(23)自業自得

「キャリー、カテリーナ!」

「例の話は聞いた!?」

「……聞いていると思うわ」

「予想以上にざわついていますね……」

 食堂に入るなり近くの席に座っていた同僚達に声をかけられたキャリーとカテリーナは、うんざりしながら相槌を打った。その後食事を受け取り、彼女達のテーブルで一緒に食べながら噂話に花を咲かせていると、出入り口の方からざわめきが伝わってくる。


「あ、ちょっと見て、あれ……」

「さすがに、面目無さそうにしているわね」

「あれだけ得意満面で吹聴していたのに、立場がないでしょう」

 ふて腐れているようにも見えるアベル・ヴァン・コーウェイが、俯き加減で一人食堂にやって来たのを認めた周囲は声を潜めて囁き合ったが、正直これ以上この騒ぎに関わりたくなかったカテリーナは黙って食べ進めた。

 彼は無言のままカテリーナ達のテーブルを通り過ぎて行ったが、少し離れたテーブルに着いていた騎士達に何やら言われた途端、そのうちの一人の胸ぐらを掴み上げて怒声を張り上げる。


「……何だと、貴様!? もう一度言ってみろ!」

「え?」

「あそこで何を揉めているの?」

 反射的にカテリーナ達が視線を向けると、そのテーブルに着いていた全員がアベルに向かって嘲笑を浴びせた。


「俺はただ、兄貴が横領で懲戒免職になるなんて、大変だなと同情しただけなんだが?」

「お前は良かったよな? 間違っても騎士団内の経費を預かる人員じゃなくて。さもなければ今頃、騎士団の予算も精査されている筈だ」

「噂では王室から損害分を返却するようにとコーウェイ侯爵家に命令が下ったそうだが、そこは腐っても侯爵家だし、まさか払えないって事は無いよな?」

「万が一払えなさそうだったら、不器量で頭が悪くて性格も難がある女でも、都合が良いから取り敢えず婚約者にしておいてやると思し召しの、酔狂なシェーグレン公爵家に援助して貰えば良いだろうし」

「ああ。本当に幸運だよな。庶民だったら不器量で頭が悪くて性格も難がある女なんて、間違っても貰い手なんか無いからな」

「貴様ら、許さん! 全員立て!」

 さすがに盛大に当て擦られて怒り心頭に発したアベルが怒鳴り付けると、騎士達が勢い良く椅子から立ち上がる。


「ほう? やる気か?」

「図に乗りやがって!」

 この今にも剣を抜きそうな一触即発の場面で、ジャスティンが叱責の台詞と共に現れた。


「お前達、何を騒いでいる!? しかも公共の場である食堂で、勤務時間中に私闘など許さんぞ!」

「ジャスティン隊長」

「お騒がせしてすみません」

「俺達は私闘なんて……。こいつが勝手に騒いでいただけです」

「何を揉めていた?」

 さすがに上官の前で迂闊な事は言えず彼らは神妙に頭を下げたが、重ねて問いかけたジャスティンに、アベルが他の者達を指さしながら訴えた。


「こいつらが、私の家族を侮辱したのです!」

「……ほう? それは由々しき事だな」

「全くその通りです! 名誉を重んじる貴族社会の一員としてお育ちのジャスティン隊長なら、この私の憤りをご理解していただけると信じておりました!」

 眉根を寄せながら不快そうに述べたジャスティンに、アベルは嬉々として応じた。しかしジャスティンは、真顔のままアベルに問い返す。


「アベル・ヴァン・コーウェイ。一つ聞くが、貴公の家族に関する内容が、近衛騎士団の業務に何か関係があるのか?」

「……え? いえ、それは」

 いきなり問われたアベルは戸惑いながら口ごもったが、ジャスティンはそんな彼には構わず、他の者達に向き直る。


「お前達もだ。彼の兄が横領で罷免されて投獄されようが、周囲がひた隠しにしてきた彼の妹の悪評が露見しようが、騎士団の業務に何か関係があるとでも言うつもりか?」

「いえ……」

「特に関係など……」

「ありませんが……」

 ジャスティンの話は正論であり、全員弁解がましく呟いてから押し黙る。そんな彼らを見回しながら、ジャスティンは冷静に言い聞かせた。


「それなら勤務時間外に揉めるのは勝手だが、勤務時間中に、しかも公の場でそれに関しての討議も私闘も許さん。それ位の分別は身に付けろ。それでもお前達は栄えある近衛騎士団の一員だと、胸を張って言えるのか?」

