子に、これまで内心で辟易していたナジェークは、そう呟いて自分自身を納得させた。しかしエセリアは、ニヤリとほくそ笑みながら予言する。


「お兄様、甘いですわ。今日のパーティーでお兄様にまとわり付く方は、殆どいなくなりますわよ?」

「いや、さすがにそれは無いだろう」

 断言してドヤ顔をしている妹に、ナジェークは呆れた目を向けた。するとここで二人の所に歩み寄って来た人物が、声をかけてくる。


「ナジェーク、誕生日おめでとう。エセリア嬢も、相変わらずお可愛らしいですね」

 その声に振り向いた兄妹は、笑顔で挨拶を返した。

「ああ、イズファイン。来てくれてありがとう」

「まあ、イズファイン様、いらっしゃいませ」

 そこでエセリアは、イズファインが同伴している人物を見上げながら考え込んだ。


(あら? この方は誰かしら? 十代前半にしか見えないからお父様の筈は無いし、お兄様? でもイズファイン様に、お兄様っていたかしら?)

 そんな彼女の疑問をよそに、彼らは和やかに話し出した。


「それでこの前の手紙に書いた通り、今日は友人を紹介しようと思って、同行して貰ったんだ」

「そうなるとこちらが?」

「ああ、クリセード侯爵家の、ライエル・ヴァン・クリセード殿だ。ライエル殿。こちらがナジェークとエセリア嬢です」

 するとエセリアがどんな人物なのかと悩んでいた相手が、神妙に謝罪の言葉を口にしてから頭を下げてくる。


「ナジェーク殿、エセリア嬢、初めまして。ライエル・ヴァン・クリセードです。お二人の事はイズファインから聞いています。先日は我が家の事でご迷惑をおかけして、誠に申し訳ありませんでした」

「いえ、ライエル殿は直接ご迷惑をかけていませんよ。エセリア嬢に時間を取って貰った、こちらが迷惑をかけています」

「それもそうだな」

 そして彼がイズファインと二人で、楽しげに「あははは」と笑い合っているのを見て、エセリアは目を丸くした。


(え? クリセード侯爵家って、イズファイン様のお家と仲が悪かった筈よね?)

 目の前の状況が全く分からなかったエセリアは、率直に尋ねてみる事にした。 

「あの……、お二人の家は仲違いしていたとお伺いしましたが、違いましたか?」

 その問いに、逆にイズファイン達が驚いた表情になる。


「あれ? ナジェーク、彼女に説明していなかったのか?」

「ああ、エセリアの驚く顔が見たくてね」

「なんだ、そうだったのか。エセリア嬢、実は私の家と彼の家は、カーシスのおかげで和解できたんです」

 苦笑まじりにイズファインからそう言われたエセリアは、あまりの急展開に驚いた。


「はぁ!? それは一体、どういう事ですの?」

「エセリア嬢の指導を受けて、かなり腕が上がったらしくてね。カーシスの再戦で、ライエル殿に圧勝できたんだ」

「まあ! それは良かっ……、あ、いえ、その……」

 イズファインの健闘を讃えようと、声を上げかけたエセリアだったが、対戦相手が目の前にいる事を思い出し、慌てて口を閉ざした。それを見たライエルが、苦笑気味に宥める。


「構いませんよ? 私が惨敗したのは本当の事ですから。ですがイズファインが短期間のうちにあれだけ強くなったのには、本当に驚きました。エセリア嬢の指導が、よほど適切だったのですね」

「恐縮です」

 そう微笑まれて、エセリアも苦笑を返すしか無かったが、ここでイズファインが溜め息を一つ吐いてから、しみじみとした口調で言い出した。


「だが、勝てたのは良かったんだが、私の父が見苦しい位狂喜してね。『前回の勝利はまぐれだろう』とか『五歳も年下にここまで負けるとは、恥を知れ』とか、クリセード侯爵に言い放って」

「ご先祖様だけでは無くて、当代様も残念な方なのですね……」

「だからエセリア、もう少し考えてから、口に出してくれるかな!?」

 思わず本音を漏らしたエセリアに、ナジェークが頭を抱えながら懇願する。それで笑いを誘われたらしいイズファインは、苦笑いで話を続けた。


「我が親ながら、それがあまりにも見苦しくて、つい言ってしまったんだよ。『今回の勝負は、公平な物とはいえません。私はこのカーシスを考案したエセリア嬢から、じっくり指導を受けた上で、これに挑みましたので』って」

