(4)期間限定契約国王

「勉学も武術も社交術もそつなくこなすどころか、教師陣も絶賛だったのだぞ!? 確かに生母の実家の後押しが弱く、他の王子を押す貴族連中との軋轢は多少あったが、能力と人望を兼ね備えているのは明らかで立太子されるのは時間の問題だと目されていたのに、言うに事欠いて『面倒くさい』とは何事だ!! ふざけるのも大概にしろ!!」

「叔父上、落ち着いてください」

「さすがに頭にきて、『貴様、王子である身を何だと思っている!?』と叱りつけたら、『だから誰にも非難されないだけの教養と武術を身に着けたのだろうが。王族としての対面を保ってやったのに、これ以上の面倒など誰が好き好んで引き受ける理由がある。他の連中がなりたがっているから、そいつらにやらせれば良いだろうが』と平然と返しやがったんだ!!」

「分かりました! 分かりましたから、少し冷静になりましょう! お身体に障ります!」

 忍耐力に関する何かが切れた如く、テオドールがこの場にいない主君に対して暴言を吐きまくる。その内容以前に叔父の体調を心配したランタスが、横から必死にテオドールを宥めた。


「皮肉なものだな……。最も国王に相応しい人物が、最も王座に執着しない人物だったとは……」

「ですが、そんなに王座を毛嫌いしていた方が、どうして即位されたのかしら? もしかして、泣き落としでしょうか?」

 兄妹が顔を寄せてコソコソと囁き合ったが、どうやら年齢の割に耳は良かったらしいテオドールが吠えた。


「あれが、そんな殊勝な者かっ!! 我らが揃って泣き伏して懇願したのを、鼻で笑って見下ろしておったわ!!」

「叔父上、冷静に! 顔が真っ赤ですぞ!? まずは茶を一杯飲んで落ちつきましょう!!」

 甥からの必死の形相での懇願に、テオドールは何とか平常心を取り戻して大人しくカップを口に運んだ。そして静かに飲み進める大叔父を眺めながら、リロイとマグダレーナが溜め息まじりに言葉を交わす。


「陛下は温厚そうに見えて、実は相当タチが悪い方だったらしいな」

「我が国の国王が、そんな方だったなんて……」

「そう言えば先程、大叔父上が『才能があってもやる気が皆無』と仰られていたが」

「そんな陛下を、どうやって真面目に働かせていたのかしら……」

「……仕方がないから、契約した」

「はぁ?」

「え?」

 唐突にぼそりと告げられた言葉に、兄妹は怪訝な顔を向けた。すると二人の視線の先で、苦々しい顔つきになりながらテオドールが話を続ける。


「『国土と国民が存在した上での王家だろうが! 怠け者の貴様が今まで安穏と暮らしてこれたのは、豊かな国土と勤勉な国民から恵みと利益を収奪してきたからだぞ! それくらいの恩恵を返してから、どこぞへ出奔でもなんでもしろ! それなら貴様など引き留めはせん!』と一喝したのだ」

「幾ら何でも、その物言いは……」

「不敬罪だと非難されなかったのですか?」

「そうしたら『それも道理だな。仕方があるまい。これまで王族として生きてきた二十二年間だけ、国王をやってやる。後は知らん』と奴が宣言し、当時の陛下を有無を言わさず幽閉蟄居させ、瞬く間に王宮内を完全制圧し、貴族達に水面下で根回しをして即位した。その後の奴の辣腕ぶりは、記録の残っている通りだ」

「大叔父上……、まさか国王の即位が、契約だと?」

「大叔父様達と陛下との熱量が違い過ぎるのが、如実に分かるお話ですね……」

 経過を聞かされたリロイとマグダレーナは、もう驚くのを通り越して呆れ果ててしまった。しかしテオドールの容赦ない話は、全く終わる気配を見せなかった。


「それから諸々の問題に真摯に取り組み、国内に平穏が戻った頃は、もう即位前の戯言など忘れ去っていたかと思っていたのだ。そうしたら十年程前、奴が唐突に言い出した。『あと十二年だ。お前達で適当に後継者を決めておけ』とな」

 その時の大叔父を含むこの国の重臣たちの心情を思い、リロイとマグダレーナは項垂れた。


「微塵も忘れていなかったわけですね……」

「首尾一貫ぶりは、聞くだけなら清々しささえ覚えますが……」

「あれは、やると言ったらどれだけ周囲に迷惑をかけようが、必ずやる男だ。期限になったら、確実に失踪する。私の首を賭けても良い」

「そんな事を断言されても……」

 そんなろくでもない事を断言されてしまった二人は、本気で頭痛がしてきた。


「昨日まで存在していた国王が突如として失踪したら、どうなると思う? 王宮内は混乱の極みに陥るぞ。後継者も決まっていなかったら尚更だ。どうだ、最悪だろうが?」

「いえ、幾ら何でも、一国の国王がそこまで非常識では」

「常識があるなら、そもそも期間限定で国王に就任するなど言及せんし、後継者くらい自分で決めるはずだ。違うか?」

「…………」

 大叔父の主張に全面的に賛同してしまった二人は、思わず無言になった。応接室に重苦しい沈黙が漂ったが、軽い咳払いの後、ランタスがその沈黙を破る。


「それで、だな。マグダレーナ」

「はい、お父様。何でしょうか?」

「叔父上達が幾ら説得しても、陛下は本気で後継者を決める気が皆無だったし、今でもそうだ。それで進退窮まった重臣達内密に相談して、『それではこちらで後継者を選定しますので、選定する責任者を選んでいただきたい』と懇願して、譲歩を引き出した」

「それは、ええと……、つまり、どういう事ですの?」

 微妙に自分から視線を逸らしつつ話を切り出してきた父の様子に、マグダレーナはそこはかとなく嫌な予感を覚えた。しかしここで話を終わらせるという選択肢など無く、詳細についての説明を求める。するとテオドールが、話の後を引き取った。


「臣下が勝手に後継者を選ぶのは差し障りがあるので、陛下が後継者選定を全権委任する人物を選ぶことになったというわけだ」

 それを聞いたマグダレーナは、僅かに両目を眇めた。


「それは……。率直に言えば陛下と大叔父上達、双方の責任逃れではありませんか?」

「端的に言えばそうだ」

「……堂々と言い切らないでください」

 段々話の筋が見えてきたマグダレーナが、内心で湧き上がってくる怒りを抑え込んでいると、ランタスが決定的な内容を告げてくる。


「それで、だな……。陛下は重臣の方々に『後継者を選定できる能力を持ち合わせた者を、人数は問わないからお前達の家族親類知人の中から選んで、名簿にして渡せ』と厳命され、各自これはと思う人物の名前を列記して、陛下にお渡ししたそうだ。叔父上はその時に、よりにもよってお前の名前を書き連ねたそうでな……」

 もの凄く言い難そうに父が口にした台詞を耳にした瞬間、マグダレーナの怒りが振り切れた。




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