(3)国難時代の真相
執事長に先導されてやってきたテオドールは、分家当主と本家当主の立場で、若いランタスに対して深々と頭を下げた。
「ご無沙汰しております、キャレイド公爵。ご息災のようでなによりです」
「宰相閣下もお変わりなく」
ランタスとのやり取りの後、彼は父の背後に控えていたリロイとマグダレーナに視線を向ける。
「ご子息とご令嬢も、ご立派にお育ちになられましたな」
「はい。相変わらず人生を謳歌しております」
「私は先程から、とても人生を楽しむ心境にはなれずにおりますが」
「ほう? それはそれは……。まだうら若いご令嬢が、人生を憂うのは似合いませんな」
(誰のせいだと思っているのよ!? 絶対この人が諸悪の根源よね!!)
にこやかに微笑む目の前の老人を罵倒したい欲求を、マグダレーナは必死に堪えて笑顔を取り繕った。
「皆、下がって良い」
「畏まりました」
ランタスの人払いに応じて、執事やメイドが応接室から出て行く。そしてソファーにランタスとテオドール、その向かい側にリロイとマグダレーナが座ってから、和やかな空気が一変した。
「さて、ランタス。マグダレーナにはどこまで話をしている?」
つい先ほどまでとは違い、宰相と公爵家当主、もしくは年長者と年少者の立場でテオドールがランタスに尋ねた。対するランタスも、それが当然の如く応じる。
「クレランス学園入学後、一年間の間に立太子するのに相応しい王子を見極めるよう伝えたところです。第三王子を選択した場合、マグダレーナと婚約させるのも説明しました」
「そうか……。どうだ、マグダレーナ。私に聞きたいことはないか? この際だ。遠慮せずに何でも尋ねてみなさい」
重々しく告げた重鎮を真っ向から見据えつつ、マグダレーナはまず最大の疑問を口にした。
「大叔父様にお伺いしたい事は山ほどございますが、まず第一に、どうして国王陛下が選定すべき次期国王を、多少の血縁関係があるとはいえ現王家とは関わり合いがない我が家で決めなくてはいけないのでしょうか?」
その問いかけに、テオドールは即答した。
「陛下に全く選ぶ気がないからだ」
「は?」
「陛下にやる気が皆無だからだと言っている」
「いえ、あの……、誠に申し訳ありません。大叔父様が何を仰っておられるのか……」
テオドールの台詞はきちんと聞き取れたものの、その意味する所が理解できなかったマグダレーナは、本気で当惑した表情になった。彼女の様子にランタスとリロイはさもありなんといった様子で無言で頷き、テオドールは怒りを内包した口調で話を続ける。
「この二十年間、有り余る才能があってもやる気が皆無のあれを宥めすかし、問答無用で執務室に放り込み、不審がられないよう周囲を誤魔化しつつ、後宮の揉め事も表面化させずに押さえ込み、日々政務を回すのにどれだけ骨が折れたか、その苦労がお前に分かるか?」
「……申し訳ありません。全く分かりません」
「うむ、お前の潔さは美点の一つだな。それではこの間の事情を知らされていないお前にも分かるように説明しよう」
「よろしくお願いします」
何やら想像外の王宮の闇を聞かせられそうな予感に、マグダレーナは慄きつつも瞬時に腹を括った。そしてテオドールが語り始めた内容は、予想以上にとんでもなかった。
「二十程前、我が国は建国以来、最大の危機に見舞われていた。それは歴史を学んでいれば、当然認識していると思うが」
そこでマグダレーナは、真剣な面持ちで頷く。
「確かに、当時は酷い状況でしたね……。きっかけは冷害で作物が育たず、全国的な食糧不足に陥った事。それから集中豪雨による河川の氾濫と、その被害地から広まった疫病が国土全域に蔓延。更に隣国との国境を巡る紛争が勃発し、更に他の国との交渉がこじれて穀物輸入が困難になったのですよね? それから」
「分かっているなら、それ以上は良い。それで、それについてのお前の感想は?」
「当時王子だった国王陛下と大叔父様達が、昼夜を問わず事態打開に向けて奮闘なさって、事なきを得たのを存じております。本当にご苦労様でした。当時の事を推察するだけで、頭が下がる思いです」
(本当に、当時の記録を初めて読んだ時、どこまで災いが重なるものかと戦慄したと同時に、よくぞこれを乗り越えたものだと感動して胸が震えたもの。陛下と陛下を支えた皆様の功績は、本当に大きいわ)
マグダレーナは、当時を感慨深く思い返した。しかしここでテオドールが、吐き捨てるように言い出す。
「ああ。本当に大変だったとも。当時の国王は、たとえどんな天変地異が起きても女の尻を追う事にしか頭にない、変態無能野郎だったからな」
「……はい?」
その遠慮がなさすぎる言葉に、マグダレーナは一瞬頭の中が真っ白になった。それをきいたランタスが、さすがに苦言を呈する。
「叔父上……。気持ちは十二分に理解できますが、仮にも先王陛下ですので少しは言葉を選んでください」
「この家でくらい、好き放題言わせんか」
「相当、鬱屈が溜まっていましたね。気持ちは分かりますが……」
そこでうんざりした顔つきの父から隣の兄に視線を移したマグダレーナは、声を潜めて尋ねた。
「お兄様……、先王陛下がどんな方か知っていますか?」
「いや、そう言えばほとんど存じ上げないな。私達が子供の頃から、もう地方の直轄領で隠居生活を送られているし」
「そうよね。大きな公式行事でも、王都に戻られた話を聞いた覚えがないわ」
「お亡くなりになったという話は聞かないのだがな……」
兄妹でボソボソと話し合っていると、それを耳にしたらしいテオドールが解説を加えてくる。
「あれが王都付近に留まっているとトラブルしか起こさんから、女達とまとめて隠居所に幽閉しただけだ。それを主導したのが、今の国王陛下だ」
「幽閉…………」
「トラブル、ですか……」
仮にも先王をあれ呼ばわりした大叔父を、リロイとマグダレーナは何とも言えない表情で見やった。それには構わず、テオドールが話を続ける。
「話を戻すぞ。国難当時、国政に携わる上層部が額を突き合わせて協議した。その結果、『あれではこの難局を乗り切れない。とっとと首を挿げ替えるべきだ』という結論に達した」
その容赦がなさすぎる物言いに、そこまでの事情は知らされていなかったリロイと全く初耳のマグダレーナは、揃って戦慄する。
「あの……、それは一般的には、クーデターというものでは……」
「当時、そんなハードな状況だったのですね……。全く存じませんでした。それで、現国王陛下を担ぎ上げたと。そんな無能な王の息子に、有能な方がいらして良かったですね」
「確かに陛下は有能だ。他の王子と比べて、比較にならないくらい有能だった。それで、国を憂う重臣たちがこぞって国王就任を懇願しに行った時、陛下は何と言ったと思う?」
真顔で問いかけられた二人は、無言で顔を見合わせた。それからリロイが、慎重に口を開く。
「……父王を押し退けるのは心苦しいと、固辞されたとか?」
「面倒くさい」
「はい? 今、何と仰いました?」
「『国王なんて、面倒くさいのを誰がやるか』と言い捨てられた」
「………………」
苦々しい口調で告げられた王族にあるまじき台詞に、リロイとマグダレーナは無言で顔を引き攣らせる。次の瞬間、テオドールの怒りの叫びが室内に響き渡った。
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