(2)予想の斜め上の展開
「マグダレーナ、少し落ち着こうか。それから、そこまで第三王子の立太子の可能性を否定する理由を聞いても良いかな?」
「お兄様! 何を真顔で世迷い言を仰っているのですか! 一々言わなくてもお分かりだとは思いますが、確かに第三王子のエルネスト殿下は隣国の王女であられた王妃陛下がお生みになられた、唯一の男子です!」
「そうだね。だから血統は、ご兄弟の中で一番優れている筈だが?」
含み笑いで話の先を促してきた兄に内心で苛つきつつ、マグダレーナは説明を続けた。
「確かに第三王子の血筋が、ご兄弟の中では最も優れていると言えます。言えますが、ただそれだけです」
「なかなか辛辣だね」
「事実ですから。王妃陛下の生国のグルーネルドとは五年ほど前から貿易問題で紛糾し、先方が代替わりした事もあって、かの国の我が国に対する影響力は著しく低下しております。それに加えて、輿入れ直後からの彼女の社交界での立ち回りがまずかったこともあって、王妃陛下に対する国内での支持層は皆無に等しい状態です。本当に、下手を打つにも程があると思いますわ。あれではプライドだけが高い、無能な女性ではありませんか」
マグダレーナは自国の王妃を酷評した上、あっさり切って捨てた。それを聞いたランタスは、さすがに公爵家当主として苦言を呈する。
「マグダレーナ……。確かにそうだが仮にも王妃なのだから、もう少し言葉を選んでくれ」
「『仮にも王妃』とか口にしている段階で、お父様の王妃様に対する忠誠心の度合いが知れますわね」
「本当に容赦ないな」
娘の物言いに否定も肯定もせず、ランタスは苦笑を深めた。そこで笑いを堪える表情で、リロイが声をかけてくる。
「マグダレーナ。逆に考えてはどうかな?」
「逆、とはどういう意味でしょう?」
「そんな殆ど支持基盤がない王子を我が家が後見する事になったら、彼に相当恩に着せる事ができて、今後我が家の影響力が増すとは思わないか?」
それを聞いたマグダレーナは、うんざりとした顔つきで述べる。
「お兄様……。確かにそうかもしれませんが、そんな風に都合良く事が運ぶとは到底思えません。それに、相手が恩に感じますか? 元々不遇だっただけで、当然の権利だと増長しないとも限りません」
「それは周囲の問題だ。私は王子達のそれぞれの気質と能力と才能を総合的に吟味した上、そう判断した」
そこで唐突に告げてきた父に、彼女は驚きの視線を向ける。
「そうなのですか? エルネスト殿下に直にお会いしたのは何かの公式行事で一回か二回程度ですから正直印象が薄いのですが、お父様のお眼鏡に叶うほど英邁な方でいらっしゃるのですか? 噂になっていませんし、全く存じ上げませんでしたが」
「いや、至って平々凡々な方であらせられる」
「まあ、愚鈍ではないのは確かだね」
淡々と述べる二人に、マグダレーナは頭痛がしてきた。
「お父様、お兄様。幾らなんでも、遠慮が無さすぎるのでは……。それならどうしてエルネスト殿下を推したがるのか、私には皆目見当がつきません」
殆ど愚痴っぽくマグダレーナが呟く。するとここでランタスとリロイは、冷静な口調ながらとんでもない事を言い出した。
「だからお前に、クレランス学園在学中にエルネスト殿下を本当に推して良いか見極めて貰いたい」
「マグダレーナが、エルネスト殿下が時期国王に相応しいと判断したら、我が家は正式に殿下支持を表明する運びになっているんだ」
「同時にお前を殿下の婚約者にするから、そのつもりでな」
「だから殿下と結婚したくなかったら、他の王子を立太子させるように言えば良い。本当に私達は、どちらでも構わないから」
うっかり「はいそうですか」と聞き流しかけたマグダレーナは、事の重大さに気がついた瞬間、周章狼狽した。
「え、えぇ!? あの、ちょっと待ってください、お父様、お兄様!! 話が飛躍しすぎではありませんか!? まるで私が、立太子の選定権を握っているような物言いですが!?」
「少なくとも、我が家ではそうだ」
「マグダレーナの判断力と決断力は、我が家で一番だからね。頑張ってくれ」
「そんな無茶ぶりは止めてください! 二人とも、何を考えているんですか!? 第一、我が家でエルネスト殿下を推したとしても、我が家だけでしょう! 立太子できる可能性は無に等しいと思いますが!?」
必死に言い募ったマグダレーナだったが、ここでランタス達は重々しく告げてくる。
「実はこの事は、叔父上も了解済みだ」
「というか正直に言うと、何年か前に向こうから持ちかけてきた話なんだよ」
父と兄の真剣な面持ちに加え、言及された人物についての該当者を推察したマグダレーナは、瞬時に顔色を変えた。
「『叔父上』と言うと……、テオドール大叔父様ですか? そうなると、まさか国王陛下もご存じのお話だと仰るのではありませんよね?」
キャレイド公爵家分家筆頭当主であり、先代国王の時代から宰相を務めている大叔父、テオドール・ヴァン・キャレイドの名前が出てきた時点で、マグダレーナは今までの話が、単なる一公爵家内での話に留まらない可能性を察した。
「分かっていると思うが、このことは他言無用だよ? マグダレーナ」
「今の今までこんな話を隠匿して涼しい顔をしておられただなんて、本当に思っていた以上の食わせ者でしたわね」
ここで表情を緩めておかしそうに笑いながら口止めをしてきた兄を、彼女は軽く睨み返した。そんな娘を、ランタスが苦笑いで宥める。
「まあ、一度に色々言われても混乱するだろうが、この機会に色々と詳細について話していただこうと、今日お呼びしているんだ。そろそろ到着の頃合いだと思うのだが……」
「どなたが到着されると?」
何やら嫌な予感を覚えたマグダレーナだったが、そこで礼儀正しくノックの音と入室の許可を求めた上で、執事長が応接室に入って来た。そして恭しくお伺いを立ててくる。
「旦那様、失礼いたします。テオドール様がいらっしゃいました。こちらにお通ししても構いませんか?」
「勿論だ。すぐにお通ししてくれ。それから叔父上の分の茶も頼む」
「畏まりました」
そこで長年にわたって国政を支えてきた国の重鎮、かつ父達以上の食わせ者の来訪が決定し、マグダレーナは疲労感を覚えながらがっくりと肩を落とした。
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