「イズファイン様は正直過ぎる方ですね。黙っていれば分かりませんのに」

 感心した様にエセリアが口にしたが、もうナジェークは諦めて何も言わなかった。するとライエルが深く頷きながら、彼女の意見に同意する。


「私も同じ事を思ってね。『それでも負けは負けだ。君が努力したのは、確かなのだからな。だが君の様な正直な人間と対戦できて嬉しいし、負けを素直にみとめられる』と言ったんだよ」

「ライエル様もさすがですわ。いがみ合うばかりのお父上様達とは違って、お二人の代になったら、両家の間で良い関係を保てそうですわね!」

 エセリアが潔いライエルに対しての好感度を上げていると、彼はイスファインと顔を見合わせて笑った。


「実は、もうなっているんだ」

「はい?」

「私が『ライエル殿さえ良ければ、エセリア嬢にあなたを紹介するので、彼女の指導を受けた上で後日再戦をお願いしたいのですが』と提案したら、『なるほど、それなら条件は一緒だな』と笑って快諾して頂いたんだ」

「そこで息子同士が意気投合してしまったものだから、親達もそれ以上、険悪な顔ができなくてね。なし崩しに、普通の家同士の交流っぽくなってしまったよ」

 その説明を聞いて、エセリアが微笑みながら頷く。


「そういう事でしたか……。それではライエル様も、私の指導をご希望ですのね?」

「はい。我が家はこれまで、シェーグレン公爵家とは殆どお付き合いは無く、この機会に紹介して頂いてお近づきになれればとの、下心もございますが」

「まあ! ライエル様は本当に、馬鹿正直な方ですのね。確かにイズファイン様と、気が合いそうですわ!」

「だからエセリア! 兄としては、少し言葉を選んで喋って欲しいな!」

 正直に思った事を口にするエセリアと苦労性のナジェークを見て、友人になったばかりの二人は、顔を見合わせて盛大に笑い出した。


(まさかカーシスを使った事で家同士の対立が解消できちゃうなんて、思ってもみなかったわ。とんだ副効用ね)

 若干年齢が離れていても、隔意なく言葉を交わしている二人を見て、エセリアは心底感心した。そんな彼女に、ナジェークが声をかける。


「じゃあエセリア。僕は挨拶をしたり、親しい人達と話をしてくるから」

「はい、わたしは向こうで、また玩具の説明をしていますね」

 そして兄達と別れたエセリアは、前回のパーティー同様紛れ込んで、玩具の使い方の説明を始めていたミランの下へと向かった。


「お疲れ様です、お兄様」

「ああ、エセリアもご苦労様」

 無事パーティ-が終了し、全ての招待客を見送ってから、エセリアは兄に声をかけた。そして笑いながら確認を入れる。


「今日のパーティーでは、お兄様にすり寄るお嬢様達は、以前と比べると格段に少なかったでしょう?」

 その問いに、ナジェークが真顔で頷く。

「ああ、気味が悪い位だったよ」

「もう皆さん夢中で、壁際に置いておいた本を貪り読んでおられましたわ。お母様に叱責されて、漸くお兄様に挨拶に出向いても、すぐに本のある所に戻っていましたし」

「……そうだね。今日は何だかあっさり引くなとは、思っていたんだ」

 しつこく絡まれなかったのは良かったものの、今日の自分は本以下の存在だったのかと、ナジェークは微妙な心境になった。そして兄がそんな心境に陥っているなど夢にも思っていないエセリアが、上機嫌に話を続ける。


「ミランがその様子を見て、『帰り次第、ありったけ在庫を出さないと』と真顔で言っていたわ。あれほど『売れるんですか?』と懐疑的な顔をしていたのに。やっぱり乙女の萌えには、年齢や身分差は関係無いのよ! あれらを呼び水にして、きっとあちこちで新たな才能が花開くわ!」

「……そうなんだ。頑張って、エセリア」

「はい! ラミアさんと二人三脚で頑張ります!」

 もはや諦めの境地に至っていたナジェークに向かって、エセリアは力強く宣言したのだった。

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