(16)ワーレス商会王都本店にて

 とある休日。カテリーナはジャスティンの家に出向き、仕立ての良い服や靴を予めタリアが準備しておいた質素な物に着替えた。そして玄関から出掛けようとしたカテリーナを、タリアが慌てて引き留める。


「それではお義姉さん、この服をお借りします」

「あ、カテリーナ。出るのは裏口からよ」

「はい? どうしてですか?」

「王宮を出てから尾行されているかもしれないからと、その人を撒くためにナジェークさんが指示してきたの」

「尾行って……、誰がそんな事をさせると?」

「それが……、ジェスランお義兄様やエリーゼお義姉様だと……」

「考え過ぎだと思いますが」

「私もそう思うけど……」

 そこで女二人は訝しげな顔を見合わせたが、取り敢えずカテリーナは裏口から出る事にし、タリアに見送られて中央広場に出向いた。

 問題なく目的の場所に到着したカテリーナだったが、それなりに行き交う人がいる中で首尾良く相手を見付けられるかと、少々不安だった。しかし既に噴水の前で待ち構えていたナジェークが広場にやって来た彼女をすぐに見付け、軽く手を振りながら歩み寄って来る。


「やあ、時間ぴったりだね。良く似合っているよ」

 笑顔を振り撒きながら声をかけてきた彼を、カテリーナは至近距離でしげしげと眺めてから、冷静に指摘してみた。


「それはどうも。微妙な誉め言葉ね。だけど私には兄様の家で着替えてくるように言っておきながら、あなたの出で立ちには少々違和感があるのだけど」

「そうかな?」

「確かに服のデザインは動き易い、作業し易い物でしょうけど、生地や仕立て具合が良いのが見て取れるわ」

「なるほど。今後、調達する時に気を付けよう」

 自分の服を見下ろしながら素直に頷いたナジェークだったが、カテリーナは続けて最大の疑問を口にした。


「それから……、その腰に下げている細長い袋に何を入れているの?」

「ちょっとした荷物だから、気にしないでくれ」

「荷物? ところで、今日はどういう予定なの? こちらの意向丸無視で呼びつけたのだから、それ相応の理由があるのでしょうね?」

 腰のベルトにくくりつけてある細長い長方形の袋に、カテリーナは違和感しか覚えなかったが、ナジェークがあっさりはぐらかした為、それ以上の追及は止めて今後の予定について尋ねた。すると彼が笑いを堪える表情で告げる。


「単に卒業以来、君と滅多に顔を合わせる機会が無くなったから、親交を深める予定だけどね。それに、折り入って話したい事とか、プレゼントしたい物もあるし」

「……どれもこれも、胡散臭いのだけど」

「悲しいな。君は私をまだまだ誤解しているよ。やはりお互いの理解を深める必要があるな。取り敢えず行こうか」

 そう言って歩き出したナジェークの後を、カテリーナは慌てて追った。


「どこに?」

「ワーレス商会王都本店。今日はそこで、君にぴったりの物を選ぶよ」

「何を?」

「それは見てからのお楽しみ」

(ワーレス商会の本店……。書店の方には以前顔を出した事はあるけど、そちらに出向くのは初めてね。だけど、嫌な予感しかしないわ)

 それから楽しげな笑顔で色々話しかけてくるナジェークに相槌を打ちながら、カテリーナは一抹の不安を拭いきれないまま歩き続けた。


「お邪魔するよ。約束しているんだが、デリシュはいるかな?」

 大して歩く事無く目的地に到着したナジェークは、店内に入って身近にいた店員に声をかけた。するとこれまで何度も出入りして見知っていた彼を認めて、店内のあちこちから歓迎の声がかけられる。


「ナジェーク様、いらっしゃいませ!」

「デリシュさんは今奥にいますので、先に応接室にご案内します」

「すぐにデリシュさんも出向きますので」

「ありがとう、お願いするよ」

 二人は即座に店員に先導され、店の奥へと進んだ。そして通された部屋に設置してある、食卓としても使えるような大きめのテーブルを回り込み、隣り合って座り心地の良い椅子に座る。


(ここは応接室というか、落ち着いて商談をする部屋と言う位置づけなのかしら? テーブルや椅子を含めた内装が、嫌みにならない程度に質が良いわ)

 カテリーナが興味深そうに室内を観察しているうちに、使用人らしき女性を引き連れたデリシュが現れた。


「ナジェーク様、お待たせいたしました。お久しぶりです、カテリーナ様」

「忙しいところ、無理を言ってしまってすまない」

「ご無沙汰しております、お邪魔します」

「いえ、お元気そうなお顔を見られて良かったです。お二人とも、まずはこちらをどうぞ」

「ありがとう」

「ご馳走になります」

 女性がトレーで運んできたティーカップを目の前に置かれ、カテリーナは勧められるままご馳走になったが、その中身を味わって軽く目を見張った。


(茶葉をけちるような真似はしないだろうと思ってはいたけど、茶器共々文句なく最高レベルだわ。さすがは、今を時めくワーレス商会。一切の手抜きは無いのね)

 カテリーナが感心しながらお茶の味と香りを楽しんでいる横で、男二人が会話を始める。


「ところで、例の試作品はどうなったかな?」

「材質や形状について試行錯誤した結果、なかなか効果的な物ができました。サイズも色々取り揃えて、作ってあります」

「それは良かった。頼んでいた通り、ここで彼女に渡せそうだね」

「何の話?」

 どうやら自分に関係する話らしいと分かったカテリーナが何気なく尋ねると、ナジェークが向き直って笑顔を振り撒いた。


「君にプレゼントしたい物があってね。直接手に合わせてみないと、使えない物だから」

「別に要らないわよ、そんな物」

 思わず反射的に口走ってしまったカテリーナだったが、ナジェーク達は笑顔で宥めてくる。


「まあまあ、そう言わずに。ワーレス商会での力作みたいだしね」

「はい! きっとお気に召して貰えると確信しております!」

「まあ……、そこまで言うのなら……」

(手に合わせるとか材質や形がどうとか言っていたし、指輪の事よね? これまでそう言った物は貰っていなかったし、お父様達には内緒で貰ってしまっても良いわよね)

 話を聞いて悪い気はせず、一体どんな物をくれるつもりなのかと、カテリーナが内心でわくわくしながら様子を窺っていると、ドアがノックされた。


「デリシュさん、お持ちしました」

「ありがとう。こちらに置いていってくれ」

「はい」

 そこで男性がテーブルの上に乗せた箱を見て、カテリーナは首を傾げた。


(あら? 随分大きな箱。まさかこれ全部に、指輪が入っているわけじゃ無いわよね?)

 横幅は人の身体ほどあり、奥行きもその半分程の長さのあるその箱に、びっしりと指輪が並べられていたら数十個以上は確実に入っている筈であり、幾らなんでもそんな非常識な事はしないだろうと、カテリーナは横目でナジェークの様子を窺った。


「それではご覧ください」

「……は?」

 そこでデリシュが開けた箱の中身を確認した彼女の目が、驚きで点になる。しかし男二人はその中身について、真顔で語り始めた。

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