(31)ちょっとしたトラブル

「それが……、私達が途中で待ち合わせて総主教会に出向いたら、正門の前で警備の騎士達と押し問答をしていた人達がいたのよ」

「騎士の装備が三種類だったから、教会所属の騎士と、ガロア侯爵家とシェーグレン公爵家の騎士だと思うけど」

「この広い総主教会の敷地のありとあらゆる出入り口を固めて、万全の警備をしていたわ」

「少なく見積もっても、二百人はいたわね」

「……警備状況については、全く知らなかったわ。それで、押し問答をしていたと言うのはどういう事?」

 状況が全く分からなかったがカテリーナが問いを重ねると、予想外の答えが返ってくる。


「それが……、私達は新婦や新郎の親戚だから、中に入れろとか主張していたみたいだけど、騎士達が鉄壁の守りで招待状を持たない者は断固として入場を拒否していたし、加えて執事らしき人が顔と名前を確認して、容赦なく騎士達に排除させていたのよ」

「でも、ある意味納得よ。だってあの人達、揃いも揃ってビラビラの派手なドレスに、ジャラジャラとアクセサリーを着けていたもの」

「そもそも招待状を持っていないのに、偉そうに威張りくさっていたし」

「ガロア侯爵夫妻やシェーグレン公爵夫妻の雰囲気と、全然違っていたのよね」

(そんな事をしそうな人達に、心当たりがありすぎるわ……)

 顔を見合わせて頷き合う友人達から目を逸らしたカテリーナは、恐らくエリーゼとダートラル侯爵夫妻だろうと見当をつけて項垂れた。しかしこの間の揉め事を一々説明する気はなく、苦笑いの表情でごまかす。


「そうだったの。何人かを排除するためだけに、それだけの人数を配置するのは少々大袈裟な気がするけど、他の招待客の迷惑になるでしょうから仕方がないわね」

 しかしカテリーナの台詞に、リリスが何気なく訂正を入れる。


「『何人か』ではくて、少なくてもお付きらしい人達を含めると、二十人はいたわね。何組かいた筈だけど」

「知らなかったわ……。世間には、意外に傍迷惑な方が多いのね」

 他に誰が押しかけたのかとカテリーナは呆れたが、ここでノーラが話題を変えた。


「そういえば、シェーグレン公爵夫妻の側にいた、二十代半ばのプラチナブロンドの綺麗な方って、ひょっとしたらコーネリア様かしら?」

「恐らくそうだと思うわ」

 カテリーナが同意すると、周囲から感嘆の声が上がる。

「うわぁ……、私、《カーネ・キリー》の名前で作品を発表していた頃からのファンなの! こんな機会でもないと直にお会いできないし、声をおかけしても嫌がられないかしら?」

 エマが期待を込めて尋ねてきたため、カテリーナは笑顔で保証した。


「ご挨拶して、以前からのファンですとお伝えする位なら、問題はないと思うわよ? 基本的に気さくな方だし、以前私も作品の感想を伝えたら、とても喜んでくださったから」

「本当!? じゃあお式が始まる前に、ご挨拶してくるわ!」

「コーネリア様と義理の姉妹になるなんて、カテリーナが羨ましすぎる!」

「それじゃあ、私達はこれで。本当に今日はおめでとう!」

 友人達が嬉々として控室を出て行くのをカテリーナは見送り、この間、黙って控えていたルイザが、微笑ましそうに感想を述べた。


「賑やかなご友人がたでしたね」

「ルイザ。本当に結婚式に乗り込もうとしていた人達がいたのかしら?」

 ずっと自分に付いていたルイザには分からないだろうと思いながらも、カテリーナはそう問いかけずにはいられなかった。しかしルイザは軽く首を振って断言する。


「『乗り込もうとしていた』ではなく、現在進行形かと思います」

「……断定するのね」

「予め、それを見越した上での警備体制ですから。今夜の披露宴を兼ねた夜会から締め出された連中の一部が、まだ総主教会なら警備が緩いとたかをくくったのでしょう。そんな短絡、かつ残念思考ゆえに切り捨てられたのが、まだお分かりにならない方々です。一々、カテリーナ様のお耳に入れるまでもございません」、

