(8)不穏な会話

 色々な方面に波乱と憶測を呼んだ剣術大会構想が発表されてから、瞬く間に時は過ぎて前期の定期試験も終了し、カテリーナ達は最後の長期休暇を目前に控えていた。

「定期試験は終了したし、あと幾つかの特別教養講義も終わったら、いよいよ長期休暇ね。楽しみだわ」

 廊下を歩きながらリリスが楽しげに口を開けば、即座に周りから賛同の声が上がる。


「本当ね。少しのんびりしたい気分よ」

「今年の前期は、色々あって大変だったし」

「休み明けの後期は、もっと慌ただしいでしょう? 剣術大会の準備が加速するでしょうから」

「そう言えば、各係ごとの活動を始めているのよね。様子はどうなの?」

 大会参加者の為、各係の動静を知らなかったカテリーナが尋ねると、リリス達が笑顔で答えた。


「刺繍係は記章のデザイン決めの段階だけど、皆で激論を交わしているわ。最初は確かに貴族と平民の間でぎこちない空気が流れていたけど、最近では全然気にならないし」

「小物係も最初は自己紹介から始まったけど、廊下で顔を合わせれば互いに挨拶する位には打ち解けたわよ?」

「それなら良かったわ」

 そこでティナレアが、思い出したように付け加えた。


「係と言えば、最初投開票係ってなんの事かと思っていたけど、予選と決勝の間に行う敗者復活の人気投票だとは恐れ入ったわね」

 その台詞に、友人達がこぞって頷く。


「私もその説明を聞いた時は、本当に耳を疑ったわよ」

「だけどそれで余計に、だれきった試合なんかできなくなったわね」

「エセリア様の発想は、本当に非凡だわ」

「だけど開催初日三日前に、組み合わせを公開抽選するって……」

 そこでノーラがぼそりと呟いて言葉を濁すと、友人達は心底うんざりしながら頷き合った。


「それってやっぱり、不正防止って事よね」

「どう考えてもそうでしょう」

「誰かさん達は教授達にごり押しして自分が有利な相手を組ませたり、言う事を聞きそうな人間を対戦相手にしかねないもの」

 それから彼女達は不愉快な気分を一掃するべく、誰からともなく他の話題を出して楽しい会話に花を咲かせた。


 同じ頃、王都内のガロア侯爵邸では、一組の夫婦を客人として迎えていた。

「ダトラール侯爵、侯爵夫人。ようこそお出でくださいました」

「エリーゼもお二方のお顔を見たら、喜ぶでしょう。まずはどうぞ、お座り下さい」

「失礼致します」

 エリーゼの出産の連絡を受けて数日してから、彼女の両親であるダトラール侯爵夫妻が、祝いの品と共にガロア侯爵家を来訪した。それをジェフリーとイーリスが、上機嫌でもてなす。


「エリーゼの出産が、安産で良かったですわ。本当に可愛い女の子ですのよ?」

「いやあ、目元のきりっとした所がなかなか、ただ者ではない空気を醸し出しておりましてな」

「主人は今から、カテリーナと同じ様に鍛えてやると申しておりますの。将来は、近衛騎士も太刀打ちできない剣士に育て上げてみせるそうですわ」

「あの引き締まった顔つき。このガロア侯爵家に相応しい娘ですからな」

「ジェフリーの弟二人の所には、既に一人ずつ孫が生まれていますが、どちらも男の子ですから」

「やはり孫娘の可愛さは別格ですな!」

「はあ……、それはそれは……」

「大変、結構な事ですわね……」

 広い応接室で向かい合って座った二組の夫婦のうち、ジェフリーとイーリスは初めての孫娘について満面の笑みで語り続けたが、相対する夫婦の方は出されたお茶に口をつけつつ、作り笑いを浮かべながら曖昧に頷くのみだった。それでもジェフリー達は相手の不穏な空気に気が付かないまま一通り話し終え、夫妻をエリーゼの私室に案内した。


「エリーゼの体調は大丈夫? 先程到着したのを知らせたけど、ご両親をお連れしたわ」

「はい、奥様。お入りになっても大丈夫です」

 イーリスが身の回りの世話をしているメイドに尋ねてから奥の寝室に繋がるドアを開けると、ベッドから上半身を起こしたエリーゼが、僅かに顔を強張らせながら四人を待ち受けていた。


「エリーゼ、気分はどうかしら。ご両親がたくさんお祝いを持って来て下さったのよ?」

「お二方に、ミリアーナの可愛い顔を見ていただきなさい」

 笑顔で舅姑に促されたエリーゼは、両親に向かって神妙に頭を下げた。


「……はい。お久しぶりです、お父様、お母様」

「確かに久しぶりだな」

「思ったより元気そうね」

「それではお二人とも、どうぞごゆっくり」

「必要な物があれば、何でも使用人に申し付けてくださいませ」

 実の娘に対して夫婦はにこりともしなかったが、背後のジェフリーとイーリスは親子水入らずにさせてあげようと、声をかけて部屋を出て行った。

 途端にダトラール侯爵夫妻は愛想笑いを消し去り、幼児用の小さなベッドの中を無表情で見下ろす。それに伴い室内に居心地の悪い沈黙が漂い、エリーゼが恐る恐る両親に声をかけた。


「あの……、お父様とお母様には、御足労おかけして申し訳」

「全くだ。ここの兄弟で一番先に結婚したのに、今まで音沙汰無しで。やっと懐妊したと思ったら、生まれたのが女だったとはな」

「本当に。ガロア侯爵には、既に孫息子が二人もいると言うのに」

「それは確かにそうですが、ジェフリーの弟は二人ともこの家を出ていますし!」

 如何にも忌々し気な口調で台詞を遮られたエリーゼは慌てて弁解したが、彼女の両親は容赦なかった。


「お前が嫡男を生まなかったら、弟達が呼び戻されるかもしれないだろうが。お前の夫は見るからに凡庸で、妹の方が目立っているし話題にもなっているぞ」

「しかも産まれたのは女なのに、鍛えて剣士に育てるですって? そんなみっともない事を、本気でなさる気だなんて。私はそんな育てられ方をした娘など、孫娘とは認めませんからね!!」

「そんな事はさせませんわ!」

 エリーゼは顔を強張らせながら訴えたが、その主張は目の前の二人には歯牙にもかけられなかった。


「どうだか。お前は兄弟姉妹の中で、容姿も才気も一番劣る。それが侯爵家の嫡男を捕まえた事で多少は見直したが、とんだぬか喜びだったようだな」

「嫁ぎ先の義妹一人御せずに、あちこちで顔を潰していますしね。少しは口を利いた私達の迷惑も、考えて頂戴」

「……申し訳ありません」

「とにかく、さっさと息子を産むんだな」

「あのカテリーナ嬢の嫁ぎ先も、さっさと見つけなさい。貴女がこの家の真の女主人になるには、障害でしかないでしょう」

「分かりました……」

 余計な口ごたえなどせず俯きながらエリーゼが応じると、ダトラール侯爵夫妻は話は終わったとばかりに孫娘が寝ているベッドを振り返りもせず、そのまま寝室から出て行った。


「それもこれも、カテリーナとミリアーナのせいで……。どうして私が、ここまで役立たず呼ばわりされなくちゃならないのよ!?」

 それからエリーゼは壁を睨み付けながら、八つ当たりの悪態を吐き続けた。それはミリアーナが泣き出した事で、メイドが心配して寝室に様子を見に来てからも暫くの間続き、周りの者達を辟易させる事となった。

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