(25)無謀な挑発

「カテリーナ、シレイア。もうすぐアイラさんが来るから、私達は外に出ているわね。アイラさんが入室したら、不用意に事情を知らない他の人間が入らないように、私達がドアの外で待機しているから」

「そうね。お願い」

「よろしくお願いします」

 寮内の有志で打ち合わせを済ませ、談話室に二人で取り残されてから、カテリーナは不安を隠せない様子でシレイアに声をかけた。


「さてと……。取り敢えず準備はしておいたけど、本当にどう転ぶかは分からないわね。でもシレイア。あの複数パターンで準備した進め方だけど、さすがに最後のは……。大丈夫かしら?」

「取り敢えず、当たって砕けろ的な考えで準備しましたので。あの場合で暴走するのは私ですし、カテリーナさんは制止するふりだけしてください」

「それは分かったけど、あまり自棄にならないでね? あ、いらしたわよ」

 そこで一度口を閉ざした二人は、アイラがドアを開けて入室してくるのを見守った。対するアイラは室内にいた二人を認め、怪訝な顔になる。


「あら……。話があると言われて来てみたら、カテリーナとシレイアだなんて珍しい組み合わせね。どうかしたの? 寮内の役割当番とかの相談かしら?」

「いいえ。前々からアイラさんには色々な相談に乗って貰っていますが、今回は寮運営とは別件です。どうぞ、座ってください」

「分かったわ」

 カテリーナに促され、アイラは素直に促された椅子に座った。そして向かい合う位置に座っている二人に、微笑みながら尋ねてくる。


「それで? 話ってなにかしら?」

(それではカテリーナさん。まずはよろしくお願いします)

 シレイアが隣に座っているカテリーナに目配せを送る。カテリーナはそれを受け、僅かに頷いてみせてから、穏やかな口調で切り出した。


「アイラさん。ご婚約、おめでとうございます」

「あら、いきなり何? 最近ようやく静かになったと思ったのに、蒸し返さないでよ」

 苦笑いで応じたアイラに、カテリーナは慎重に確認を入れた。


「改めてお尋ねしますが、結婚式は退職してから執り行う予定なのですよね?」

「ええ、そうよ。その時は年を取ったおじいちゃんおばあちゃんだし、わざわざ華やかな式を挙げる必要も無いし、二人だけでひっそりと挙げるつもり」

「お二人の、そのお考えは尊重します。結婚式は、退職後にお二人で執り行うとして、今、婚約式を開催しませんか?」

「……婚約式? 何の事?」

 聞き覚えのない言葉に、アイラが戸惑った表情になった。そこでカテリーナが説明を加える。


「婚約した事実を、関係者に披露する祝賀会と考えていただければ良いかと。ご結婚相手の教え子さんの一人が、それを発案したそうです。偶然にも、このシレイアと同級生だそうですよ?」

「貴族では婚約披露の宴席とか夜会とか設けますから、庶民でもそれに倣って婚約した二人を祝福する場を作れば良いと思い立ったそうです。凄いひらめきですよね?」

「はぁ……、婚約を披露、ねぇ……」

 シレイアがすかさず話に加わり、婚約式について賛同の意を示す。しかしアイラは気乗りしない様子で、曖昧に頷いただけだった。


「アイラさんは長年官吏を続けておられて、仕事上で助けて貰ったり個人的な事で相談に乗って貰ったりして、お世話になった者が数多く存在しています。アイラさんの婚約を盛大にお祝いしたいというのが、私達の総意なのです」

「そう言われても……。皆の気持ちだけ、ありがたく受け取っておくわ。この年になって派手派手しいのは勘弁して欲しいし、まだまだ官吏を続けるのに気恥ずかしいじゃない」

「勿論、開催場所や内容についてはお二人の希望を伺って、それに沿うように準備します。参加者も希望者を募りますので、変な人や興味本位で覗きにくるような人は排除しますので、安心してください」

「ええと……、そういう事ではなくて。上手く言えないけど、これからも変わらず仕事を続けていくつもりだし、わざわざ退職後にこういう生活をしますと変にアピールするのは気が進まないというか、なんと言うか……」

 それから少しの間、カテリーナとアイラによって、穏やかな説得と冷静な辞退が繰り広げられた。


(このままだと、どこまでいっても押し問答。今のところアイラさんは完全に乗り気じゃないし。このままやんわりと翻意を促しても、事態は動かないっぽいわ)

 どう贔屓目にみても事態が膠着しているようにしか見えなかったシレイアは、密かに腹を括る。


(色々考えてみたけど、冷静に受け答えしているアイラさんを揺さぶってみないことには、話が進まない気がするわ。そうなると、やっぱり最後のあれかしらね。下手すると円満解決が遠のくどころか、私の官吏人生にも暗雲が垂れ込めそうだけど……)

 少しだけ重くなった気持ちを抑え込み、シレイアはカテリーナに目配せを送った。


(カテリーナさん、あとは私がなんとかしてみます。ですが、どうにも収拾がつかなくなったら、力づくでも介入をお願いします)

 予め打ち合わせており、自身の説得では相手の翻意を促せないとこの時点で悟ってしまったカテリーナは、心配そうな表情になりながらも小さく頷いて口を閉ざした。それと入れ替わりに、シレイアがアイラに語りかける。


「アイラさん。私が昔、アイラさんに官吏の話を聞かせて貰った時、ご家族について話されたのを覚えていますか? 給費生になるのを両親に大反対されて、修道院で生活を始めると同時に絶縁した事ですが」

 唐突に話しかけられた上、予想もしてなかった話題を振られた事で、アイラは僅かに動揺しながら言葉を返した。


「……ええ。あの時はつまらない話を聞かせてしまって、悪かったわね」

「お兄さんのご結婚時に、出向いた教会で顔を合わせた両親から罵倒されて以降、絶縁して音信不通なのもそのままですか?」

「その通りよ。それが?」

(う、微妙にアイラさんの眼光が鋭く……。本気でこの人を怒らせたら、私の官吏人生が吹っ飛びそうだわ……。いえ、ここで怯んでどうするの!? 話はまだまだこれからなのよ!?)

 表情の変化に加え、微妙に声音が低くなったアイラを見て、シレイアは若干怯んだ。しかしここで話を終わらせる気はサラサラなく、冷静さを取り繕いながら話を続ける。


「アイラさんはこの前、『これまで結婚はせず子供も授からなかったけど、仕事に打ち込んで充実した生活だったし、全く後悔はしていない』という事を仰っていたと思いますが」

「ええ。その通りよ。それがどうかした?」

「本当に心残りはないんですか? ご実家の方達と絶縁状態になっている事に関して」

「……無いわよ。向こうだってそうでしょう」

 ここで明確にアイラの声に怒りが籠っているのが感じ取れたカテリーナは、僅かに顔色を変えた。そして慌ててシレイアに視線を向けたが、当のシレイアは真顔で面と向かって言い放つ。


「普段、冷静沈着に見えるアイラさんは流石の風格を漂わせていましたが、意外に子供っぽいところがあったんですね。ちょっとがっかりです」

「なんですって?」

「あの、シレイア? やっぱり今日はこのくらいで」

「カテリーナさんは黙っていてください」

(まだまだ! これくらいでビビったりしないわよ!? 敢えて禁句を持ち出しての捨て身の勝負なんだから、相手が年長だろうが先輩だろうが絶対に負けないから!!)

 思わず口を挟んできたカテリーナを、シレイアは一刀両断した。勿論、視線はアイラから離さないままである。この時点で談話室内の空気は、かなり険悪なものになりつつあった。


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