(11)王妃との語らい

 予定の時刻より少し前に子供達を引き連れて王宮に出向いたミレディアは、滞りなく奥へと通され、王妃の私室へと足を踏み入れた。

「お久しぶりです、お姉様」

 礼儀を守って恭しく頭を下げたミレディアに、彼女の姉であるマグダレーナは、親しげに微笑みかける。


「本当ね、最近は色々と忙しない事ばかりで……。あなたの顔を見るのを、楽しみにしていたのよ? それに今日は、あなたの秘蔵っ子を紹介してくれるのでしょう?」

「まあ……、エセリアの事がどの様にお姉様の耳に伝わっていたのか、少し怖いですわ」

 どこか茶化すものを含んだ姉の物言いに、ミレディア苦笑してから、自分の後方に横一列に並んでいた子供達を振り返って促した。


「皆、ご挨拶なさい」

 それを受けて、まずコーネリアが一歩前に出て一礼する。

「王妃様、またお目にかかれて嬉しいです。以前頂いた教本に載っていたデザインで、ハンカチに刺繍をした物を持って来ました。宜しければお使い下さい」

「ありがとう、コーネリア」

 そう言ってから歩み寄り、彼女から差し出された小さな包みを受け取ったマグダレーナは、早速中身を取り出して感嘆の声を上げた。


「まあ、素敵な刺繍だこと! 大事に使わせて貰うわね」

 そこでコーネリア、笑って元の位置に戻ると、次にナジェークが口を開いた。


「お久しぶりです、王妃様。乗馬用の馬を贈って頂いて、ありがとうございました。まだ普通の馬だと大きいので、あの大きさの馬を頂けて助かりました」

「頑張って乗馬を練習して下さいね?」

「はい!」

 そんな微笑ましいやり取りを聞きながら、エセリアは一人、緊張しまくっていた。


(さすがにお姉様もお兄様も、慣れている感じ。うぅ、緊張する。何か変な事を言ったらどうしよう)

 するとナジェークの話に一区切りついても黙っているエセリアを不審に思ったのか、ミレディアが控え目に声をかけてきた。


「エセリア?」

「あ、は、はい!」

 そして我に返ったエセリアは、慎重に一礼しながら自己紹介をした。

「王妃様には、初めてお目にかかります。エセリア・ヴァン・シェーグレンです。宜しくお願いします」

 その緊張感溢れる、初々しい様子を見たマグダレーナは、思わず笑いを零した。


「まあまあ、ミレディアに似て、とても可愛らしい事。ディグレス殿に似て、才気溢れる聡明なご令嬢だと聞いていたから、これほど愛らしいとは予想だにしていなかったわ」

 それを聞いたミレディアが、少々拗ねた様に言い返す。


「お姉様。それではディグレスに似たら、可愛くないと仰るの?」

「だって真面目なのは良いけれど、ちょっと堅物過ぎる所があるでしょう?」

「……否定できませんわね」

 互いに苦笑いしながらのやり取りを見て、エセリアの緊張も徐々に解れてきた。


(なんだかさっきまでとは違って、王妃様とお母様との会話が、急に砕けた感じに……。でもこの方が、姉妹らしくて良いわよね)

 そんな風に微笑ましく思っていると、ミレディアが思い出した様に言い出した。


「いけない、話に夢中になってしまったわ。エセリアの話の途中だったわね。今回エセリアが、お姉様にお持ちした物があるのです」

「あら、何かしら?」

「エセリアが去年からワーレス商会と提携して、色々な玩具や本を開発、販売をしている事はご存知でしょう?」

「ええ、勿論。ワーレス商会側はそれを大々的に宣伝したりはしていませんけど、シェーグレン公爵家のパーティーに参加した者達にとっては、周知の事実ですもの。そんな子が私の姪だなんて、本当に鼻が高いわ」

 嬉しそうにそう言われたエセリアは、笑顔で申し出た。


「ありがとうございます。それで今日は、新作の玩具を王妃様にお持ちしました!」

「まあ、新作を?」

「はい。まだ一般には売り出していない、試作品段階の物なのです。今日は王妃様に、これでお楽しみ頂こうと思いまして。勿論、玩具とは言っても、これは寧ろ小さい子供より、ある程度大きい子供や大人でないと、面白さが分からないと思います」

