(7)急転直下
「シレイア、ローダス様。この機会にお尋ねしますが、グラディクト殿下の事をどう思いますか?」
「……どう、とは?」
いきなりの問いかけに二人は顔を見合わせて当惑したが、エセリアは構わず言葉を重ねる。
「正直に申しまして、私は誰よりも優秀な方が玉座に座る必要は無いと思っております。例え凡庸でも人望があり、数多の才能を持つ人材を登用すれば、治世は滞りなく回ります」
「確かにそうですね」
「ですが凡庸でありながら、他人の優秀さを認められず、嫉妬したり排除するような人物なら、国の発展の阻害にしかなりません」
(まさか、ひょっとして!? エセリア様が、私達に探りを入れてきた!? なんてチャンスかしら! くだらない絡み方をしてくれた、王太子殿下に感謝だわ! 今の一事だけで、ローダスのあの方への好感度はだだ下がりの筈だし!! ローダスも引きずり込めそう!)
シレイアは幸運のあまり、緩みそうになっている顔を必死に引き締めた。それとは対照的に、ローダスがエセリアが言わんとする事を正確に察し、明らかに顔を強ばらせる。
「それは……、かなり危険な思想ではないかと思われますが」
「ですが、これが私の正直な気持ちなのです。あなたの父上たる総大司教様とは、過去に色々踏み込んだ議論を交わしておりますので、あなたとも率直な意見交換をしたいと思っております」
「先程のお話ですが……。グラディクト殿が、そうだと仰る?」
尚更慎重に問い返したローダスだったが、エセリアはそれに明確には答えないまま話を進めた。
「私は、一般論を述べただけですわ。それに、そういう人物が玉座に就いた場合、既存の制度を容易く覆しそうで心配なのです。例えば……、先程口にされていた国教会の貸金事業とか」
「どういう事でしょうか?」
「教会の貸金事業が軌道に乗ると同時に、それまで高利でお金を貸し出していた者達の殆どが、貸し出し額を大幅に減らしたと耳にしています」
「はい。現に当初国教会に対して、様々な妨害行為が行われておりました。すぐに鎮静化しましたが」
「そのような不心得者達が、先程のような短慮な方に、美辞麗句といくばくかの金銭と共に、事業継続の断念を進言したらどうなりますでしょう?」
「…………」
(確かにそうよね……。いいえ、絶対そうなるわ! ローダス、ここが思案のしどころよ!!)
無言で顔色を変えているローダスを、シレイアはわざとらしくないように神妙に見やる。
「少なくとも、私はそういう方と同類と見なされるのは屈辱です」
「本来、王太子の変更を画策するなど、謀反に等しい事ですが……。エセリア様とあの方との婚約が解消されれば、必然的に王太子の座もどうなるかは分からなくなりますわね……」
(こういう風に言っておけば、私がエセリア様と王太子殿下との婚約破棄を目論むことに賛同する人材だと、暗に分かっていただけるわよね?)
その呟きに、エセリアは一瞬驚いた表情を見せてから微笑み、ローダスが驚いた表情でシレイアを凝視した。しかしすまし顔のシレイアを見てローダスは余計な事は言わず、少しだけ口ごもってから慎重にお伺いを立てる。
「……少々、お時間を頂いても宜しいでしょうか? こちらで学園内の情報を収集した上で報告して、父や教会上層部の方々の判断を仰ぎたいと思います」
「勿論、構いませんわ。ローダス様が目にされた事を、ありのままご報告下さい」
「ありがとうございます」
「皆様、申し訳ありませんが、今のお話は内密にお願いしますね?」
苦笑の表情でエセリアが周囲に口止めを頼むと、シレイア達は揃って笑顔で惚ける。
「あら? エセリア様、今のお話とは何の事でしょう?」
「あ、来月発売予定の、新刊の話でしたわよね?」
「そうでしたわ。私ったら、何を言っているのかしら。嫌だわ」
「来月はリュドミラ・アデニスとイシュラール・デーノアの新作が出ると、店舗に告知されていましたわね」
そのまま何事もなかったかのように、贔屓作家の新作談議に突入した一同を、ローダスは呆気に取られて見やった。そして再びシレイアの袖を軽く引きつつ囁く。
「シレイア、どういう事だ? 俺は一体、どうしたら良いんだ?」
「取り敢えず、あと1、2分したらここから連れ出してあげるから。ローダスはさっきエセリア様に宣言した通り、秘密厳守でグラディクト殿下の学園内での行動を観察して、詳細をおじさまに内密に報告すれば良いのよ」
「勘弁してくれ……、訳が分からない。それに婚約破棄に、王太子の変更って……」
「ローダス。『他言無用』って言葉の意味、分かっているわよね?」
「当たり前だ。それにこんな事誰かに言っても、頭がおかしいのかと思われるだけだぞ……」
(取り敢えずローダスも、グラディクト殿下がこのまま王太子であることに不安を感じたみたいだし、本当に幸先が良いわ)
小さく泣き言を漏らしたローダスとは裏腹に、短時間で一気に事態が好転したのを悟ったシレイアは、満足げな笑みを浮かべていた。
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