(10)憧れの響き

「つまり男は外で働き、女は家事一般をこなす。この固定観念を打ち崩すきっかけを作りたいの」

 そんな台詞から始まったエセリアの今後の構想を聞かされたシレイアは、話が進むにつれて感動で心が震えた。


(女性の雇用創出だけではなく、彼女達の社会進出を促すための託児所の創設。それに、洗濯業展開に伴う仕分けに必要な刺繍などで子ども達の職業訓練の場としつつ、安定して安価な労働力の確保……。更には女性だけに留まらず、地域の健康な老人達まで有用な人材として捉えているなんて、さすがはエセリア様!! この人についていくと決めた、子供の頃の私の目に狂いはなかったわ!!)

 そこまで考えたシレイアは、エセリアの話が一区切りついたところで感極まったように叫んだ。


「現地で使用可能な人材を、とことん有効に使おうとするその無駄の無さ! 本当に素晴らしいですわ、エセリア様!」

「ありがとう。それで洗濯を外注する文化と言うか習慣が根付いたら、今度は外食ね。勿論、飲食店はあるけど、何というか……。庶民が気軽に家族揃って食べるような、雰囲気のお店は皆無なのよ。それは王都でも同様だけど」

 そんな新たな問題を指摘されたシレイアは、瞬時に難しい顔で考え込んだ。


「言われてみれば、確かにそうですね……。貴族向けの高級店ならともかく、子供連れとなると……。後は、酒場の延長みたいな感じですし」

「その辺りを改善する事で、外食による抵抗感を無くして常日頃気軽に利用できるようにすれば、外で働く女性達も家事の負担が少なくなって、かなり働きやすくなると思わない? 例えば食堂のシステムのビュッフェスタイルを、世間に浸透させるとか」

「本当に、エセリア様が仰る通りですね」

「シレイア。実は今言った一連の事は、あなたの事を念頭にして構想した物なの」

「私を、ですか?」

 予想だにしていなかった台詞に、シレイアは困惑した。そんな彼女に向かって、エセリアが静かに語りかける。


「あなたが王都から離れたアズール学術院に赴任したら、何かあった時に気軽に実家を頼りにできないでしょう? 一人で暮らすなら何とかなるかもしれないけど、結婚するとなるとそうも言っていられないから、仕事を続ける為に結婚を忌避している心境は理解できるわ」

「…………」

「でも私はあなたに、自分から自分の可能性と選択肢を狭めて欲しくないのよ。それでアズール学術院周辺から、《男女平等社会参画特区》として住民の意識改革を目指す事にしたの」

 そこまで無言で話に聞き入っていたシレイアは、盛大に溜め息を吐いて項垂れた。


「エセリア様……。やはりあなたは、私とは一回りも二回りもスケールが違う方ですね……。比べてみて、如何に自分が固定観念に縛られた、卑小な人間かを思い知らされました……」

「私はそこまで、偉い人間ではないわよ? 確認させて欲しいのだけど、結婚せずに独身のまま官吏として勤め上げた方は、これまで数は少ないけど、何人もいらっしゃるのでしょう?」

「はい、それはそうです」

「だけど、結婚後も仕事続けた方は皆無の筈。それなら、あなたが結婚後も仕事を続けたら、栄えある既婚女性官吏第一号になるのよね? それだけでも後進女性官吏達にとっての希望と羨望の的になる事は確実だけど、これで仕事上でも成果を上げたら、歴史の1ページに名前を残す事は確実だと思うわ」

「……名前を残す?」

「ええ。だって女性官吏の新たな可能性を切り開いた先駆者、つまり女性の社会進出時代の寵児じゃない。そうは思わない?」

(確かにそうかも……。だってアイラさんは退職するまで婚約期間中で、いまだに結婚はしていないし。カテリーナ様は結婚後も出仕しているけど、近衛騎士としての勤務だし。既婚女性官吏第一号……。私が?)

 笑顔で告げられた内容を頭の中で反芻していたシレイアは、一気に顔つきを明るくして叫んだ。


「女性の社会進出時代の先駆者…………。なんて、なんて素晴らしい響き!! エセリア様! きっとそれこそが、私が今まで心の中で、真に追い求めてきたものです!」

 そこでエセリアは、笑顔のままさりげなく彼女を持ち上げる。


「そうでしょう? 私は以前から、シレイアは単なる一官吏ではなく、目覚ましい働きを後世に残す人間だと確信していたわ」

「エセリア様……。私の事を、そこまで評価してくださっていたなんて……。感激です!」

「それで、女性達の仕事と家事育児の両立をサポートする為に、先程出したような事柄を考えてアズール学術院周辺での準備も進めているので、シレイアには仕事を続けても結婚を諦めて欲しく無いなぁと」

「勿論です! 絶対に仕事と家庭を両立させてみせます! そして後輩の女性官吏達の希望の星となりつつ、私の名前を歴史に刻んでみせますから!」

「……そう、頼もしいわね」

 鬼気迫る勢いで自分の台詞を遮りつつ宣言したシレイアを見て、エセリアは僅かに顔を引き攣らせながら密かに安堵の溜め息を吐く。その直後、慎重に話を進めた。


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