 そう説明を受けたマグダレーナは興味を引かれたらしく、軽く身を乗り出しながら尋ねてきた。


「面白そうね。早速試してみても良いかしら?」

「はい、そうしましょう! それではそちらの丸テーブルを使わせて貰って宜しいですか? それと、その周りに人数分の椅子を置いて欲しいのですが」

「ええ、構いませんよ? カーラ、リスベル、お願い」

「畏まりました」

 少し離れた所で控えていた侍女にマグダレーナが指示すると、二人はきびきびと動き始めたが、一人がエセリアに問いを発した。


「エセリア様、椅子は何脚並べれば宜しいでしょうか?」

「え? 全員分でお願いします。こういう物は、大勢で参加した方が楽しいので」

 それを聞いたマグダレーナが、意外な事を聞いた様な顔で口を挟んでくる。


「参加者が多いほど楽しい物なの?」

「はい! 手に汗握る、ドキドキワクワクの展開なのですわ!」

「そう。それなら……、カーラとリスベルにも参加して貰って構わないかしら?」

「勿論、大歓迎です!」

「そういう事だから、あなた達も参加なさい。できるだけ楽しみたいわ」

「はぁ……、恐れ多い事ですが……」

「同席させて頂きます」

 エセリアの主張を聞いたマグダレーナは、微笑みながら侍女達に促し、彼女達は若干不安と恐縮が入り交じった表情になりながらも、人数分の椅子をテーブルの周りに配置してから、自分達もその椅子に座った。


(ええと、そうすると参加者は七人。うん、大丈夫。念の為に駒を八個揃えておいて良かった)

 そして全員が席に着いた所で、エセリアが徐に目の前に広げられた大きな用紙と、そこに乗せられた品物についての説明を始めた。


「それでは皆様に、この楽勝人生(デン・ト・イケー)のルールをご説明します。まず、ここに八色の駒がありますので、好きな色を一つずつ選んで、こちらの《出発》と書いてある枠内に置いて下さい」

 そう言ってエセリアが手元にある、自分の親指程の駒を指し示すと、やはり自然に高貴な者からという流れで、ミレディアがマグダレーナを促した。


「お姉様、どうぞお先に」

「それなら……、赤かしら。次はミレディア、あなたが取りなさい」

「そうですね……、水色にしましょうか」

 それからは子供達は年齢順、最後にマグダレーナ付きの侍女二人が選んで、全員が出発枠内に駒を置いた。


「皆様の駒が決まりましたので、次はこれです!」

 そしてエセリアが得意げに掌に載せて差し出して見せた物を見て、事前に見せて貰っていたコーネリア以外の面々は、揃って首を傾げた。


「あら? 何やら見慣れない形と模様ね」

「はい、これが運を天に任せるアイテム、《コロコロ》です!」

「は?」

 それは立方体の形に削ったコルクの一面ごとに、それぞれ1から6までの数字を書いた物だったが、その使い方が全く理解できなかった面々は、益々怪訝な顔になった。その反応を見たエセリアは、見た方が早いとばかりに、それを用紙の上で転がしてみせる。


「この様に、名前通りにコロコロ転がして、上に出た数字の数だけ、《出発》から繋がっているマス目を、《到着》と書かれた枠目指して進むのです」

「なるほど。でもエセリア、このマス目には色々書いてあるのだけど……」

 ミレディアが自信なさげに尋ねた為、エセリアは真顔で説明を加えた。


「そのマスに止まったら、そこに書かれた指示に従わなければならないのです。一回休んで次の順番の方に回すとか、何マス戻るとか。逆に何マス進むとか、二カ所分岐がありますので、そこでコロコロで進路を決めたりします」

 それを聞いたマグダレーナは少し悩む素振りを見せたものの、すぐに明るい笑顔で周りを促した。


「良く分からないけど、面白そうね。早速やってみましょう」

「そうですね。それではちょうど駒を選んだ順番に座っていますので、王妃様からどうぞ」

「あら、良いのかしら」

「ええ、勿論」

「それでは……、こうかしら?」

 そしてエセリアからコロコロを受け取ったマグダレーナは、それを恐る恐る転がしてみた。するとそれは6を上にして動きを止める。


「お姉様、6が出ましたわ。エセリア、6マス進めるのよね?」

 ミレディアに尋ねられ、エセリアは出発から六つ目のマスを指さしながら、笑顔で告げた。


「はい、ここまでです。6は一番大きい数字ですのよ? 最初からその数を出すなんて、さすが王妃様です!」

「まあ、そんなの偶然よ?」

「でも、運を引き寄せるのも一種の才能ですもの!」

「あらあら、エセリアは口がお上手ね。あの寡黙なディグレスの娘とは思えないわ」

 そして上機嫌に自分の駒を進めたマグダレーナを見て、エセリアは満足そうに微笑んだ。


(うふふ、こんなヨイショ位、王妃様が楽しく過ごして下さるなら、幾らでもやってみせるわ。皆の食いつきも良いし、楽勝楽勝)

 ゲームを開始した当初は、そんな余裕を見せていたエセリアだったが、それが進むにつれて大きな落とし穴が待ち構えていた。

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