(7)勘違い

「シレイア! 久しぶりだな!」

 書類を抱えて王宮内の各部署を回っていたシレイアは、背後から響いてきたその声に足を止めた。それと同時に振り向くと、先月から使節団の一員として隣国に出向いていたローダスが、足早にやって来るのが目に入る。


「あら、ローダス。帰国していたのね。アルステリアとの貿易交渉は上手くいったの?」

「当然だろう? 双方に角を立てずに、しっかり有利な条約を結んできたぞ」

「条約を締結してきたのはあんたじゃなくて、代表の全権大使でしょ?」

「そうは言ってもだな!?」

 胸を張って成果を告げたローダスをからかいたくなったシレイアは、幾分素っ気なく切り捨てた。それにローダスはむきになって反論しようとしたが、シレイアはそれを宥めながら再び歩き出す。


「でもまあ、お疲れ様。大使の下で外交局のあんた達が駆けずり回ったからこそ、無事に条約が締結できたんでしょうからね」

「分かってるじゃないか。それで、だな……。シレイア」

「何?」

「暫くは国外派遣は無いだろうし、この機会にちょっと話を進めておこうと思ってだな……」

「話って、何を?」

 並んで歩きながら、微妙に言葉を濁しながらローダスが話を切り出してくる。そんな彼の様子を横目で見ながら、シレイアは不審に思った。


(何なのかしら? こんな歯切れの悪い言い方をするなんて、ローダスらしくないんだけど)

 不思議に思いながら相手の次の言葉を待っていると、ローダスが慎重に言葉を継いだ。


「いや、その……、お前だってノランおじさんから、最近色々と言われているだろう?」

「お父さんから? 王都内の福祉行政に関わる事かしら?」

 全く思い当たる節がなかったシレイアは、関係がありそうな内容を口にしてみた。しかしローダスは、それに小さく首を振りながら促してくる。


「いや、そうじゃなくて、他にもあるよな?」

「他に? ……あ、そう言えば、最近話題に出たわね」

「そうか。それでおじさんは、何て言っていたんだ?」

「最近、某司教の息子が貸金業務部に、親の威光を傘に着て多額の融資を要求したとか。返済計画がボロボロで審査が通らなくて、事業部の担当者から知らされたその某司教は、面目丸潰れだそうよ」

「いや、それは明らかに違う」

 一瞬顔つきを明るくしたものの、ローダスはすぐにがっくりと項垂れながら否定した。そこでシレイアの頭の中を、ろくでもない考えがよぎる。


「まさかローダス、あんた外国滞在中に散財しちゃって、教会の貸金業務部からお金を借りたいとか? だけど教会内であんたの顔は知られているし、総大司教の息子が借金の申し込みとかしたらさすがに外聞が悪いし、デニーおじさんの面目にも関わらない?」

(おじさんの面子が潰れるどころか、外交で出向いた先で問題を起こしたとあっては、今後の仕事にも差し支えるじゃない!? まさか本当に、そんなトラブルを抱えているわけじゃないわよね!?)

 半分以上本気で心配してしまったシレイアだったが、それを聞いたローダスは一瞬呆気に取られてから盛大に言い返してきた。


「どうして俺が、借金をする必要があるんだ! 将来に向けて無駄遣いせず、ちゃんと貯めているぞ!」

「あら、それならおじさんの為にも良かったわ。変な心配させないでよ。それじゃあね」

「だからちょっと待て!」

 取り敢えずローダスがトラブルとは無縁なのを確認したのと、次の届け先が至近距離だった事で、シレイアは話を切り上げて別れようとした。しかし半ば強引に腕を引かれて足を止められたことで、シレイアは気分を害しながらローダスを睨みつける。


「あのね、さっきから何なの? 見たら分かると思うけど、私、仕事の途中なのよ?」

「手間は取らせない。今度休みの日にでも、一緒に食事をしながら話ができないかと思ったんだ」

 それを聞いたシレイアは、仕事中にわざわざする話かと内心で腹を立てた。


「その話って何よ?」

「おじさんから、そろそろ結婚しないかって言われてないか?」

「……ああ、その話だったのね。仕事に関係がある話だと思い込んでいたから、さっきは頭の中から消し飛んでいたわ」

(全く、お父さんったら。これまでそれとなくほのめかしてはいたけど、最近になってそれじゃあらちが明かないと踏んで、ローダスにまで説得を頼んだわけね)

 娘に強く出られない父親の心情は理解できていたものの、他人に迷惑をかけるなんてと、シレイアは見当違いの推測をした。そして呆れ気味に溜め息を吐く。対するローダスは、そんな彼女から微妙に視線を逸らしながら話を続けた。


「それでだな……、お前が自分の仕事に誇りを持っているのは俺も良く分かっているし、本当にこんな事を、俺の口から言いたくは無いんだが……」

「そうね。部署は違えど、お互い同じ官吏だしね」

(それにしても……。帰国したばかりの官吏に、教会関係者繋がりで無茶ぶりをさせるなんて……。ローダスがこんなに言いにくそうに困った顔になるなんて、そうそうないわよ? これは一度お父さんに、ガツンと言い聞かせないといけないわね)

 ローダスが俯きながらいかにも言いにくそうに言葉を濁したところで、シレイアは父親への厳重抗議を決心した。そしてローダスの話が途切れたのを幸い、中断していた仕事を再開するべく無言で歩き出する。その場を離れても彼が何も言わなかったことで、ローダスも仕事中にそんな議論をしたくなかっただろうとシレイアは内心で同情しながら、目の前のドアをノックした。


「失礼します。民政局から書類を届けに参りました」

 そうして室内に入った瞬間、先程のローダスとのやり取りは、シレイアの頭の中で見事に片隅に押しやられていた。



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