(4)女同士の話

 シレイアが待ち合わせの日時にカフェに出向くと、既に奥のテーブルに座っていたサビーネが、笑顔で軽く手を振ってきた。


「シレイア、こっちよ!」

「サビーネ。遅れてごめんなさい」

「遅れていないわよ。私が待ちきれずに、早く来過ぎてしまっただけだから」

 足早にサビーネのいるテーブルに足を進めたシレイアは、彼女の向かい側に座って注文を済ませてから、笑顔で祝いの言葉を述べた。


「まずは、結婚おめでとう。実際の挙式はまだ先だけど、もう色々忙しいんじゃない?」

「そんな事はないわよ? 前々から決まっていたことだから、去年あたりから少しずつ準備はしていたし。むしろ今の方が心身ともに余裕がある感じね」

「そうなの? それだったら良かったけど」

 そこで手元のお茶を一口飲んだサビーネは、声を潜めて説明を加えた。


「ほら、一昨年某男爵夫妻がやらかしたせいで、王都追放に加えて領地での蟄居になったでしょう? それで近衛騎士団がその領地への護送と当面の監視役を拝命して、イズファインも暫く派遣されて帰ってこれなかったもの」

 既に二年近く前の出来事であってもさすがに周囲を憚る話題であり、シレイアも若干身を乗り出しながら小声で応じる。


「そういえばそうだったわね……。王宮内で人伝に話を聞いていたけど、何だかんだで半年くらい向こうに派遣されていたのかしら?」

「そうなのよ。それで王都に戻ってきたら、今度はどちらの家でも立て続けに身内の不幸があって、服喪期間が続いたものだから。その間、大っぴらに祝い事はできないし、のんびりと水面下で準備を進めていたの」

「本当に、不幸って変な風に重なるものよね……」

 そこでシレイアが注文したお茶が運ばれてきたため、会話は一時中断した。そしてシレイアが一口お茶を飲んでから、話を切り出す。


「でも、無事に日取りが決まって良かったわ。それで、ささやか過ぎて申し訳ないけど、結婚のお祝いを持って来たの。良かったら受け取って?」

「嬉しい! ありがとう。ここで開けてみても良い?」

「勿論」

 そこでシレイアが差し出した包みを受け取ったサビーネは、早速包装を解いて木箱の中身を取り出した。すると片手で握り込めるサイズの、繊細なガラス製の一輪挿しが現れる。


「あ、素敵! ガラス製の花瓶ね。可愛いわ」

「有力な伯爵家の邸宅だと大抵の物は揃っているし、中途半端な物を贈っても場違いになってしまいそうで。だから敢えて、お屋敷には置いていないような物を選んでみたの」

「考えてみると、確かに大きな花瓶はあるけど、このサイズの物はあまり見かけないし使ったことはないかも。でも庭の花をちょっと飾りたいとか、書き物机や部屋のテーブルに飾るには、これくらいの大きさが適当ね。ありがとう。大事に使わせて貰うわ」

「そう言って貰えて良かったわ」

 本心からと分かる笑顔を向けられて、シレイアも胸の内が温かくなりながら深く頷いた。するとサビーネは花瓶を元通りしまってから、シレイアに尋ねる。


「そう言えば、シレイアの方はどうなの?」

「どうって?」

「結婚の話までは進んでいないでしょうけど、ローダスと順調に付き合っているのかなと思って」

「はぁ?」

 口元に持っていく途中のカップが不自然に止まり、シレイアが間抜けな声を上げたことで、サビーネは彼女以上に困惑した。


「え? 何? その反応?」

「私がローダスと、なんですって?」

「だから……、将来結婚するのを前提に、交際していると思っていたのだけど……。違うの?」

「…………」

 ここで女二人は、当惑しながら相手を凝視した。そして少しして、シレイアが深い溜め息を吐いてからサビーネに言い聞かせる。


「あのね、サビーネ。確かにローダスとは子供の頃からの付き合いで、男友達の中では一番気心は知れていると思うわよ? 思うし、何かと一緒に行動する事も多かったけど、いわゆるお付き合いとかいうものはしていないわ」

 それを聞いたサビーネは、意外に思いながら問いを重ねる。


「そうなの? 私、以前からそうだと思っていたのだけど……。シレイアから見て、ローダスってあまり魅力がないとか、結婚相手の条件を満たしていないと思っているの?」

「そういうわけじゃないけど……。まあ、確かに、昔から気心は知れているし会話は楽しいし、お互いの家族も含めて良く知っているし、官吏としての能力も十分だと把握しているから、結婚相手としては好条件だと思うわよ? だけどローダスだって、私のことを女性として興味を持っているとか思えないけど」

「どうしてそう思うの?」

「官吏として勤務し始めて半年くらい経過した頃から、いわゆるお付き合いというものをポツポツ申し込まれるようになってね」

「え? まさかその中に、ローダスより素敵な人がいたとか?」

「そうじゃなくて、その申し込みの殆どを、ローダスが仲介してきたのよ」

「…………はい? 何、それ?」

 さすがに話の流れについていけなかったサビーネが、怪訝な顔になった。するとシレイアが、怒りを内包させた声で説明を続ける。


「『同期に頼まれた』とか『先輩に頼まれた』とかで、ローダスから手紙を渡されたり、伝言を聞かされたの。今後の仕事の関係上手ひどく振るわけにもいかないから、特に先輩に当たる人達に対してやんわりとお断りするのに毎回神経をすり減らしているのに、なんで平然と仲介してくるのよ! 私の気苦労を察して、仲介を頼まれた時点で拒絶してくれても良いと思わない!?」

 その訴えに、サビーネは思わず遠い目をしながらシレイアに同意した。


「ああ……、ええ。そうね。それは確実に、ローダスが悪いわ。シレイアは悪くない」

「そうよね! それに私にそういう意味で好意を持っているなら、そもそも仲介なんかしないわよね!?」

「ええと……、まあ、そこら辺は、第三者にはなんとも言えないけど……」

「でも取り敢えず今のところは、結婚とか考えている暇はないけどね。いよいよエセリア様発案の、アズール学術院構想が今年中に本格始動する筈だし。実は私、そこに民政局から派遣されるのが内定したのよ」

 ここでシレイアは表情を一変させ、嬉々として報告してきた。サビーネも、シレイアが前々からそれを切望していたのを知っていたため、笑顔で祝いの言葉を口にする。


「そうだったの!? おめでとう! エセリア様から話を聞いてから、それにかかわるのを願っていたものね!」

「そうなの! もう今から胸が躍ってしかたがないわ。暫くはアズール伯爵領に詰めっきりになると思うから、そこに移動する前にサビーネの挙式に出席できて本当に良かったと思ってるの」

「それは私も嬉しいわ。でもそうなると、シレイアは暫くの間は仕事にかかりきりになりそうね」

「それで別に不服はないもの。結婚している人は山ほどいるけど、結婚していない人も山ほどいるわよ。気にしていないわ」

「それもそうね」

 どうやら親友が当面仕事に打ち込むのが確定し、結婚を祝うのはかなり先の事になりそうだなと判断したサビーネは、その事を少し残念に思いつつも、彼女がこれまで以上に活躍できますようにと心の中で祈っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る