「……分かりました」

「お騒がせして、申し訳ありません」

 そして彼らが神妙に頭を下げたのを見たジャスティンは、アベルに向き直った。


「アベル・ヴァン・コーウェイ。貴公の心情は理解できるし同情するが、身内が騒ぎを起こして自身がコーウェイ家の汚名を濯がなければいけない立場なのに、率先して騒ぎを引き起こすのは感心できないな」

「いえ、ですが!」

「横領に手を染めるような性根の腐った兄と、あらゆる面で難ありの妹がいるのは事実として謙虚に受け止め、これからはより清廉潔白に生き、仕事に邁進する事のが君自身の為だろう。頑張れよ」

「いえ、あの、ジャスティン隊長!」

 真顔で断言したジャスティンは、反論など一切させずにアベルの肩を軽く叩いてその場から離れて行った。それを見送ったカテリーナの周囲で、感嘆の溜め息が漏れる。


「さすが、あの若さで隊長を任されるだけの事はあるわ」

「本当。一触即発のあの空気を、しっかり鎮めてみせたわね」

「確かに絡んだあいつらも悪いけど、事実は事実として受け止めないといけないわよ」

「連中も反省したみたいで、ジャスティン隊長が離れても絡まないでおとなしく食べているし、こんな所で荒事にならなくて良かったわ」

「カテリーナ。あのアベルの兄妹とは違って、自慢のお兄さんで良かったわね!」

「そうですね……、自慢の兄です」

「それより、私達も早く食べないと」

「本当。休憩時間が終わっちゃう」

 それからカテリーナ達のテーブルでは皆揃って食べ進めていたが、他のテーブルではあからさまにアベルを揶揄する空気は無かったものの、相変わらず声を潜めて囁き合っていた。


(ジャスティン兄様……。中立の立場で双方を諌めたと思わせて、あの人の兄の横領話と並列させつつ妹さんの悪評をしっかり肯定してしまうなんて。よほど彼女とナジェークの縁談話を吹聴していた事に、腹を立てていたみたいね。それに何となくナジェークのナルシスト話も、陰で吹聴していそう……)

 兄の行為を目の当たりにしたカテリーナは、何を大人げない事をしているのかと呆れると同時に、ろくでもない可能性に頭を痛めていた。



「戻りました」

「…………」

「……あ、ああ。ナジェーク、お帰り」

「それから、さっきの資料だが……」

「この予算は、早急に通さないと……」

 他の部署に書類を届けに行ったナジェークが内時部室に戻ると、ざわついていた室内が一瞬静まり返った。しかし彼とは背中合わせの席のアランがさりげなく声をかけると、それと同時に周囲の喧騒が戻ってくる。


(横領事件の後始末で部内がバタバタしているから、多少変な目で見られる程度で済んでいるな。まあ元々ここは、あの部長とリドヴァーン以外は優秀な官吏集団だったから、直接業務に関係ない事に一々気を取られる事は無いだろうし)

 そんな事を考えながら何食わぬ顔で席に座ったナジェークは、中断していた仕事を再開した。すると至近距離の席の者が全員離れたタイミングで、アランが近寄って声をかけてくる。


「ナジェーク。お前がそういう奴じゃない事は、俺は良く知っているから。しかしそれにしても……、良く自爆覚悟でそこまでやったよな……」

「『やるならとことん徹底的に』が、私の主義なんだ」

「……そうだろうな」

 ステラ嬢の悪評と共に、自身のナルシストの噂を躊躇わずに蔓延させた友人をアランは半ば尊敬し、半ば呆れながら自席に戻った。

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