「有力な家との新たな繋がりを築きたいと必死なのは分かるし、気持ちは分からないでもないけど。本当に残念な人達みたいね」

 心底うんざりしたカテリーナが溜め息を吐くと、ここでノックの音に続いてナジェークが現れた。


「やあ、カテリーナ。密かに抜け出したり、無理難題を言ってルイザを困らせていなかったかな?」

「誰がするのよ、そんな事。あなたじゃあるまいし」

 明るく声をかけてきたナジェークに、カテリーナが呆れ気味に言い返す。その間にルイザが椅子を準備し、カテリーナと斜めに向かい合う位置に設置した。それにナジェークが座ると、カテリーナが確認を入れる。


「そろそろ式の開始時間かしら?」

「もう少し余裕はあるが、土壇場になって逃げられたりしないように、早めに控室に出向いて花嫁のご機嫌を取っておけと、母上と姉上とエセリアにせっつかれてね」

「……あなたがシェーグレン公爵家内で、どのように評価されているか分かった気がするわ」

 くすくすと笑いながらナジェークが告げた内容に、カテリーナは思わず遠い目をしてしまった。そこで、先程聞いた話を思い出す。


「そういえば友人達が言っていたのだけど、招待していない人たちが二十人くらい押しかけてきたというのは本当なの?」

「ああ、本当だよ。私も少し様子を見て来たが、随行してきた使用人を含めれば、三十人は超えるのではないかな?」

 懸念をあっさりと肯定されてしまったカテリーナは、頭を抱えたくなった。


「そんなにいたの? 警備の必要性は分かったけど追い返すのも大変そうで、警備に当たっている騎士達に申し訳ないわ」

「そこら辺は、あまり気にしなくて良い」

 端的に告げたナジェークに、カテリーナは少々反感を覚える。


「それは確かに、その人達の仕事でしょうけど。威張りくさった貴族、しかもおそらく上級貴族が相手なのよ? 力ずくで排除なんかできないし、まかり間違って怪我をさせてしまったら大事じゃない」

「いや、荒事に及ぶ前に、大抵は素直に帰っている」

「えぇ? どうしてよ? うちの屋敷に元義姉達が乗り込んで来た時だって、色々しつこかったのよ? 騎士達が丁寧にお帰り願っても、素直に帰る筈がないじゃない」

「実は……、正面入り口の警備を仕切っていた面々の中に、執事の格好をしたリロイ伯父上が紛れ込んでいた」

 ものすごく嫌そうな表情でナジェークが口にした台詞の意味を、カテリーナは一瞬捉え損ねた。


「はい? リロイ伯父上というのは……、確かキャレイド公爵家のご当主よね? その方がどうしたの? 当然、結婚式には招待しているのよね?」

「だから、キャレイド公爵家当主が執事姿で正面入り口に乱入し、騎士達と揉めている招かれざる客に向かって丁重にお帰り願い、相手が分かっていない愚鈍な者には『キャレイド公爵家当主の顔も知らん無礼者は、金輪際我が屋敷は勿論、シェーグレン公爵邸、ローガルド公爵邸、ガロア侯爵邸への立ち入りを禁ずる!』と大上段に構えて言い放っていた。……青ざめる馬鹿者どもを前にして、実に楽しそうだったな」

 ナジェークはカテリーナから微妙に視線を逸らしながら、最後にぼそりと付け加えた。それを聞いたカテリーナの顔が、盛大に引き攣る。


「キャレイド公爵は、執事の扮装で人前に出るのが趣味なの?」

「いや、執事に限らず様々な格好をして、周囲の人間を驚かすのが趣味だ」

「真顔で、フォローにもならないことを口にするのは止めて貰えないかしら!?」

「大丈夫だ。あの人にも一応、公爵家当主としての自覚はある。式には正装に着替えて出席してくれる筈だ」

「そういう問題ではないわよね!? 誰か周囲の人が止めなかったの!?」

「普段であれば、さすがにこのような公式の場では、常識人のネシーナ伯母上が手綱を締めているんだが、生憎今日は体調不良で……。夜会も欠席すると、今朝連絡がきたんだ」

 痛恨の表情で、ナジェークが事情を説明した。それを目を眇めながら聞いたカテリーナは、本気で忠告する。


「……キャレイド公爵が夜会の最中に、給仕の姿で会場をうろうろしないように、誰か見張りを付けた方が良いと思うわ」

「いや、さすがにそこまでは…………。そうだな。やはり信頼できる誰かを付けておくか」

「さすがは、ナジェーク様の伯父上でいらっしゃいます」

 一瞬、否定しかけたナジェークだったが、相手が無駄に行動力と好奇心を発揮させる人物であることを思い返し、カテリーナの意見に賛同した。続けてルイザが遠慮の無い感想を述べ、それにカテリーナは無言のまま力強く頷いたのだった。


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