(11)主導権の行方

「それでね? シレイア。仕事と家庭を両立した女性官吏として、より名声を高めて歴史に名を残す為には、避けては通れない要素があると思うの」

「エセリア様、それは何でしょうか?」

「結婚相手の質。それに尽きるわ」

「質……、ですか?」

「そうよ!」

 大真面目に問い返したシレイアが、その返答を聞いて戸惑う。しかしエセリアはそんな彼女に向かって、益々語気強く訴えた。


「シレイア、良く考えてみて。本当にできる男を踏み台にしてこそ、真のできる女と言えるのではないかしら。どうでも良い男を踏み台にするのは、どんな女にだってできると思わない?」

「確かに……。エセリア様の仰る通りですね」

 エセリアの主張を認めたシレイアは、真顔で頷いた。それを追い風にしたエセリアの主張は更に続いた。


「世の中はまだまだ男尊女卑の風潮が強いから、普通の男性と結婚したなら、あなたの仕事に文句をつけるかもしれないわ。それどころかあなたの才能や能力を妬んで、あなたの仕事の邪魔したり、制限をかける可能性だって考えられない?」

「冗談じゃありません! 誰がそんな男と結婚するものですか!」

「そうでしょう? だけどローダスと結婚したら、間違い無くそういう可能性は無いわよ? あなたの事を前から好きだし、同じ官吏として能力を認めているし」

「……そうかもしれませんね」

(そう言えば、さっき私の事を好きとかどうとか言っていたわね。まあ確かに気心は知れているし、能力は問題ないし、親に反対される可能性は皆無だし、変な趣味とは遊びをしていないのは分かっているし、実は結婚相手として考えたら結構好条件?)

 思わず真顔で考え込んだシレイアを見て、これは好感触だと思いながらエセリアが話を続ける。


「それに加えてローダスなら、若手の中では群を抜いて優秀だと、周りからの評価が高いでしょう? だから」

 そこでシレイアは、失礼にならない程度に控え目にエセリアの話を遮った。


「エセリア様、お話は十分に理解できました。最後まで仰らなくて結構です」

「そう? それなら良かったわ」

「申し訳ありませんが急用ができましたので、失礼させて貰っても宜しいでしょうか?」

 神妙に頭を下げたシレイアを見て、エセリアは彼女が何を考えたのかを瞬時に悟った。


「ええ、構わないわよ? 私の話は終わったし。ところでシレイアは、ひょっとしたらこれから王宮に出向いてから、総主教会にも顔を出すつもりかしら?」

「はい、そのつもりです」

「それなら足が無いと大変そうだから、我が家の馬車を貸すわ。乗って行って頂戴」

「ありがとうございます。ご好意に甘えさせていただきます!」

 遠慮せずにエセリアの好意に甘えることにしたシレイアは、公爵邸の玄関でエセリアと別れの挨拶を済ませると、意気揚々と準備して貰った馬車に乗り込み、一路王宮へと向かった。



 ※※※



「それではシレイア様の用事が済むまで、こちらで待機しております」

「ありがとうございます。宜しくお願いします」

 公爵家の馬車で堂々と王宮の馬車寄せに乗り付け、地面に降り立ったシレイアは、御者と短く言葉を交わしてから迷いのない足取りで外交局へ向かう。


(そうよ。既婚女性官吏第一号を目指すなら、既成概念に囚われているなんて以ての外よね。ここは一つ、女性の方から主導権を取ってあげようじゃない!!)

 そんな決意を胸に秘めつつ、シレイアは外交局が入っている部屋のドアをノックした。


「お仕事中、失礼します!」

「え?」

「何だ?」

 声高らかに断りを入れてから入室して来たシレイアに、中にいた官吏達は揃って目を丸くした。私服姿の女性がいきなり突撃して来たのもそうだが、その人物が最近官吏達の間で噂に上ることが多かったからである。しかしシレイアは不審と疑惑の視線など一顧だにせず、一直線にローダスに歩み寄った。


「シレイア? でもその服は私服だし、今日は休みじゃないのか?」

 思わず椅子から立ち上がって問いを発した彼に対して、シレイアは単刀直入に切り出した。


「ローダス。仕事中だし、さっさと話を済ませるわ。あなた、私の事を好きなのよね?」

「……へ?」

 周囲に同僚達が揃っている職場で、いきなり真顔でそんな事を問われたローダスは、咄嗟に言葉が出なかった。同様に周囲も固まる中、シレイアが苛つきながら彼に掴みかかって問いを重ねる。


「間抜け面晒してないで、きりきり答えなさい! 私の事が好きなの? 嫌いなの?」

「好きです!」

「それなら私と結婚したいのよね?」

「あ、いや……、それは確かにそうだが」

「結婚するのかしないのか、ぐだぐだ言ってないで、さっさと答えなさい!」

 話の流れに頭が付いていかなかったローダスだったが、辛うじて「この機会を逃したら駄目だ」と判断し、殆ど勢いで答えた。


「俺と結婚してくれ!」

「分かったわ」

「本当か!?」

「できる女が踏み台にするのはできる男と相場が決まっていると、エセリア様が言っていたものね」

「……は? どうしてここで、エセリア様の名前が出てくるんだ?」

 予想外の幸運にローダスが表情を明るくしたのもつかの間、唐突に無関係と思われるエセリアの名前が出てきた事で怪訝な顔になった。しかし彼の困惑などには構わず、シレイアが話を続ける。


「それはともかく、あなたと結婚しても良いけど条件があるわ。私と結婚したかったら、半年以内に外交局から民政局に異動した上で、アズール学術院に派遣される専任担当官になりなさい」

「え? 何でそんな事を?」

「私がそれになって、来年から学術院に派遣されるからに決まってるでしょう? できないって言うなら、結婚の話は無しだからそのつもりで」

「はぁ!? どうしてそうなる!」

 無茶苦茶な条件に、ローダスは驚愕の叫びを上げた。周囲も唖然として絶句する中、シレイアの非情な宣言が続く。


「その場合、あんたには劣るかもしれないけど、そこそこ能力があってそこそこ理解がある男と結婚して、女官吏としての経歴を積んで、歴史書に名前を残してみせるわ! 時代の先駆者……、ああ、何て心地良い響きなのかしら……」

「あ、あの……、シレイア?」

「用はそれだけよ。返事は1ヶ月以内で宜しく。それ以降音沙汰無しだったら、他を当たるから。それじゃあ、これから総主教会にも行かなきゃいけないし、失礼するわ。邪魔したわね!」

「…………ちょっと待て、シレイア! 今の話はどういう事だ!?」

 シレイアは言うだけ言って、次の目的地に向かって駆け去っていった、そんな彼女をローダスは呆然と見送り、次の瞬間我に返って彼女の後を追ったが、出遅れた彼はあっさりと彼女を見失ってしまったのだった。







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