(11)シレイアの疑念

 休暇に入る直前、エセリアはカフェに婚約破棄プロジェクトメンバーを集め、いつものように意見交換をした。しかしその場でローダスが報告してきた内容に、シレイアは思わず自分の耳を疑った。


(なんですって!? 事もあろうに、エセリア様が教授達に命じて自分の点数の嵩上げをさせることで毎回成績上位者に名を連ねているって、そんな嘘八百をあの二人に吹き込んだわけ!? そんな荒唐無稽な話を頭から信じるのもありえないけど、その上、成績表の用紙を事務官に融通させて改竄を唆すのをあっさり受け入れるなんて、殿下は何を考えているの!! 第一アリステアだって、これまで親身に世話してきたケリー大司教様に対して、失礼極まりないよね!?)

 シレイアは憤然としながらも、エセリアの目の前で見苦しいことはできないと思い、隣に座っているローダスを鋭く睨みつけるだけに留めた。すると一連の話を聞き終えたエセリアは、いかにも楽しそうに問い返す。


「それで? 私は毎回定期試験の成績を教授に命じて改ざんする事で、上位の成績を保っているという恥知らずの痴れ者だと、殿下達には思われているわけね?」

「その通りです」 

「さすがローダス、大した手腕ね」

「ありがとうございます」

 そのやり取りを聞いて、とうとうシレイアの堪忍袋の緒が切れた。


「冗談じゃ無いわ! エセリア様にそんな汚名を着せるなんて、何を考えているのよ!?」

「い、いや、落ち着け、シレイア! あの二人には『あくまで噂に過ぎず、証拠もありません。迂闊に非難した場合、逆に誹謗中傷だとお二方が責められますので、あくまでもここだけの話にして下さい』と、最後にくどい位念を押しておいたから、変な噂にはならない筈だ!」

「そういう問題じゃ無いでしょう!?」

 段々口調がヒートアップするのを止められず、シレイアがローダスの制服に掴みかかりながら怒声を浴びせると、エセリアは幾分笑いを含んだ口調で宥めてくる。


「シレイア、それ位で勘弁してあげて? あくまで殿下達だけの認識なのだし、私には何も後ろ暗い事は無いもの」

「……分かりました」

(ローダスは口外しないように念押ししたとは言っているけど、本当に大丈夫かしら? もし万が一、学園内でエセリア様の変な噂が流れたりしたら、承知しないから)

 不承不承頷いてからシレイアはローダスから手を放し、椅子に座り直した。そして憮然としながら、考えを巡らせる。


(それにしても……、彼女がそんなにあっさり自分の成績を誤魔化す話に飛びつくなんて、どうも信じられないわ。まさかとは思うけど、好成績を取れなければ支援を打ち切るとかの圧力を、ケリー大司教から受けているのかしら? もしくは最初から王太子殿下の側妃狙いで、殿下に近付くように指示されているとかではないわよね? もしそうだとしたら、後々大司教への対策も必要になるかもしれないわ)

 それからエセリアを中心に、音楽祭を含む今後の予定などを話し合って、その場はお開きとなった。カフェから各自出て行く時、シレイアとローダスは自然に並んで歩き出す。


「ローダス……。私が言いたいことは分かっているわね?」

 ちらりと横目で見ながらシレイアが口にすると、ローダスが殊勝な口ぶりで応じる。


「分かっている。少しでもあの二人に疑われず、信頼を勝ち取るために勢いで色々思いつくまま言ってしまったが、さすがに問題があり過ぎた。反省している。今後はもう少し考えるよ」

 本心からやり過ぎたと反省していると分かる表情に、シレイアはなんとか怒りを抑えた。そこで先程から少し気になっていた事を口にしてみる。


「それはともかく、どうしてアリステアはあんなに必死に成績を誤魔化そうとしているのかしら?」

「え? それは自分の成績が悪すぎて、恥ずかしいからだろう?」

「ケリー大司教が良い成績を取らないと、保護を打ち切るとか言って彼女を脅しているとか」

 彼女がその可能性に言及した途端、ローダスは呆れ顔で反論してくる。


「はあ? どうしてそんな発想になるんだ? 仮にも大司教が、そんな脅迫をするはずがないじゃないか」

「でも、仮にもケリー大司教は、彼女にとって大恩人なのでしょう?」

「状況からすると、そうだろうな」

「それなら、その人に対して嘘を吐くことに対しての罪悪感が、彼女にあるように見えた?」

「そう言われてみると……、あまりなかったような……」

 ローダスが考え込みながら、控え目に感想を述べる。予想通りの展開に、シレイアの眉間にしわが寄った。


「やっぱり彼女、何となくおかしいのよね。境遇には同情するけど、その行動や思考が容認できないというか、理解できないというか。どうにもすっきりしないわ」

「…………」

 シレイアは難しい顔になって、考え込んでしまう。対するローダスもそれに関する適切な答えを見つけられず、困惑した表情を浮かべるのみだった。


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