(22)ちょっと変わったお嬢様

 二人でエセリアの私室に移動し、ミスティはドアをノックして許可を取ってから、ルーナを引き連れて入室した。

「エセリア様、今少々お時間を頂いてもよろしいでしょうか?」

「ええ、構わないわ。ミスティ、どうかしたの? ……あら? あなた、もしかしてルーナ?」

 何気なく顔を向けたエセリアは、ミスティの背後にいた見覚えのある顔を見て、笑顔を向けてきた。それにルーナは軽く頭を下げて挨拶する。


「はい。エセリア様、お久しぶりです。ご領地に出向かれた際に何回かお声をかけていただき、ありがとうございました。これから精一杯エセリア様にお仕えしますので、色々と至らない点があるかと思いますが、宜しくお願いします」

「彼女は先程到着したばかりなので、今日は取り敢えずご挨拶だけとなります。明日からは私と一緒に、エセリア様のお世話をいたしますので」

「分かったわ」

 ミスティの説明を聞いたエセリアは、改めてルーナに声をかけた。


「ルーナ、久しぶりね。ミスティの結婚話を聞いた時にも驚いたけれど、後任があなたに決まったと聞いた時にはもっと驚いたわ。でも全く知らない人ではなくて、安心していたの。これからよろしくね?」

「はい。こちらこそ、宜しくお願いします。こちらのお屋敷のベテランの皆様の足下にも及ばないとは思いますが、精一杯務めさせていただきます」

「そう緊張しないで。その『ベテランの皆様』が私の専属になるのを回避したから、ルーナに話がいくことになったんだから」

「ええ、本当にそうでございますね。このお屋敷でエセリア様は、取り扱い要注意の危険人物ですから」

 ここで溜め息まじりにミスティが口を挟んできたため、エセリアは少々不本意な視線を彼女に向ける。


「……ミスティ。それはちょっと酷くない? 私一応、あなたの主人の筈なのだけど」

「ルーナにもこれくらいになって貰わないと困りますから、手っ取り早く見本を見せているだけです」

 本来仕えるべき主に対して堂々と言い返しているミスティを見て、ルーナは内心で驚いた。


(ミスティさん、遠慮がなさすぎませんか? でも幼少期から専属で付いているなら、これぐらいは当然かもね。さすがにこんなに気安く接したりはできないだろうけど、できるだけ頑張ろう)

 感心すると共にルーナはプレッシャーを感じたが、ここでエセリアが話題を変えてくる。

「あ、そう言えば、あの可愛いお祖父さんと妹さんは元気?」

 その問いかけに、ルーナは笑顔で頷いた。


「はい。あれ以来、妹は読書が趣味になりまして、読み書きも進んで勉強するようになりました」

「それは良かったわ。それから王都に来ることに、ご両親が心配したり反対されなかった?」

「両親は既におりませんし、伯父夫婦と祖父母は快く送り出してくれましたから大丈夫です」

「……え?」

 ルーナは笑顔のまま頷いたが、それを聞いたエセリアは一瞬驚いた表情になってから、当時のやり取りを思い出して焦りながら謝ってきた。


「あ! そうだったわ、思い出した! あの時、ご両親が亡くなって、伯父さんの家に引き取られたばかりだと言っていたのよね? すっかり忘れていてごめんなさい」

「いえ、もう何年も前の話ですし、伯父の家では実の家族のように接して貰っていますから、あまり気にしていません。それは妹も同様ですから」

「そう? それなら良かったけど……」

 まだ幾分申し訳なさそうな顔をしているエセリアを宥めようと、ルーナは笑顔のまま話を続けた。


「王都には家族と話し合って、ちゃんと皆で納得して来ました。領地のお屋敷のお給金より幾らか多く頂けますし、妹に本を送ってあげたり、伯父夫婦に渡す金額も増やすことができますから」

「伯父さん達にお金を渡すの? どうして?」

 そこでエセリアが不思議そうな顔になり、ルーナが説明を加える。


「それは……、妹がお世話になっていますし、生活費の足しにして貰おうかと。向こうの屋敷に勤めていた時にも、渡していましたから。確かに私達二人分の生活費には足らなかったでしょうし、伯父夫婦は当初『家族だからお金を入れる必要はない』と言ってくれていたのですが、私の気がすみませんでしたので」

(働きだして初めてお給金を貰った時、受けとるのを納得してくれるまで、一悶着あったものね……。結局『お前達二人の結婚資金として貯めておく』と言って、受け取ってくれるようになったけど)

 ルーナがしみじみと当時を振り返っていると、鋭い声で呼びかけられて我に返った。


「ルーナ!」

「あ、は、はい! なんでしょうか!?」

「それならあなた、私とあまり年が違わないのに、もう扶養家族がいるのね!?」

「……え? 扶養家族?」

 このお嬢様はいきなり何を言い出すのかとルーナは面食らったが、エセリアはこれ以上はないくらい真剣な表情のまま問いを重ねた。


「だって妹さんの生活費を、お給金の中から伯父さん達に渡しているのでしょう?」

「はい。それは確かにそうですが……、私が使う分もありますし、生活の全てをまかなうほどのお金を渡してはおりませんけど……」

「うっかりしていたわ……。そうよ。この世界に義務教育なんて考え方はないし、子供のうちから働くのは平民では珍しくないわ。それに屋敷の使用人達は十分なお給金を貰っている筈だけど、家庭環境に応じた福利厚生の設定なんかあり得ないわよね?」

「あ、あの……、エセリア様?」

 何やらぶつぶつと呟きながら考え込み始めたエセリアに、ルーナは困惑した。しかしエセリアは少ししてから、決意漲る顔を上げて叫ぶ。


「ミスティ!」

 すると何故かつい先程までルーナの側にいたはずのミスティが壁際の机まで移動しており、その上に必要な物を取り揃えながら平然と答えた。


「はい、こちらに紙とインクとペンをご用意しておきました。頃合いを見てお茶をお持ちしますし、夕食もこちらに運ばせます」

「そうして頂戴」

(え!? ミスティさん、いつの間に!? ついさっきまで私の隣にいた筈なのに、全然気がつかなかった!)

 エセリアとやり取りをしてから、ミスティは唖然としているルーナの所まで戻った。そしてエセリアに向かって頭を下げる。


「それではエセリア様のお邪魔をしないように、私達は失礼します」

「ええ、後でお茶をよろしく。ルーナ、明日からよろしくね?」

「あ、は、はい! こちらこそ、宜しくお願いします! 失礼します!」

 何が何やら分からないままルーナは慌ててミスティに倣って一礼し、二人揃って退出した。

「あの……、ミスティさん? 今のは一体……」

 廊下に出てからルーナが尋ねると、ミスティは苦笑いしながら説明する。


「エセリア様は時々何かを思い付かれると、あんな風に寝食を忘れる勢いで没頭されるのよ。驚かせてしまったけど、寧ろ来て早々実際に目にして貰って良かったわ。ああなったら無理矢理にでも食べさせて寝させないと駄目だから、覚えておいてね?」

「はぁ……」

「それじゃあエセリア様との顔合わせは済んだし、今日は部屋で荷物を片付けたら、休んでいて頂戴。明日からビシビシいくわよ?」

「はい、宜しくお願いします」

 真顔で指示されたルーナは、素直に頭を下げて与えられた自室へと戻った。そして早速、運び込んで貰った荷物を開けて、中身を整理し始める。


「やっぱり、ちょっと変わっているお嬢様だわ」

 そんなことを呟きながら室内を整えたルーナは、その時点ではそれほど不安は感じていなかった。

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